* フレンチ シロップ *


 部屋のスイッチを押した。パチンという音にはじかれて、隅々のちいさな電球が灯る。
 暖色の緩い明かりは更なる酩酊を呼び込み、かえって身体に障っているような心地にさせた。先に部屋に入っていた蒼太は、ベッドではなくソファを目指した末に沈没したようだ。ドサッと落ちる音を聞いた気がする。
 この時期は冷房も暖房もいらない気候だが、ベッドがそばにあるのであればベッドで寝たほうがいいに決まっていた。ベッドは心地のよい安眠を提供すると訴えている。しかし、尚也の脚は蒼太の通った道をなぞってソファに向かう。大概自分も酔いが回っていると尚也は思った。
 ソファを回り込むと、ずり落ちる間際の体勢で蒼太が寝転んでいた。寝ているときは誰だって無防備だ。尚也は片手で握っていた部屋のキィをローテーブルに置くと、膝を曲げて蒼太の名を呼んだ。
「蒼ちゃーん」
 しかし、気だるい呼びかけに応える様子はなく、蒼太は無邪気な表情を晒している。閉じた目蓋は淡い照明のせいで陰影をつくっているが、人工の明るさを煩わしく感じないということは、それだけアルコールが回っているということだろう。時刻もあと二時間程経れば、太陽光が外の色彩を変えるはずだ。
 世界が寝静まった音は、あまりにも穏やかだ。尚也のもとにも睡魔は訪れていたが、この静かな世界は横たわって味わうよりもそっと息を潜めて感じていたい。そんな気持ちにさせるものだった。蒼太の寝顔があどけないからかもしれない。
 尚也は、ソファに寄り添うようにしゃがこんで膝を抱えると、もう一度「蒼ちゃん」とつぶやいた。
 そして、この部屋に戻ってくるまでの蒼太を思い返す。
 廊下を歩いていたときは足取りが覚束ないというほどでもなかったが、理性をかき集めた末の平静さだったのだろう。蒼太は、ドアの前で差し込んだキィを片手に悪戦苦闘していた。何をどうやっても開けられないそれを、少し後ろに歩いていた尚也が助太刀をして開けたのだ。あのときの戸惑ったように自分を見つめる視線と今の寝顔は、尚也を妙に和ませる作用があった。
 いろんな感情や言葉が浮かんでは消え、そして手を伸ばしたくなる。
 ……こんなふうに。
 思っていたより、かなり酔いが回っているかもしれない。尚也はそんなことを何度も思いながら、伸ばした指を引っ込めることはなく、かすかに染まる蒼太の頬を撫でた。吸い付く肌は熱が籠もっている。アルコールのせいだろう。酒臭さは互いで相殺している。
「……ん、」
 尚也の指の冷たさに気づいたのか、蒼太がちいさく唸った。熟睡という域ではないようだ。尚也は蒼太の前髪をかきあげて、耳もとにくちびるを寄せた。
「蒼ちゃん、風邪ひくぜ」
 すると、蒼太はかすかに目を開けた。「うん」と頷いたのだから、意識はいくらかあるのだろう。睡魔とそれなりに闘っているのか、その場しのぎの返事なのか。蒼太の性格からすればどちらともとれそうな反応だったが、尚也がまた何か声をかければ返事くらいはかならず返してくれそうな感じではある。
 蒼太の額にあてた手は、次第に熱を吸収して温まる。尚也は一度利き手を離し、もう片方の指を蒼太の頬にあてた。いつになく子どものような体温をしていると思った。
 その冷めた指に、蒼太が不意に擦り寄った。冷たい指の感触が良かったのだろう。ついで、気持ちよさそうな表情を浮かべたのを、尚也はじっと見つめていた。妙に睡魔が霧散していく。
 押しつけた指で無意識に頬を撫でながら、今しがた感じた何かを掬いだそうと試みた。そしてふと思い出した。
 そうだ、今のは甘える猫の仕草だ。
 その瞬間に、何とも言いがたい感情が尚也を支配した。
 発信源は腹の下だ。醒めた理性がそう教えてくれるが、感情は完全にアルコールにヤラれているらしい。別々のものになりだした感情と理性の中で、尚也はまだ使える理性を頼りにした。寝ている蒼太をどうこうするのはさすがによくない。比較的、尚也は落ち着いていた。
 これまでも蒼太に対して、多少なりとも特別な感情を自分が持ち合わせているということは自覚していた。ここまでひとつの仕草に対してゾクッときたのははじめてだが、特別な感情を持っているという時点で、いつかは催すものだったはずだ。それがたまたま今だったというだけの話だ。
