* 夜の舌先 *


 目を開けているはずなのに眠っていたような意識と、これは夢なのかもしれないという妙な現実解釈から、楓はようやく我を取り戻したように瞬きを繰り返した。身体を支えてくれているものをさらに引き寄せて重心をかける。体内でもたらされた異様な感触に、下腹部の筋肉がビクッと震えた。とても熱いものに支えられている。鼓動は少し速い。知っているかたちとにおいに揺すられて、まわした腕に力がこもった。
 対面座位で挿れられている。身体はそれをすでに受け入れ感じているのだ。精神と肉体の分離を悟った楓は、瞬時に記憶を掘り起こそうとした。自分の裸体を抱きとめている相手は嶺二だ。彼とはそういう付き合いをしているから、気づかぬ間にヤラれていたとしても多少許容できる。
 むしろ楓のほうが自分の身の異変に気づいて、わざわざ嶺二を呼び出していたのだ。「どうでもいいから早く来い」と、あのときは受話器越しに訴えた。そして、そのとおり彼は自分を見つけて来てくれた。安心した瞬間から、完全に記憶が飛んでいる。
 なぜ嶺二を必死になって呼び出したのか、それまでの経緯は楓にももう思い出せないことだった。おかしなものに手を出したのか、誰かから何かを提供されたのか、何がどうだったのかわからない。しかし、ここは自分の家でも嶺二の家でもない。ホテルの一室のようだった。
 腰が彼の手でより沈められて、きゅっと肩が締まる。奥の奥までぎっちり埋められる痛烈な刺激に、考えなければならないことが溶けてしまう気がして、楓は口を開いた。
 待て、と、嶺二に言おうとした。しかし、別の言葉が出ていた。
「や、……あ、もっと、」
 甘えるような声だ。楓は自分の発した台詞に驚いていた。おかしい。確かに、もっと動いて絶頂に達したい本能はある。ただその前に、楓は嶺二から訊かなければならないたくさんの事情があった。セックスするのは合意の上でも、ここがどこであるか、意識が吹っ飛んでいる間に自分が何をしていたのかは知る権利がある。
 嶺二の息を耳許に感じて、ビクッとまた背筋に電流が走った。いつもより鋭く快楽を引き出している己の身体にも気づく。呼吸をするのも少し辛い。中におさめられているものへ、無意識に集中する。
「いっぱい、いれてるだろ」
 ようやくそばで聞いた彼の声に心臓が跳ねた。よく知っている声なのに、妙にドキドキされられる。首筋を舐められ喉が鳴る。おかしい、と、訴える理性を押しのけて、もっと愛撫されたいと願う。ただ気持ちよくなりたくて、楓はとりあえず目の前の状況を受け入れることにした。互い果てれば多少冷静になるだろう。脚に力をこめる。
「あ、うご、いて、」
「次は、どんな感じで?」
 次と言われるからには、ひとつ前の情交があったということだ。まったく記憶はないが、楓はそれもきっと気持ちよかったのだろうと思い直した。だが、意識を戻した今のほうがより気持ちよくなりたい。
「き、もち、いいやつ」
「気持ちいいって?」
 動きたくても腰をつかまれて訊き返される。焦らす余裕があるのは、嶺二にしては珍しい。おそらく二度目だからだ。楓にとっては一度目とさして変わらない感覚で、早く確かな感触を享受されたかった。
「ん、つよいの、が、いい」
 彼のやり方の中で、一番気持ちいいのを思い出す。すると、期待で気持ちはより高揚する。突き上げがはじまると、本当に期待どおりで彼の身体に縋った。たくさん感じたくて彼のリズムにあわせる。
 弾む息に色がついて、駆け上がる熱は意識をもうろうとさせた。満たされたいとしか思えない。中で彼の欲にまみれたいと強く強く願えば、ビクビクと身体がわなないて、間を空けず彼も奥で果てた。
 当然のように中から出ていこうとする嶺二を制して密着する。お腹に入った体液が、ぐちゃぐちゃに混ざっていく。
「まだ、ぬくの、やだ」
 もっといっぱい混ぜてほしい。潤んだ目で彼のくちびるを探した。キスをねだる仕草に気づいたのか体勢を変えないまま、嶺二に欲しいものを与えられる。執拗に舌を舐められ、唾液が頤を何度も滑った。意識はちゃんとある。欲しいものもちゃんとわかっている。判断能力は落ちているが、それはいつもの快楽のせいだ。
 今は、自分が彼に愛されている大切な時間なのだ。
 体臭にさかる。一番よく知る雄のにおいだ。喉を鳴らしてくちびるを離した楓は、嶺二の耳許で濡れたくちびるを開く。
「いまのも、すごかった?」
 ささやくように訊けば、嶺二の落ち着いた声色が耳に寄せられる。
「すごか……おまえすごかったぞ。来た途端、いきなりフェラはじめて」
 まったく知らない話をされている。 楓が記憶を飛ばしている間のことだ。知りたいことだったはずなのに、楓は集中できなかった。 また動いている彼のくちびるを探したくなる。腰にしっかりまわっている腕が、少し力を緩ませた。嶺二と視線が合わさる。自分の姿が映っていることを確認してホッとした。
 楓はその安心感を伝えたくて、もう一度彼のくちびるに舌を這わす。いろんな角度から舐めようとする前に応戦されて、首の後ろを厚い指で固定される。敏感な部分をいじられてピクピクと皮膚がわなないた。この快楽は自分のものだ。だから、絡んでいた舌が離れると少し寂しくなった。
「おまえ、口の中がすげえ甘い」
 不思議そうな嶺二の声が聞こえる。だいじょうぶか、と、動く彼の喉仏に触れた。その指をゆっくり下へなぞっていく。まだ中には入っている感覚がある。
 キスと一緒だ。入っていると安心する。離れるのは嫌だ。
 なぜなら、これがすべて自分のものだからだ。
「だって、これ、俺の、」
 下ろした指を下腹部からいろんなものをくぐって、嶺二を支えにしながら結合部分へ到達する。嶺二があからさまに硬直した。楓は動きのとまった彼に、きょとんとして小首を傾げる。
 思ったことが、言葉に出てしまっていると気づいた。今まで嶺二に主張するつもりはなかったことだが、言ってしまうと安堵する。いつもならば言えないことも、今ならば微笑んで言える。
「ずっと、オレだけの、」
 そう言って愛しい肉に触る。入っていることを確認する。
 身体をいきなり倒された。内部にあるものがまた成長をはじめる。自分が育てているのだと、楓は嬉しくなる。嶺二がもっとその気になってくれるよう、彼の下で身体をよじらせた。
 かえで、と、名前を呼ばれる。彼の視線を追って、暴かれた結合部分を見る。
「じゃあ、楓のココは、俺のなんだな、」
 断言する嶺二がとても愛しく、表情を明るくして屈託なく頷く。また中で大きくなった。確かめるようにその肉をきつく締める。
「ずっ、と、れい、じの……っ、ん、……あ……ッあ、」
「ずっと、いっぱいいれてやる」
「……あ、……ぁん、……あッ、」
 硬くなったものに律動されると、快感は倍増する。突っ込まれてイキたいと、空いていた指で、自らの性器を弄ろうとすれば、その手首をつかまれて押さえ込まれた。片脚を抱えられて、もっと深いところを強く突かれる。こすられる部位から、いやらしい水音が生まれる。早く新しい精液を飲み込みたいと楓も腰を揺らした。
「あ、あ、ッ、も、いっぱ、だし、ッッ!」
 性器を握りこまれた。激流のような強い痺れで身体がのけぞる。
「かんったんに、イカせねえぞ……ッ」
「や、イッちゃ、ッ、ふ、あ、あッ、あッ、」
 先ほどの比ではないほど内部を攻め立てられ、血が沸騰する。死にそうなほどの強い快楽に溺れ、身体が思うように動かなくなると、嶺二の力だけでイカされた。すぐ彼が楓の中に証を注いで刻み込む。快楽をうまく飲み込めず、助けを求めて抱きついた。
 震える心身を嶺二の手でなぐさめてもらう。そして気持ちが落ち着くよう、次はやさしく抱いてもらった。


