* 四季のエクストラ【短編「PUPPY EYE CANDY.」】 *


 ぴくぴくと反射的に動く肌とこぼれてしまいそうな声。理性で耐えるのは困難で、仁はきつく眼を瞑った。
「ん、……っん、ぁん……ぁん!」
 揺すられる下肢の先には繋がった恋人の身体がある。同性であることと受け入れることに抵抗ははじめからあまりなかったけれど、陽介と付き合うようになってから、セックスという行為に早く慣れたいとばかり思っていた。しかし、実際に慣れてくると弊害も出てくるのだと思い知っている。
 慣れてくるほど気持ちよくなるからだ。快楽に対する抑制が効かなくなる。
「っん、ん! っん! ぁん!」
 組み敷かれ、律動されて、刺激は電流のように身体中を駆け上がった。ぐじゅぐじゅと泡立つ音はさらに熱をもつ。陽介が一際深く穿つと我慢できない。片手で口元を覆った。
「あ、あっ、ふ、ん! ん! んっ」
 大きな快感に声を殺すことができず、手で塞いでももれる喘ぎは防ぎようもない。陽介も、仁が挿入でも快感を得るようなったと知っている。
 仁の家でセックスをするときは、挿入前に枕かタオルを渡して声を抑える手伝いをしてくれるくらいだ。家には同じく大学生の弟がいて、いつもいつ帰ってくるのかわからない。それに互い学業とアルバイトで忙しく、一緒にいる時間も少なくなってきているのだ。何日も我慢できるほど性欲は淡くはない。ホテルをデイユースする勇気はないが、弟が在宅中でもこっそり部屋で身体を重ねることは最近するようになっていた。
 挿入で再び勃ち上がった肉を陽介に掴まれた。大げさなくらい跳ねた肢体を撫でられる。腰の揺れが緩められても手淫が加わったのだから、快楽はさらに増長される。
「ふ、ぅん! ぁん! ぅん! ぅん!」
 片手では足りず、両手でぎゅっと口を押さえる。すると、少しして腰の動きが止まった。
「も、仁、」
 陽介の声が降ってくる。きつく瞑っていた瞳を開ければ、彼の手が伸びていた。
「ここホテルなんだから、声、大丈夫だって」
 薄く潤んだ彼の眼が、欲を湛えて訴えた。言うとおり、ここは陽介が予約していたビジネスホテルだ。大学三年の後期がはじまる前、互いに日にちをあわせて関西に旅行しているのだ。
 夜行バスからの有馬温泉、異人館巡り、海の幸。陽介のつくった旅行プランは過酷だったが、実際無理なくこなせていた。早めにホテルに戻ることもできて、エッチしたい、と言い出した恋人仁も身体を許した。明日は車を借りて遠出だ。運転は陽介がしてくれるし、道中寝ていればいい。
 ホテルでのセックスははじめてだったが、弟の帰宅などの心配もしなくていいし自宅より気楽だ。ただ、いざはじめてみるといつものクセがでてしまう。
 喘いでも大丈夫、と言われてたところで、そうするよ、なんて答えられるわけがない。
「う、うん」
 戸惑いの中で、塞いでいた両手が外される。
「俺、聞きたいんだよ」
 懇願するような声色に、仁はますますなんともいえない表情を返して目を逸らした。陽介は愛情表現がオープンな男だが、仁は違う。喘ぐ声が聴きたいと言われると恥ずかしくなってしまう。
「ねえ、お願い、聞かせて」
 甘え上手で強引なところを隠さず、陽介が仁の顎にくちづける。声を求めるようにくちびるを重ねてきた恋人に、逆らうことはできず舌で応えた。
 キスにもセックスにも、気持ちよくなるコツがある、というのはおかしいかもしれないけれど、仁は陽介と過ごす日々からコツをつかんだ。それは、陽介にしか適用できないものだ。同じように、陽介も仁が好きなことや性感帯を見つけていた。
 勃ったものをやんわりと撫でられながら、深いくちづけを続ける。息継ぎの合間に自然と声がもれた。
「ふ、……ぅん……ぁ、あ、……ん、あっ」
 唾液がこぼれるほどのキスが離れ、陽介の空いている片手が左脇から胸をなぞる。ぞわっと快感が染みていく。乳首を親指で潰しつつ、長い指が脇寄りの薄い皮膚をさする陽介が器用に腰を動かしはじめた。
「あっ、ん! あ、ふ、ん、ぁあ!」