 やり過ごすか自分の気持ちに素直になるかは蒼太次第というところでもあったのだが……今の状態の蒼太に訊いても無駄だろうし、蒼太はその心情をまず知らないはずなのだから、ステップが必要だろう。
 胸を射止められたことはそれなりに重く受け止めて、尚也は指を離した。
 蒼太に対して、何度かどうこうしたいとは思ったことはあるが、実はそこまで具体的な想像をしたことがない。触ってみたいという欲求も、今のところ犬猫あたりと同格に位置する程度だ。発信源が腹の下なのは、今回たまたまそうだっただけだと尚也は楽観的に考えた。
 大体、肉体的な観点でナニをどうしたいと思ったことは一度もなかったのだ。
「……ベルト」
 蒼太の声がして、尚也は我に返った。
 蒼太を見ると目は閉じたままだが、片手は緩慢にベルトをはずそうとしていた。アルコールから来る熱などから、着苦しく感じてきたのだろう。しかし片手で抜き取ろうとするのは横着だ。仕方なく、尚也は手伝うことにした。ソファに乗り上げる余地はなく、地べたに膝立ちして蒼太のベルトをはずし、ジーパンのボタンをひとつ開けてくつろげる。
「これも、」
 味を占めたのか、続けて蒼太がぼやけた声で訴える。
 ベルトはずしを放棄した片手が次にはずそうとしているのは重ね着しているシャツだ。中にタンクトップを着ていることは知っている。尚也は苦笑しながら、蒼太の望むままシャツのボタンをひとつずつはずしていった。酔って寝ぼけている人間に、尚也の気持ちを察することなどできるわけがないだろう。
「蒼ちゃん、ほら、」
 尚也の声かけとともにはずし終わると、蒼太は少しホッとしたようだった。この調子では確実に寝るな、と尚也は思った。グッスリいって、目を覚ましたときには二日酔いでも残っているかもしれない。
「ん、もっと」
 ならば、蒼太をここに放っておくかベッドまで連れて行こうか。そんなことをつらつら考えていた尚也は、ハテナマークを浮かべて蒼太の声に視線を向けた。
 ……もっと? これ以上、何を?
 肌を辿るように、手をつかまれた。軽く握ぎってくる指は、頬の熱と同じように温かい。その手に拒むことなく己の手を委ね、導かれた先は尚也がはずしたばかりのシャツの下だった。なんてことはない、同性の胸だ。
 ……こういう誘い方する女っているよなあ。って、待て待て。待てよ俺。
 ナチュラルに思ったことを、尚也は即座に撤回した。どんどんろくでもない思考回路になってきている。胸の内に、新しい感触をつかみそうなザワザワした気配があるのだ。そして、無防備に尚也の手を自分の胸の上においた蒼太は新たな安堵を浮かべていた。熱のある肌に尚也の指が気持ち良いようだ。
 その満足した表情を目にして、尚也は何かが芽生えたのを感じていた。発信源は腹の下どころではなくなっている。その芽は全身の血を沸騰させるのか。確実な欲求を、尚也に教えていた。
 蒼太の裸くらい、家を行き来するような仲だからよく知っている。だからなんだ、というものだが……それで今宵は済まない。酒の力によって生み出された即席の欲求ということにして覆すには、ここから離れるか、もういっそ素直に欲に忠実になるか。
 今まで蒼太に対して特別な感情はあれど、あからさまに性の絡んだ欲を感じたのはこれがはじめてだった。蒼太は何を考……えてないか眠いんだもんなと思いながら、尚也は胸の上に置かれてしまった手を離すことなく、手持ち無沙汰にさわさわと動かした。静かに目を閉じていた蒼太だったが、寝落ちていたわけではないようで、尚也の手の動きにあわせてくすぐったそうに笑いだした。
 ちいさな悪戯心に不意打ちの可愛さを見つけ、尚也の心臓が跳ねる。
 ……これはもう、ダメかもな。
 完全に目の前の存在に自分の感情がノックアウトしていた。欲望に忠実になろうぜ! と理性までが行く末を応援している。蒼太自身が止める以外に、自分は止まらないだろう。第一、蒼太自身が、据え膳食わぬが恥の状態を生み出している。
 どこまで嫌がらず触らせてくれるだろうかと、尚也は悪戯心に下心もこめて、タンクトップの下に手を突っ込んだ。