 ビクンッ、と、妙な震えで意識が浮上する。室内は暗く静かだ。楓は目蓋を押し上げ、シーツに埋もれている腕を抜いて、手の甲を額に乗せた。すごく身体がだるい。あのセックスから意識を失うまでの記憶はきっちり残っていた。最後のシーンは、風呂場の湯船の中で絶頂に導かれた瞬間だった。イッたついでに気絶したのだろう。
 思い返して煩悶するより、楓は気にかかることがあった。
 この期に及んで、まだ鈍い熱が身体の内に残っているのだ。くすぶるものから、また欲しくなってしまうことを恐れて、楓はそっと身を起こした。隣で嶺二が横になっているのは知っている。運よく肌が触れあっていないのだから、冷水でも浴びれば熱はおさまってくれるかもしれない。そう考えて、力の入らない身体を慎重にベッドの端へ寄せていく。
 しかし、すぐ腕をつかむ感触に引きずられた。ビクッ、と、また身体がわななく。つかんできたのは、間違いなく嶺二だ。起きてしまったらしい。
「まだ、抜けてねーんだろ」
 そのとおりの声に、舌打ちして彼を見た。感じたのにも気づかれてしまったようだ。反芻する羞恥より、また同じことになる予感が脳裏に渦巻く。早く風呂場で火照りを沈めなければならない。そう、彼を振り解きたい気持ちを前面に出したつもりだったが、引っ張られるまま身体が勝手に動く。なけなしの理性と天秤にかけている最中なのに、あっという間に腰をつかまれ撫でられる。
「んぁ、や、め、」
 声がもれることにも抵抗がなくなっている。触られるために近づいたのではないが、触られると異様な安心感に包まれた。
「洗ったのに、濡れてんな。残ってんのか。まだ、足んねえだろ」
「ッ、う、……ぜんぶ、嶺二の、せいだ、」
 枯れた声で吐き捨てるように言いながら、彼の口を塞ごうと、指でくちびるをなぞる。ずくずくとまた痴情が膨らんできた。指をキスされた。少し嬉しくなる。じっと見上げられ、瞳で犯される感覚に抱かれ喉を鳴らした。
「楓。ほら、イッパイほしいんだろ」
 嶺二の言葉にやはり我慢できなくなって、うん、と、楓は頷く。そして、指を舐めさせたまま、甘えるように彼の身体にまたがった。




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