* あい繋ぐ星に【第23話(最終話)】 *


「太陽、だよ」
 櫂人の声ととにも、夜景を観に行ったときの会話と美保の言葉が甦った。咄嗟に目を逸らす。
 嬉しいはずの一言。でも、大きく気後れしてしまった。
 どう考えても、自分は『太陽』なんて気高く輝かしいものに到底及ばない。瞬く間に心が沈んだ。
「オレに、そんなパワーはないよ」
 自身の卑屈さも器の小ささもよく知っている。美しい容姿も聡明さもない。
 櫂人のほうが太陽と呼ばれるのに相応しかった。実績もあって、世間的にも名が知られていて、人に求められる眩しい存在なのだ。安易に触れたら焼け爛れてしまうほどの、特別な男。
 しかし、当の本人は自覚がないのか首を傾げた。
「パワー? 別になにかが欲しいとかじゃなくて、明史は俺の太陽なんだよ。居てくれないと困る」
 端正な相貌が真摯に訴えてくる。
「どこかで明史が俺を見てくれてるはずだって、信じて仕事してきたんだ。奇跡の再会をして、また一緒にいられるようになれて俺、ほんとに幸せで。……それで、探してた『太陽』が明史だったんだってようやく気づいたんだよ。一生明史のことを失いたくないって」
 俺も遅すぎだよな、と重ねる。まるで告白のようだった。
「明史が友達でいたいなら、友達でいる。知り合いがいいなら、それでいい。でも、一ヶ月に一度くらいは顔が見たい。俺、それだけでがんばれるから」
 だが、期待したくなるような台詞に出てくる言葉はあまりに抽象的だった。我慢できず、明史は胸につかえていたものを吐き出した。
「それは『本命』と違うのか?」
 櫂人が不思議な顔をした。愚問だったと気づくと同時に、自分が恋愛の土俵に上がれていないことを思い知る。また深く傷ついた。
 ……オレは本当にバカだよ。無駄に期待して、打ちのめされて。
「本命って……恋愛になっちゃうと、いつか別れることになるかもしれないだろ?」
 情けなく落ちた視線は簡単に戻った。自分の気持ちを覆す櫂人の声に目を向ける。
 彼なりに考えることがあるようだ。
「俺は、明史のことを無くしたくないんだよ。だから、明史の言った『友達』って括りなら、明史と付き合ってないわけだから、絶縁することもないって思うんだ。はじめは明史のこと、結婚してるもんだと思い込んでたし」
 保身のためについた大嘘を指摘されて心が引き締まった。負の悪さに頭を下げる。
「アレは、ごめん。反省してる」
「ああいうのはマジで止めてくれよ。俺もしないから」
「うん。もうしない」
 とはいえ、今のままでは互いに恋人ができてもいいということになる。
 ……オレは絶対嫌なんだけど。櫂人は気にならないのか?
 そのあたりが抜けているような気がした。
「でも、櫂人は今後さ、」
「ん?」
「たとえば、オレのことがすごく好きな女の子がでてきたとして。その子とオレが付き合うことになってもいいの?」
 すると、彼の表情が豹変した。
「え、女に告白されたのッ? いつ? 付き合うのか? ちょっと、待って!」
 仮定として聞いてなかったようで、慌てたように両肩を掴んでくる。
「違う、たとえばの話をしてるんだよ」
 櫂人はあからさまに胸を撫で下ろす。だが、訊かれたことが相当響いたのか悩ましく眉を寄せた。
「そうだよな……そんなことになったら……明史がそっちの女のほうがいいなら我慢して……月に一度くらい会える日をつくってくれれば、あと、俺、また、明史と会える日までがんばって我慢して、」
 項垂れる顔が傷ついている。
 なんだか泣けてきた。
 ……どうして櫂人がオレのために我慢しなきゃいけないんだよ。
 そして、なぜここまでして自分は櫂人への想いを我慢し続けなければならないのだろう。
 明史は美しい瞳を覗き込んだ。
「結婚する気はないよ」
 途端、花が咲くようにパッと表情が明るくなる。
 そんな彼を間近に見て、愛しい想いが抑えきれなくなった。
「オレは櫂人のことが好きなんだ。恋愛として、大学のときから、」
 とうとう白状した。櫂人は口を半開きにさせた。唐突な告白を受けたのだから当然だろう。明史も後には引けず、彼をじっと見つめた。
「好きだって気づいて、好きになればなるほど……櫂人の活躍を素直に喜べなくなってた。芸能界でチヤホヤされるおまえなんて見たくなかった。それ以上に、そう思う自分自身が一番嫌になった。あんな嘘をついたのは、自分の独占欲とか嫉妬とか全部に耐えられなくなったからなんだよ。このこと、クリスマスのときに言えなくてごめん。でも、好きだって言う勇気なくて。オレは男だし、櫂人が引くのわかってたし」