 素肌を擦る。蒼太は嫌がる素振りどころか、くすぐったそうだけど気持ちよさそうな顔をしている、ようにしか見えない。その表情に、甘い情が蓄積していく。突っ込んだ手をエスカレートさせ、胸元まで撫で回した。肌の弾力、肌の下にある骨格、指に時折突っ返る突起。確かめるように触るたびに、蒼太はくすぐったさをこらえる表情をする。
 ……野郎の身体を触りたいと露ほど思わないが、蒼ちゃんならいいんだよな。
 結局そこに行き着くかと、尚也は我ながらしみじみ思った。
 蒼太がソファを占拠しているせいで、体勢は不自然なままだ。膝立ちに疲れて手を抜き正座すると、視界は蒼太の腹が大部分を占めた。なんとなしに目の前にあるへそを人差し指で丸くなぞる。皮膚がぴくりと動く様が、妙にいやらしく見えた。
 もう一度なぞれば、同じように反応した。与えているままに反応してくれる肌の動きがかわいくて、尚也は顔を寄せた。
 そして、へそ部分に慈しむようなキスをほどこす。
 途端に蒼太の肌がさざめいた。指で触れたときとは異なる反応に、尚也は蒼太の顔を確かめた。目を閉じてはいるが、悪くはなさそうだ。むしろ、今のが何だったのか、蒼太はわかっているのだろうか。そんな気持ちを込めて、指で円描いたときと同じようにもう一度くちづけた。
 尚也のくちびるとさほど変わらない蒼太の肌の温度があたる。蒼太の熱を、もっと確かめたくて、舌をチロリとだして肌にあてた。尚也の舌のほうが熱い。その証拠に、蒼太はビクッと身体を揺らした。
 雰囲気がじゃれあう程度の甘さではなくなっていく。腹の内で込み上げる感情が、脳裏をクリアなものにしていった。蒼太は、そんな気持ちを、この行為の意味をわかっているのだろうか。探るように尚也が視線を送ると、蒼太は物言うことなく薄く開いた瞳の中に尚也を映していた。事態をある程度理解できていそうな感じだ。それなのに、彼は尚也を制さない。
 つまり、このキスを蒼太が認めたのだ。
 更なる官能を引き出したいがために、尚也は蒼太の腹に舌を這わせた。タンクトップを引き上げながら、くちびると舌でなぞっていく。指のときとは異なる感覚に、蒼太がむず痒そうに身体をよじった。本気の抵抗ではないと知っているからこそ、そっと両手で制す。蒼太はアルコールの及ぼす熱さから服の窮屈さを尚也に訴えていたのだから、尚也の舌は一層熱く感じるのだろう。
 不自然な体勢を圧して、熱に戸惑う肌をへそからみぞおち、胸まで辿る。そして、鎖骨の手前まで行き着くとくちびるを離した。タンクトップを飛び越え、蒼太の首に顔を埋める。
 触感を味わうようにやがて耳たぶへくちびるを寄せると、甘噛みをしながらささやいた。
 半端な姿勢ではなく、ちゃんと蒼ちゃんと向き合いたい。
「そうちゃん」
 口にすれば、声はかすれていた。足りないものをもっと欲していいのかと問うような響きだ。それだけ余裕がなくなってきたのかもしれない。
 目の前には、蒼太の顔があった。先ほどよりも、頬が紅い。蒼太は何を考えているのだろう。伏せていた睫毛が、そっと持ち上がった。
「ん、……もっと」
 魔法の言葉を紡ぐくちびるの動きを、尚也は見ていた。淀むことなく言った蒼太は、言った後照れたようにまた目を伏せた。その手は、尚也のわき腹に回ろうと肌に触れる。
 感情に沸点があるのであれば、たとえば今だ。
 どちらの欲求が重いのか。それは、どちらともなく重ねたくちびるが知っていた。
 蒼太の口内が同じように熱いのが嬉しい。それと同時に蒼太の熱を、今まで求めることはなかった自分がおかしいようにも思えてきた。無理な体勢のキスは次第にもどかしさを与え、尚也はくちびるを離した。その理由に蒼太も気づいたようで、尚也が身体を離した隙に身をサイドに寄せて柄にもたれた。尚也が入り込むスペースができる。満を持して尚也がソファに乗り上げると、続けて蒼太は片足を広げ床に踵を降ろした。すかさずその間に尚也が割り込む。そして再び乗せたくちびるは、変わらない熱があった。
 何年も知っているひとなのに、今得ているもの、これから得るものすべてが未知のものだった。その興奮は、キスに直結して何度も絡む。蒼太の手が、求めるようにゆるく背へ回る。その様が、尚也を満たし更なる欲求を生んでいく。