 露骨な性感帯と密かな性感帯。同時に触られながらゆっくり動かされると、仁もくちびるを閉じられない。
「あっ、あっ、は、あ、ん!」
 強いふるえとともに喘いでしまうと、途端に陽介が下肢をスライドさせてきた。力の籠もった打ちつけにあわせて性器の先端をさすられる。
「あ、あっ、ん! あっ、あっ」
「仁、やばい、とまんない」
 余裕がない陽介の言葉も素通りするほどの快感が、またたく間に仁の理性を食い散らかした。
「あ、ぅん! や、あっ! あっ! あああ!」
 内部の性感帯を太い肉でまぐられ、仁の肢体が射精感にびくびく跳ねる。
 触られない間に果てた熱を、陽介が掬って舐めた。律動が一段と大きくなり、何度も翻弄されて波が止まる。注ぎ込まれるものの味を知っている仁は、咥えた彼をキュッと締めつけた。
「……はぁ……は、ぁ……」
 酸素を求めるように息を吸う。満たされるというより、頭からスコンと何かが抜けたような開放感だ。陽介が落ち着いた己を抜かずに抱き締めてくる。
「やばい、すげえよかった」
 喘ぎのことを指したのか、全体的な行為についてか、訊きたくても訊けない。でも、仁自身も今までにない感覚を得ていた。
「またしよ、ホテルで!」
 キラキラした声でそんなことを言う。そして、今夜も今の一回きりで終わるわけがなかった。背に手を回しながら、仁はくちづけてくる彼に負けて頷く。
「やみつきになりそう」
 至近距離で笑顔を見せる陽介に仁のほうも、オレもちょっとハマっちゃったらどうしよう、と思った。


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 ……気を抜くと、昨夜のすごいやつが出てくる。
 仁は反芻しそうな自身に耐えながら、助手席で景色を眺めていた。隣で運転している陽介は上機嫌だ。それもそのはず、次回のホテルエッチも確約できたのだ。浮かれないわけがない。
 ……喘ぐってことにかなり抵抗があったけど。声を出したほうが終わってからすっきりするんだなあ、きっと。
 セックスについて冷静に分析して我に返る。
 ……いやいや、客観的に結論づけてどうするんだ。
 結局、昨夜もあの後三回もやってしまった。体力のある陽介がリミッターを外すと、仁はなすがままだ。過去に数度自宅で弟がいないときに本気を出されたことがあるが、昨夜はその比ではなかった。おかげさまで失神するように眠りに落ち、はじめて陽介に起こされた。セックスはそれなりにしてきたが、はじめて尽くしのような一夜だった。
 今は眠いというより、陽介に昨夜の色事を持ち出されるのが恐ろしくて寝てしまいたい。
「なーなー仁、」
 呼びかけにビクッと肩をふるわせた仁は、意識しすぎている自分を叱咤して横を見た。
「なんだよ」
「もうすぐアレだよなあ。アレ」
 溜息交じりの言葉に、色事ではないと悟る。
「アレってなんだよ?」
 しかし、アレが何のことがわからず、素直に聞き返した。
「就活」
 返ってきた単語に納得する。陽介は見た目こそチャラ男で人懐っこいが、中身は案外真面目だ。兄弟が下に三人いて、奨学金を利用しているところもあるのだから、そろそろ真剣に考え出したのだろうか。
 理系で大学院進学が基本となる仁には、よくわからないところだ。なので、答えに窮する。
「仁はもう考えてる? どうする? ちょっと参考にしたいんだけど」
 陽介のほうは、仁の動向が気になるようだ。
 ……全然参考にならないんだけどなあ。
 一瞬だけ悩んだが、隠すことでもないので正しく答えることにした。
「オレは大学院だよ」
「えっっっ!」
 案の定、陽介は予想だにしない言葉をもらったようにこちらへ向く。
「まじで!」
「うん、理系は半分くらい院に行くもんだよ。頼もそうだろうし」
「うっそ、知らなかった、俺のリサーチ不足だ!」
「陽介、ちょっと前見て運転して」
 運転中の男に投げかける返答ではなかったと少し後悔した。ちなみに、大学院卒業後は関西の重工業系に就職するかもしれないのだが……そんなことを言い出したら事故しかねないので口は噤む。
