* 手の中のひかり【続き03/完結,これからのふたり】 *


 特売で買った麺を使って、今夜は焼きそばをつくると言ってある。それだけじゃ物足りないから、わかめときゅうりの酢の物を付け加えて、冷凍の枝豆も出す。まだ残暑が厳しい九月、三池は最近やたら発泡酒を飲みたがるのだ。
 ……そろそろ帰ってくる頃だから、焼きそばもつくっておこう。
 合澤は置時計を見て主食の調理にかかった。今日は久しぶりにアルバイトがなく、一日部屋の掃除をしていた。甘えてくる男がいないから掃除はかなりはかどったが、でも、正直邪魔されながら掃除するほうが楽しい。
 ……早く帰ってこないかなあ。
 早々に会社の内定が決まった合澤と違い、三池は学業にも就職活動にも追われている。友人たちには『怠けていたからだ』『要領が悪い』と言われていたが、一番近くで見ていた合澤からすると三池は少々クセのあることを好むのだ。クリアするのが面倒なレポートや偏屈な教授の講義を選びがちで、就職先もこだわっているのだからなかなか決まらない。合澤はそんな三池に、何も言わず手を貸して応援している。周りから『合澤は三池を甘やかせすぎだ』と言われるが、そんな三池だったからこそ、こんな自分を許して受け入れて愛してくれていると知っているのだ。
 食材を切り終えたのを見計らったように、通知音が鳴った。スマートフォンを手にして、内容を見る。三池からだ。
 最寄り駅に着いた、という簡単な連絡。それだけで嬉しさがこみ上げる。毎日毎晩会っているのに、三池と離れると寂しいし、会えるとなると心が高揚する。好きな気持ちは薄まることがない。
 すぐに返答して、フライパンを火にかけた。手際よく焼きそばをつくる。粉末ソースを入れて出来上がった直後、玄関ドアが開いた。
「ただいまー、晴巳、コンビニでケーキ買ってきた」
 三池が自宅へ帰ってきたように挨拶し、安堵の笑みとともにコンビニ袋を見せてくる。合澤も同じ笑みを返して受け取った。
「おかえり。ありがと」
 ありふれた挨拶だけれど、この瞬間がすごく好きだ。
 まるで、二人きりの愛の巣で生活しているような錯覚に浸れる。三池の帰る場所が、ずっと自分の元であるような幸福感だ。
 しかし、現実もわかっている。来年春の卒業でこのアパートともお別れだし、会社が別々になるせいで行動範囲も変わっていくだろう。今のような柔らかな日常は、大学までなのだ。そう思うと、ますます三池に尽くしたくて仕方ない。
 ……なんかミイ、すごく機嫌がいいな。でも、そんなそわそわしている感じ。
 荷物を置く彼の後姿を見る。今朝よりも、三池の瞳が輝いているようだ。
「ご飯、もう食べるよね?」
 少し気になって訊ねる。振り向いた彼が頷いた。
「うん、食うけど、先にちょっと」
 ちょいちょいと手招きされる。やはり、何かあったのだ。
 三池がローテーブルを横にどかして正座した。合澤もつられて彼の前に行き、正座する。それを見届けた三池がむず痒そうな顔をして、頭を下げた。
「内定、決まりました」
 明るい報告に、合澤の大きな瞳が広がる。嬉しさは瞬く間に、身体中を巡った。
「おめでとう! やったじゃん!」
 頭を上げた三池は、ホッとしたような照れくさいような顔をしている。先に二社内定を決めていたものだから、なかなか決まらない恋人の行く末を密かに心配していたのだ。
「マジ助かった。最後に俺だけ残っちゃってたから」
 大きな安堵の溜息を吐く。そんな彼はすぐ表情を引き締めた。普段ならもっと喜んで内定通知を受けたときの状況を細かく話してくれるのに、それをしないようだ。
 ……何か、もうひとつ報告があるのかな。
 ふと、合澤は思い返した。内定の連絡は普通、遅くても午後一時くらいと言われている。内定が決まったのならば、その瞬間にSNSでも使って報告してくれればいいではないか。
 ……もしかして、都内じゃない会社に決まったとか。
 思いついた言葉に血の気が引いた。ありえない話ではない。現に、正座なのだ。三池がかしこまった体勢になるのは何かがあるからだ。
 ……それで、もう会えなくなるとか。卒業とともに、終わりにするとか。