 中途半端な位置まで下がったタンクトップの中に手を差し入れた。親指の腹で揉むようにあちこちを探れば、胸のところに触り甲斐のありそうなポイントを見つける。押しつぶすと、へそにくちづけたときと同じ反応があった。
 キスに区切りをつけ、頬を寄せると蒼太の吐息が首許にかかった。
「酔ってる?」
 くいくい両乳首を押しつぶしながら、尚也の声が少し跳ねる。愛撫という感覚に眉を寄せていた蒼太は、ふいに薄く笑った。その目元を見て、尚也はやはり蒼太が酔っているからこその今があるのかなとも思った。でも別に酒に酔っての事態でもいい。自分も、アルコールに頭がヤラレていなければ、ここまで蒼太に催すことも、それを実行しようとも思わなかったはずなのだ。
「いい?」
 訊きながら尚也は乳首から指を離し、下腹部のほうへ添えた。くつろげたジッパーが指先にあたる。
 蒼太は、尚也の問いを不思議そうに見ていた。どちらの意味なのか、尚也からは図れない。
 尚也は意図を伝えるため、そのまま指を下着の中に入れた。拒否反応があれば、これでアウトだろう。しかし、蒼太は俯いて目を伏せるだけだった。耳たぶが赤い。……愚問だったようだ。
 下着の中から手探りで自分と同じつくりのものを見つけつかむ。怯えたように揺れた肩を、空いた手でなでる。下着に突っ込んだ手の内にあるものは、まるで眠っているようだった。触り心地を確かめる指の動きに、反応が大きいのは局部というより全身だ。同性ということで、よく知っているものではあるが、他人のものを触るなんてことはない。不思議な感触だった。
 しかしながら、下着を剥いで全貌が暴かれたところで萎えない自信が尚也にはあった。
 触り辛いままに、指で快楽を導くように動かした。しかし、なかなか勃つような気配がない。一方、身体は尚也の指の動きに震えるのだから、単純にアルコールが回りすぎて勃つに至らないのだろう。泥酔の域に近づくほど性機能は低下しやすいのだ。それでも、ぴくぴくと反応する感触がおもしろく、ゆるゆるとしごいた。
「……う……ん……っ」
 蒼太の吐息から、声が漏れた。視線を下げて下着越しの状態を見ていた尚也は、その甘い唸りに顔をあげる。
 目の前に、下くちびるを噛んで俯く蒼太がいた。恥じらい、快楽に耐えようとする表情は今まで見たことのない甘美さがあった。蒼太にこんなエロい表情があったのかと、尚也は驚きのまま凝視したまま手を動かしていれば、視線に気づいたのか、蒼太が薄く目を開けた。
「なお……、も、う」
 その口許は、熟れた花びらのようだった。その拍子に、尚也は思った。
 ……いれたい。なんでかわかんねえけど、猛烈に蒼ちゃんの中にはいりたい
。  男同士でヤるなら別に穴に突っ込む以外の方法があるということは、尚也も薄々ながら知っている。しかし、蒼太にはいれたいとしか考えられなかった。そうでないと、自分が満たされない。それが無茶な欲求であることは、いれたいと思った時点で重々承知していた。でも、この欲には勝てそうにない。
 蒼太の合意はこれ以上訊かなくてもわかっているし、この大胆さがアルコールから派生しているものだということもわかっていた。しかし尚也も、このアルコールから派生していつも以上に気持ちがアクティブになっていた。とりあえず、自分のしたいようにしてみよう、そう思い蒼太から手を離した。
「蒼ちゃん」
 何度目かわからない呼びかけをしながら、ジーパンと下着に手をかける。蒼太もそれに促されるまま腰を浮かした。するりと脱がして暴いてゆく。その感想を心の内で述べることもなく、尚也は蒼太の片腿を持ち上げると押した。自分の欲求に応えてくれるポイントは、考えうるかぎりひとつしかない。
 臀部を撫でつつ、期待する場所を探り擦る。蒼太はされるがまま、身体をびくつかせた。いれたいという欲求を込めて軽くこすっても、排泄器官のせいか開いてはくれない。女性の身体とは、訳が違うのだ。
 それなりの準備が必要だと判断した尚也は、蒼太から身体を起こして部屋を見回した。すぐ傍のテーブル上に潤滑剤になりそうなものを発見する。身体と腕を伸ばして、どうにかヴァセリンと書かれた容器を手にとった。
 蓋を開けて指で掬う。固いなら、ほぐしていけばいい。単純明快な機転は、尚也も酒に酔っていたから実行できたことでもあった。もう一度、片腿を押して臀部を探る。目的のポイントに潤滑剤がついた指をあてれば、蒼太は異様な感触に声を発した。
