* 水曜日【第13話】 *


 六月は雨が多いという天気予報の言い分は当たっていた。梅雨は例年より早くはじまって、栖鳳学園の生徒たちを憂鬱にさせた。最寄駅から学校の正門まで、歩いて一〇分はかかる。傘が連なる登校で、広くない道はすぐに渋滞する。
 ところが、今年の夏紀は都合よく雨宿りの場所を見つけていた。
「ん、はぁ……んっ、……あ、はぁ……あぁ、ん」
 肩で息をする男の身体を起こして、恥部に指を入れる。柔らかく夏紀の愛欲を絞りあげた内部はとろとろに溶けていて、指を動かすとぐちゅぐちゅ音がした。背後から抱き締めつつ液体を掻きだして、薄く手のひらまでからめる。そして、ふるえる口許に寄せた。濡れた指でくちびるをさする。なにかを察したのか、夏紀より細い肢体の男はきゅっとくちびるを閉じた。
「舐めてください」
 その言葉に、呼吸すら止める。中に出した精液を無理に舐めさせるのは、夏紀の好きなやり口だ。
「則之、俺の舐めて」
 後ろから抱きすくめて耳元でささやく。この白い液体が好きなこともちゃんと知っているし、名前で呼んだときのほうが素直になりやすいとわかっている。甘えるように頼むと、彼は少しだけ迷って結局やってくれる。ちゃんと舌を使って舐めてくれる。夏紀にとっては嬉しいことで、毎度のように自分の身体から出た体液の後始末をさせていた。
 躊躇いがちに、猫のようにちろりと舌を出してくる。その先に指を押し付けると、観念したように舐めはじめた。
「ん、……ふぅ、ん」
 褒美として男の性器にやさしく触れる。びくっとふるえて吐息がもれた。美味しそうに舌を使う彼の首筋に痕をつける。マーキングに余念はない。
 志村則之を犯しはじめて、一ヶ月半近くが経過した。あの日から関係は続いている。夏紀が通い詰めて則之に己の肉の味を染み込ませた。彼は逃げなかった。
 そして夏紀も、飽きるどころか則之の身体にどうしようもないくらいハマっていた。先月一昼夜をかけてヤリ抜いたセックスは、単なる強要や脅迫の類からなにかを軽々と超えさせた。
 この変態と身体の相性がいいのかもしれない。そう最近の夏紀は思うようになっていた。だからこの男の裸体に惹かれるのは仕方ない。それに則之のほうも、夏紀の身体に魅力を持っているに違いないのだ。そうでなければ、こんな容易く毎度身体を許しはしないだろう。
 彼は二度目のしつこいセックスから抵抗することを止めた。それは、夏紀とのセックスが嫌いではないことを意味していた。夏紀は脅迫という茶番をする必要がなくなり、まるで住んでいるように彼の家でのさばった。
 そんな夏紀にたいして、服を着ているときの則之は半ば存在していないように扱ってくれるが、このプレイルームにおさまると様子を変えた。最初の挿入は非協力的で不本意そうな仕草を見せる。でも、二回目からは比較的従順だ。なにより快楽にたいして彼は素直だった。いまも舐めた精液をまた欲しがるように、腰がもぞもぞ動いている。手でイカされるより中を刺激されて絶頂を迎えたいのだろう。
 夏紀は前立腺の位置を覚え、挿入だけで彼を射精させられるようになった。数日に一度はここに籠もり、彼の所持する道具も全部使った。男の身体の扱いがうまくなるぶんだけ、則之の具合もよくなる。するとますます夏紀は技術を磨きたくなる。
 指がきれいになると、彼をまた四つんばいにさせて挿入する。夏紀の回復の早さは、普段セックスに無反応を装う則之にも密かに認められているところだ。若いと違う、というようなつぶやきを先日彼の口から聞いたとき、正直夏紀は嬉しかった。
 セックスだけでいえば則之のほうが慣れているし、彼の周囲にいる男たちのほうが男同士のセックスに詳しいのはあたりまえだ。しかし、若さと体力だけは負けていない。
 立て続けに突っ込まれることはあまりないのか、彼の体力消耗は早く、いつも三回目くらいで意識を飛ばす。どうやらこの激しさが、アナルセックスが好きなこの男には一番よろしいらしい。