 癖で、悪いことがぼろぼろと溢れてくる。黙っている三池にすがりたい気持ちをがんばって抑えた。
「晴巳」
 名前を呼ばれて、背筋が伸びる。
「はい」
 乱高下する気持ちのまま、上ずった声になった。しかし、三池は気づいていないようだ。
「おまえ、卒業してからもずっとここに住むか?」
 次の質問に、緊張していた合澤の気も少し緩む。するりと言葉が出る。
「え? ううん、ここ学生アパートだし。卒業までに出なきゃいけないんだよ」
「じゃあ、晴巳、頼む」
 三池が再び頭を下げた。先程よりも角度が深い様に、合澤の心臓がドキッと跳ね上がる。
「う、うん」
 怯えたような相槌をしてしまった。顔を上げてきた三池の強い瞳。大好きな男に見つめられ、縫いとめられたように合澤も視線を重ねた。
「卒業したら、俺と一緒に住んでください」
 真面目な表情で彼が言った。
「正式なかたちで……って同性同士だからシェアっぽくなるけど。もっと大きい部屋で、おまえとずっと一緒に暮らしていきたいんだよ」
 予想もしていなかった求婚のような言葉だった。表情を変えず、三池を見つめ続ける合澤に不安が出てきたのだろう。三池が頭をかいて俯いた。
「ほら、今までみたいにヒモとか甘ったれとか言われたくねえし。でも実際、晴巳の負担になってただろ。家賃もなんもおまえ持ちだったわけだし。そのぶんも返したいんだよ。金なら、この二年で貯めた。引越し費用も諸費用も俺が全部出す。家賃も出せるだけ出すし。晴巳が部屋を決めていいよ。俺は、晴巳と住めればもうなんでもいいから」
 返事をしたくても、声がでなかった。代わりに、ぽろっと涙がこぼれる。我慢できず、ぼろぼろと頬を伝って落ちていく。
 泣き出した合澤に、三池はぎょっと眼を丸めた。慌てて正座をほどき、抱き締めてくる。温かい恋人の身体に、泣きながら強く腕を回した。
「なんで泣くんだよ。ダメか? 俺、晴巳と毎日一緒にいたいんだよ、これからもずっと!」
「オ、レも、ミイと、いっ、しょに、いたい、」
 嗚咽を堪えるので精一杯だ。どうにか伝えても、三池には通じない。
「でもダメな理由があるのか?」
 拒絶されたと思い込んでる節のある彼に、大きく首を横へ振った。
「ない。ないよ」
「じゃあなんで泣いて、」
「うれ、しいん、だよ。これ、からも、ずっと、って、」
「あたりまえだろ! ずっとどころか、一生いてえよ! 晴巳が死ぬほど好きなんだよ!」
 ぎゅうぎゅう抱き締められる。ふるえるほどの喜びにつま先から脳天まで突き上げられて、息ができない。ミイ、ミイ、と掠れた声で名前を呼ぶ。彼のくちびるが耳に触れた。視線を三池にあわせると、くちびるが寄せられる。
「……ん、……っん、ぅん」
 柔らかく熱いくちづけに姿勢が崩れた。喜びが悦びに変化していく。離れたくちびるを潤んだ瞳で見つめた。
「晴巳、けっこう前に言ってくれたよな。おまえは俺のもんなんだろ?」
 大好きな男に支配される言葉。晴巳はたまらず、三池のくちびるに指で触れる。
「うん、オレ、ぜんぶ、ミイの、もの、だよ」
「なら俺も晴巳のもんなんだよ。一緒に住んでくれ」
「うん。ミイと、住む」
 返答すると指をくわえられて、しゃぶられる。ぞくぞくと快感が肌を伝う。三池の手も動いた。合澤のシャツをまくりあげて慎ましい乳首をこねはじめる。
「ぅん、ん、あ、ミイ、」
 ふと夕飯時だったことを思い出す。
「夕飯、冷えちゃ、」
 冷たいご飯を愛しているひとに食べさせるのは申し訳なくて、呟くと三池が頭を撫でた。
「おまえの飯は冷えてもうまいからいいんだよ。それより、晴巳を食べたい」
 求めてくれる言葉に、合澤は微笑んだ。コクンと頷く。
「ミイ、きて、もっと、もっと、ミイのものにして」
「もっと、もなにも、一生俺だけのもんだよ、晴巳は。誰にも渡さねえよ、覚悟しとけよ」
 手を伸ばしたぶん以上に、三池が愛してくれる。
 この幸せを絶対に離さない。合澤は彼の大きな熱を受け取れながら、そっと綺麗な喉仏に口づけた。




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