「な、な……ん、」
「気持ち悪くなったらいえよ」
 一言だけ逃げ道をつくって、尚也は一箇所を念入れにほぐしはじめた。手先の器用さが手伝ったのか、一本の指はすんなりと中にはいる。少し心配になって、指をいれたまま蒼太を見たが、違和を感じるだけで痛むような表情はない。
 慣らすように出し入れを繰り返し、二本目、三本目と指を増やしていく。そのどれもが、尚也の予想以上にすんなりといった。蒼太自身の抵抗がないばかりか、その排泄器官もたいした抵抗がないようだ。こんな簡単なもんなのかと、尚也は意外に思ったが、どちらにせよ訊く相手もいない内容である。
 しかし、指と実際に突っ込むものは程度が違うこともあって、より丁寧に中をなぞる。時折、締めるような感触を指に感じて、想いは募った。中をいじられるという未知との遭遇に、蒼太はどう対処すべきか戸惑っているように息を吐いていたが、身体は思いのほかリラックスしているようだ。間違いなく酒のおかげだった。
 尚也はあらかた準備を済ますと、太腿から手を離した。
「蒼ちゃん、大丈夫?」
 そう問いかけると、蒼太は先刻と同じように不思議そうな表情を浮かべた。もうここまでこなしたからには、止める気などさらさらない。尚也は自分のパンツに通していたベルトを外して、中の下着とともにずり下げた。自分が取り出したものが何たるものか、蒼太も目にしたのだろう。しかし、その瞳に動揺はない。
 いれるために自らの手で完全に勃たせる。そして、蒼太の膝を手で広げるように押して、ほぐした部分にあてがった。その様子を蒼太がじっと見ている様が、尚也にとって満たされることでもあった。
 あてがったものは、これまた意外なほど抵抗がないまま蒼太の中に少しずつはいっていく。ただし、蒼太本人としては、最も異様な心地を引き起こしたのだろう。困ったように、身体をくねらせた。その違和を和らげるように、尚也は片手で下肢や腹をなでる。
 埋めるほどその距離が近づいて、尚也は蒼太に顔を寄せた。
「な、なお、」
 今の状況を打開する気力もないように、蒼太が深く息を吐いて呼んだ。
「気持ち悪い?」
 少し心配になって訊くと、ちいさく首を振った。違和感だけを重く受け取っているのだろう。安心させるようにくちびるを寄せる。その応え方は身につけてしまったようで、薄く口を開いた。キスがはじまると、蒼太は習慣の如く尚也の背に手を回す。
 それを合図に、尚也がゆっくり身を引いた。スキンは用意できていないので、中に出さないことだけは意識して、残りは本能の赴くままに動かす。
 くちびる同士が離れれば、蒼太の下肢をさらに寄せた。深くなるだけ、蒼太は背を反らす。波に飲まれた脳内は、比較的早く吐き出すことを教えていた。重い突きから、一気に抜く。途端に、蒼太の腹の上に精がばら撒かれた。一時の激しい運動が終わると、何もかもがどうでも良くなって尚也は蒼太の身体に凭れ込んだ。蒼太の荒い息遣いがうなじから感じられる。
 ピチピチ。ピチュピチュ。
 窓の外から、かわいらしいと感じる音が聴こえていた。小鳥の鳴き声だ。
 よく考えてみると、部屋の中が先刻に比べ随分明るくなっている。知らぬ間にそんな時間になったのか……それだけ没頭したのかと尚也は思いながら少し顔をあげ、蒼太を見た。目があう。
 真っ黒な瞳は、尚也だけを映していた。何かとても嬉しくなって尚也が頬を緩めると、蒼太も目尻を下げた。そして、二人してちいさく笑う。
 自分だけスッキリしておいても何だと、尚也は口を開いた。
「いっとく?」
 軽い調子だが、蒼太の下肢を指していた。挿入された衝撃か、今が一番反応している。しかし、蒼太は目を細めた。睡魔がきたような仕草だ。
「ん、今度でいい」  寝落ちそうな声だ。
「風邪引くよ」
 尚也は蒼太の頭を撫でながら先刻言った言葉を繰り返す。
「うん」
 すると、ぼやけた頷きで彼がくちびるを寄せた。その軽いキスは朝露のような甘さで、尚也は満たされたように目を閉じた。




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