「ッ、あ、ッ、あ、ッあ、」
 はじまったピストン運動を最大限に吸収しようとシーツをつかむ。則之の身体の先には夜空があった。月は丸みを帯びて光り、開かれた窓から乾いた風が入る。今日は初夏らしく暖かい一日だった。梅雨の合間に注ぐ日光は、則之の身体と同じように気持ちがいい。ただ、雨の音を聞きながらセックスするのも悪くなかった。
「ァ、ンッ、ん、あ、ぁあ!」
 一昨日は雨のにおいを嗅ぎながら、開けた窓の縁にしがみつかせて立ちバックで突き上げた。今夜も趣向は凝らしたい。泊り込みで楽しませてもらうつもりだ。明朝はここから学校へ向かう。数日に一度はこの家に泊まって通学経路をショートカットしているのだ。
 則之と出会ってから、すべてが夏紀の都合いいようにできあがっていた。毎日が楽しいと思えるのは久しぶりだ。登下校すら楽しい。自宅にはまた寄り着かなくなっているが、家にいるときは比較的愛想良く家族と接している。叔母と父親は、夏紀が大学受験に腰を入れはじめたと思っているようだ。進学して欲しい大学名を言ってくる程度で、そこにさえ受かれば家に帰って来なくても学校にきちんと行かなくてもいいと言わんばかりの様子でもある。
 夏紀は大学に興味がなかった。猛烈な努力をしなくても、日本で一番優秀な大学へ入る学力はすでについている。
 日々を楽しんでいる夏紀と違って、則之はそれらすべてを不本意に思っているのは想像に容易かった。今まで一応平穏に過ごしていた毎日が、浅宮夏紀という高校生のせいですべて壊されたのだ。
 先月学校を休んでまで則之を犯し続けた愛欲の翌日から、夏紀は箍が外れたようにその肉体を求めるようになった。スペアキーをもっている夏紀は、仕事から帰る則之をリビングで待ち伏せる。待っている間は特になにをするでもない。彼が帰宅するまで、洋書を読んでいるかスマートフォンをいじっている。あとはリビングにいる金魚二匹を眺めるくらいだ。夏紀は人間以外の生き物を厭わない。ただ父親が動物嫌いなために、自宅で生き物を飼ったことはない。家に人間以外の生き物が存在しているのが少し不思議で、考えごとをしているときは自然と金魚に目がいった。彼らは水の檻で声を発せず泳いでいる。
 則之宅へ連日通った三日目の夜、いつになったら鍵の付け替えをするのか、追い出す策に講じるのか、と夏紀は則之の考えを待っていたわけだが、則之のアクションは想像していたものと違っていた。
 勝手に鍵を使って入る行動だけは止めてほしい、と仕事帰ってきた彼は懇願してきたのだ。それは夏紀にとって都合のいい申し出だった。彼の願いは容易く聞き入れた。交渉の結果、仕事が支障のないかぎり則之は夏紀の性処理役となり、セックスしたい日は事前に連絡することが必須となった。
 連絡先を交換させた次の日から、夏紀は高校の仲間と同じように昼食後スマートフォンをチェックするようになった。友人たちには、また彼女でもできたのか、色男、と揶揄された。そんなかわいらしいものではない。則之は夏紀にとってとても大切な性奴隷だ。
 快楽とともに二人で果てると、夏紀は埋めたままの身体を解かず彼を見つめた。
「ん、……あ、ン、……ぅ、ん、はぁ」
 男の性欲は射精すると一旦すっきり抜け落ちる。しかし、則之にかぎっては女のように享楽が持続するようだ。彼のアナルは媚びるように萎えた性器を締めていた。身体はまだ夏紀の雄を欲しがっている。
 これまでの彼は毎週水曜日を性欲解放デーにして、それ以外は性癖も欲望も極力抑えて生活していた。唯一、水曜日が本来の自分に戻れる日だったのだ。
 それで、よくもまあこの男は今まで我慢できていたものである。女ができても男と縁が切れなかった理由が、セックスをするとよくわかる。変態でもあるが、彼はかなりの淫乱だ。しかも男の肉体が好きなのだ。