 言えば言うほど解放されていく。答えなんてどうでもよかった。ただ、偽りない自分を知って欲しかった。
「本当のオレは、卑屈で独占欲のかたまりなんだ。今も時々キツい。綺麗な女優さんと共演してると、仲を疑がってる。お姉さんも勘、違いして、嫉妬した……都合のいい人間にされちゃった気がして、勝手に悔しがって……だから、オレは太陽なんてもんじゃない。そんな櫂人の望むすごいもんにはなれない。でも、」
 目尻に溶け込んでいたものが浮かんでくる。視界がかすんできた。
「櫂人のことが好きだよ、誰よりも一番。それだけは負けたくない」
 大粒の涙が頬を滑る。それでも、彼を真っ直ぐ見つめて伝えたかった。
「オレは、いつも櫂人のそばにいたい。一ヶ月に一回なんて無理だ。それならいっそ離れてしまったほうがいい。見守るだけなんて辛い」
 肩がふるえ、漏れた嗚咽に固く瞼を閉じる。
「こ、んな想い、もう、嫌なん、だよ……ッ」
 間髪を入れず、衣服に手が当たる感触を得た。逃げようと身を引いたが、胴にまた腕が回る。たまらず瞳を開けた。彼の顔が間近にあった。
「やめ、好き、じゃない、なら、こんな、」
「好きじゃなきゃ、こんなことはしねえよ」
 覆いかぶさってきた声に心臓が大きく弾かれた。
「う、そ、」
「嘘はつかないって、言っただろ」
「だって、ほん、めい、」
「だから『本命』より『太陽』のほうが断然上なんだって。明史は俺の一番なんだ」
 ダイレクトに響いた言葉。意味に気づくより先に涙腺が反応した。軽く身を離して覗いてくる櫂人。ボロボロと落ちる涙は、その表情をぼやかせる。美しい顔を見たくて瞬きをした。
 濡れたくちびるに、彼のくちびるが当たった。
「俺も負けないくらい、明史のことが好きだよ」
 離れたことでキスだと気づいた。驚きよりも、嬉しさが湧き上がった。
 同じ想いなのだという真実。ずっと躊躇っていた先に手を伸ばす。
 櫂人に腕を回して体温を引き寄せた。想いのまま触れられる奇跡。ぎゅっと抱きしめられると、辛かったことも苦しかったことも全部弾け飛ぶ。
 このために生きてきた、と思えるほどの幸せを掴んだ気がした。
「愛してる」
 同じ台詞を返したかったけれど、胸が詰まって言葉にならない。
「明史を、俺だけのものにしたい」
 続いた彼の願いに、間を置かず頷いた。早く櫂人のものになりたかった。
 腕が緩まって顎を触られる。明史は涙の残る瞳を閉じ、受け入れた。薄いくちびるをふさぐキス。深くなるとたまらず服を掴んだ。
 顔を離した櫂人は頬にくちづけ、首筋へ滑る。手も腰を撫でるようになって、ヒクッと肌が揺らいだ。衣服に彼の指が入ろうとしたところで、咄嗟に言葉が出た。
「ベッドに」
 言ってから恥ずかしくなった。まるでセックスをしたがっていたような言い方だった。でも、彼は明史の心情も水を差されたことも気にせず「行こう」と答えてくれる。
 辿り着いたベッドで間もなく押し倒される。櫂人を見れば、同じ気持ちを抱いているようにみえた。求めることを許されたような安心感と緊張感。相まって甘い官能を手繰り寄せた。くちづけながら、ゆっくり上着を脱がされる。
 肌に触れる熱。櫂人に愛撫されているという悦び。ふくらみのない胸を撫でられる。乳首を舐められて、声が漏れた。
「……ん……っ」
 少しずつ触れられる部分に色がついて、知らなかった刺激にビクッと反応する。こんな感覚ははじめてだった。上半身を撫で回されるという経験がなかったのと……一番好きな人に愛されているからだ。
 櫂人が身体を起こして、手をさらに滑らせた。行き着くところに気づいて、気持ちよくなっていた明史もドキッと胸を鳴らせた。パンツに指をかけてくる。
「櫂人、ちょっと、」
 同性同士であることに戸惑いはないのか、今更ながら気になった。
「なに? 辛い?」
「ううん……あの、やり方わかる?」
「ああ、なんとなくわかってる。周りにもいるし」
 偏見もないと知り、心配な部分が解消される。彼のほうも気にしていたのか、必要なものを揃えたいと言ってきた。明史も全部を知るわけではないが、代用できるものの場所を教えた。狭い部屋で探すまでもない。クリームなどは女子以上に持っている。
 手ごろなものを持ってきた彼が、ベッドに戻ってきて服を脱いだ。
 均整の取れた美しい肉体があらわれる。昔から見慣れているはずなのに、すごくドキドキした。触れると彼が微笑んだ。
「続き、していい?」
「うん」
「辛くなったら言ってくれよ」
 首筋にくちづけながら、下を脱がされる。躊躇いなく性器に触れられ、反射的に瞼を伏せた。同性らしく弄り方が的確だ。眉を寄せて声を耐える。
「……ん、……んっ……っ」
「我慢しないでよ」