「えー俺どうしよーなんだよー仁は就職しないのかよー」 
 すでに充分パニックを起こしている陽介は、ハンドルを握り締めてブツブツと呟いている。仕方なく謝った。
「ごめんな、理系ってけっこうそういうもんだから。でも、おまえも就活なら企業けっこう選べるんじゃないか? 外資とか商社とか。すごい英語できるじゃん」
 陽介は世界基準の英語テストでも信じられないくらい高い点を叩き出しているし、話す発音も美しい。今回の旅行中でも、道に迷っていた外国人に道を教えていただけでなく、美味しい料理店を教えるなど雑談にも付き合っていた。仁も隣でスピーキングも兼ねて彼らの会話を聞いていたが、勉強で使う英語と一般的に使う会話はそれなりに違う。知らないフレーズや単語も多くて、改めて陽介のすごさ、格好良さに気づいた。
 英語の使い慣れた感じは、名門の学校に通う子の家庭教師を数軒頼まれるくらいお墨付きで、仁も彼に、海外留学したら? とそれとなく言ってみたこともある。しかし、本人は乗り気ではなく、金がない、だとか、興味ないだとか言って、のらりくらりかわしているから不思議だ。仁がそれだけの語学力をもっていれば、アメリカの理工系大学へ進学していたかもしれない。仁も英語の論文は読めるしある程度書けるわけだが、話すのは難しいと感じている。
「英語なんて、ちょっとがんばれば誰だってできるのに?」
 本人は相も変わらずこの調子だ。自分だけ就職活動をしなければならない、とテンションを下げかけている彼に仁は素直な気持ちを伝えた。
「異人館で外国の人と話してた陽介、すごい格好よかったよ」
 するとまた、大きく瞳を開けた彼が助手席へ顔を向けてきた。
「まじで? 俺格好よかった?」
「うん。臆せず普通に話してたじゃん。あんなスムーズにネイティヴのひとと話せて、発音も綺麗で、ほんと格好よかったよ」
 褒めたぶんだけ嬉しい表情があふれてくる。雰囲気はあっという間にウキウキたものに戻った。陽介の単純さに、仁は微笑む。
「そんな嬉しい?」
「嬉しいよ。すげーモチベーションあがる。一番好きなハニーに言われるのは格別じゃん。最高じゃん」
「そうか」
「俺も物理がすげー得意で、デジタル機械ちゃちゃっと直せる仁のこと、まじで格好いいと思ってるもん」
 唐突な褒め返しがきた。受け止める前に陽介が重ねてくる。
「マジで仁のこと、尊敬してる」
 はっきり言われて照れが出た。車の中で二人きりという逃げ場のなく、仁が頬を染めたのに陽介も気づいているだろう。
「好きなやつに言われると、恥ずかしいな」
 率直に返すと前を見たまま陽介が笑む。
「でも、嬉しいでしょ?」
「ん、……オレもおまえのこと、尊敬してるよ」
 頷くだけでは足りず、同じように想っていると教える。陽介の性格と雰囲気は本当に人を和ませるものだ。愛情の注ぎ方や求め方も、羨ましいと思えるほど。
 そして、そんな彼に一途に愛されているという幸福。
「なんか、なんか、幸せだなあ、俺」
 仁が言葉にしないことを、陽介がタイミングよく口にした。少し驚いて彼を見れば、察したように視線をチラリと交わしてくる。その笑みが、昨夜のセックスのときに見たのと同じものだと気づく。仁はさらに紅潮しそうになる頬を引き締めた。
 ムッツリ固まった顔で無言を通す仁に気になったのか、陽介がもう一度こちらへ顔を向ける。
「俺だけ? 幸せなの俺だけ? 仁は?」
 しつこく訊いてくる彼に、固めていた顔もあっという間に脆く崩れた。
「幸せだよオレも。もう、ちゃんと前見て運転しろよ」
 会話するたび前を見ないで運転する男の顔を手で押す。
「うおー」
 と、言いながら高速道路を走らせる陽介は本当に楽しそうだ。そんな彼がかわいくて仁もつられて笑う。快晴の空を鳥が軽やかに飛んでいた。




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