 夏紀は則之のもつ独特な卑猥さがたまらなく好きだった。水曜日だけに留めておくのはもったいない。身体の相性もいいし、彼の性癖に夏紀はついている。利点は山ほどあるのに、彼はそれを認めようとしない。間にセックスというコミュニケーションツールがないと、則之は夏紀に見向きもしなかった。
 手持ち無沙汰な気分になると、夏紀はリビングにひっそり住む二匹の金魚を眺めていた。テレビは好きじゃない。則之がリモコンでくだらない番組をつけるたびに、夏紀は「よくそんな低俗なもの見れますね」と、冷たい目で非難した。「ここは僕の家だ」と返されるのが常だ。
 ときどき発される会話は、仕方なく接しているような素振りもあり、ときどきため息交じりで「早く飽きてくれないか」などと平気で言ってくる。そして口論になり、セックスへ持ち込まれる。手のひらを返すような接し方の違いは、夏紀を毎度苛立たせていた。素直に夏紀の身体と陰茎が大好きだと言えばかわいげがあるのに、頑なに認めようとしない。
 欲しがる男の穴から自身を抜いて、彼のお気に入りであるピンク色の棒を代わりにゆっくり突っ込んでやる。半分埋まると、後は本人に動きを任せて、回り込んだ夏紀は彼の顔に使い込んだ性器を押し当てた。
「ふ……ン……んぅ、ん」
 快楽に溶けた瞳は雄を捉える。水分を欲するように、くちづけて夏紀のモノをふくむ。そこにもう躊躇いはなかった。  こんな淫乱の変態に飽きるわけがないのだ。
 何度も夏紀の快楽を教え込んで、すっかり則之は自分のものになったと思える。油性マーカーや歯型といった後に残るマーキングのおかげで、この一ヶ月は則之の周囲で夏紀以外の男の影が見えなかった。夏紀の陰茎に満足して連絡を控えているのかもしれないと思うと、一度屋上から見た二人の男から勝利をもぎ取った気分なる。男としての優越感に浸れる。
 しかし、茶色の巻き髪をした女とも、連絡を取っていないといえるだろうか。認めたくないが、あれは一応則之の恋人だ。連絡は取り合っている気がする。もしかしたら、外で会っているかもしれない。そもそも女にはセックスをあまり好まない者もいる。一ヶ月くらい放っておかれても、茶髪の女は欲求不満で狂いそうになりはしないのだろう。
 とりあえず、女がこの家には訪れていないことは断言できる。則之の身体と時間は、この自分が一番好きに扱っているのだ。三日と空けず、則之に己を咥えせているし、則之の家に行くと言えばほぼすべて了承され、セックスは一度はじまると夏紀が手を離すまで際限なく続いていく。完全夏紀主導の行為に、則之は諦めているのか犯されたいのか時間を気にする素振りはなく、身体に痕をつけるなと言うこともない。好きなようにさせてくれる。則之のエロい身体は俺のものだと誇示できる。
 ……けれども、その心はどうだろうか?
   夏紀が欲しかったのは則之そのものというより、変態行為に悦ぶこの肉体だけだ。念願どおり性処理になってくれた彼と、この部屋以外で関係を結ぶつもりはない。満たされるまでヤッて、ヤリつくして捨てる。それが夏紀の最終目標だった。
 ただ、このところそれだけではなにか物足りないと感じるようになってきている。
 目の前で夏紀の性器を舐めている。美味しそうにしゃぶって腰を揺らしている。彼は快楽に従順だ。かわいそうだが、持って生まれた性癖をコントロールするのは至難な業だ。それでも、則之はどうにか愛欲と変態的な衝動を水曜日にまとめていた。夏紀はそのすべてを崩して則之を篭絡した。……つまり、二人に介在しているものは、常に「肉体」と「快楽」だけなのだ。
 だが、抱いても突いても犯しても満たされないものが見え隠れしている。人間の欲望は尽きない。人間はひとつ欲しいものを手に入れると、またひとつ欲しいと思う欲深くなる生き物なのだろう。夏紀は則之の巧みな舌使いに瞳を閉じた。
 ……則之の意識を飛ばさせてから、ケータイを探して見てやろう。
 射精感が激しくなる寸前に、そんなことを思った。




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