 そう言われ、閉ざしていたくちびるを開いく。その瞬間、性器に絡んでいた指が激しく動いた。
「ちょ、や、んっ」
 故意的な行為に腰が浮いてしまう。刺激をつくっているのが櫂人なのだと思うと、感じやすさが倍以上になった。
「んっ、ん、あっ、あ!」
 性器をいっぱいしごかれて、イキたい欲は大きく膨らんでいく。でも、不意に寸止めされた。
「んっ、んんっ」
 やさしく摩る愛撫に変わっても、マグマと化した劣情は体内を巡っていた。ピクピクとひっきりなしに皮膚がふるえる。もうひとつの手が奥のほうを探る頃には、頭がぼうっとしてきた。
 なにかが塗りこまれ、むずがゆい感覚が伝わる。櫂人の手が奥の窄みに集中するようになると、感じたこともない快楽があらわれた。
「っあ……ん、……ぅん、い、あ、」
 シーツを握り締めて喉を鳴らした。ゆっくり抜き差しする指。二本に増えた瞬間は圧迫された感じになったけれど、何度も繰り返されると慣れてくる。櫂人のために変わっていく自分の身体。彼の全部を受け入れていきたくて、誘導されるままに身をずらす。
 指が抜かれ、櫂人は胸の突起へ両手を伸ばした。甘美な刺激が心をほぐす。呼吸と一緒に喘ぎがこぼれる。
「あっ……ぅんっ……あ、ん、」
「よかった。気持ちよさそう」
 図星を指されて恥ずかしくなる。くちびるを結んで顔を背けると、櫂人が上半身をかがめて頬にキスをした。そのまま下くちびるを舐めて、舌が入り込む。とろけそうなディープキスの後、「痛かったらやめるから」と耳元でささやかれた。
 手を繋いだ。押し込まれる熱が三本の指よりも大きく、息が度々詰まりそうになった。ぎゅっと握り締めると動きを慎重にしてくれる。
「ぅん……っ、ん……ぁん……んっ」
 はじめてのことで、おさまりきる感覚がわからない。でも、彼が安堵の息を落としたことで、身体がちゃんと繋がったことを知った。
「はい、った?」
「うん。辛くないか? 気持ち悪くない?」
「だい、じょ、うぶ」
 ゆっくり空気を吐くと、自分の内部で包んでいるものが生々しく感じられた。愛しい櫂人のかたち。実感できたことがたまらなく嬉しくて微笑む。櫂人はそれを合図にして動き出した。
「ぅ……んぅ……んっ……あ、」
 圧迫感に最初は下肢を固めてしまったが、乳首や性器を撫でられながらじっくり攻められると少しずつ快感を追えるようになった。時間をかけ、潤滑剤を何度も足してスライドを繰り返す。
「やっ……あっ……あっ、あっ」
 たまらず声が大きくなると、突かれるスピードも速くなった。ビクッビクッと快楽を食む身体を、櫂人が支えて勃ったままの性器に触れてくる。
「あっ、ん! あッ、あッ、ぁんッ!」
 強く突かれた奥と弄られた性器から電流が走って、花火のように弾けた。
 飛び出たのは精液だ、と緩んだ頭で思ったのもつかの間、両脚を引き寄せられる。さらに激しく律動をはじめた彼に、弛緩した下肢はなすがままとなった。
「ぅあ、あっ、あっ、ン! あっ、あッ、あッ」
 射精とは違うはじめての快楽に全身がわなないた。愛しい男の汗が明史の薄い胸に落ちる。一際熱いものを内部が受け止めた感じがすると、たまらず彼の性器を窄みで締めた。また押し込まれて、腰が跳ねそうになる。数度同じことをして、自分の中に精を放ったとわかった。
 引き抜かれて、すぐに被さる影。柔らかくくちづけられて抱きしめられる。
 彼の首筋に汗が滑ったのが見えて舌を這わした。櫂人の汗は、少ししょっぱくて甘かった。
「隣に引っ越そうかな」
 突然の台詞に、明史は少し身を反らして顔を見た。
「なに、突然」
「だって、こうやってすぐ抱きしめに行けるし」
 唐突なところがある男らしい言い草だ。真面目な表情も面白くて目尻が緩む。
「それなら、オレが櫂人のところにずっといればいいだろ」
 てらいなく答えて、とても大切なことを口にしたのだと気づいた。櫂人も意味を理解したようで、ぎゅっと抱きすくめてくる。未来の眩しさに明史は目を細めた。
 カーテンの隙間から、朝の太陽が覗いている。
「今度、日の出の海を観に行こう」
「うん。行きたい」
「近いうちに予定立てるよ」
 回された腕に触れると、彼が片手を浮かせて明史の指を掴んだ。
「……ずっと、俺だけの太陽でいてくれよ」
 耳元にくちづけて、ささやく甘い声。
 くすぐったくて笑みがこぼれた。彼の求められる存在で居続けようと頷いて誓う。
 そして、今日もまた新しく昇ってゆく陽へ、これからの幸せを祈るように互いの指を絡め合わせた。




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