* ご注意プライマリー *


 高校生男子といえば、大抵の好物が『猥談』である。
 いくらおとなしそうな子でも仲間内でエロトークがはじまれば、興味津々の体が現れてしまう。たとえ会話に混ざっていなくても無意識に聞き耳を立ててしまうものだ。猥談が嫌いというタイプはよほどの堅物か、ませているか超潔癖かムッツリなのだろう。
「うあ! コレもすげぇ!」
 友実がドアを開くと同時に、田邊の大きな声が部屋中に響き渡った。部室の奥手にある簡易テーブルで、田邊と数人の部員が熱心に何か見つめている。これが勉強の類でないことは、友実もすぐにわかった。
 どれどれ、と言わんばかりに近づけば、ようやく部員の一人が驚いたように友実を見る。
「あ、友実か」
 そう安心した彼の表情を横目にして覗き込んだ。
 なんてことはないエロ雑誌だ。田邊が歓声をあげ、部員たちが固唾を呑んで見つめているのも無理はない。
 しかし、ここはサッカー部の部室である。堅物の部長が来たら、何かしら苦言を吐くのであろう。副部長あたりは呆れたままさっさと部室を後にするかもしれないが、虫の居所が悪ければ余計な面倒がはじまるに違いないのだ。先輩たちは二人して癖がある。
 友実は興味よりも後々の面倒さを思って口を開いた。
「おまえらナニ広げてんだよ」
「友実、コレコレ見ろよ! おまえ好みじゃね?」
 忠告もつかの間、田邊がものともせず雑誌のページをめくりだした。
「それって、あれのこと?」
 隣に座っていた名波が、田邊と同じく暗号化した言葉を発している。
「なんだよ、オレ好みって」
 どこから得た情報だ。友実は荷物を置きながら呆れてみせた。
「いつもはノリ気のクセして」
 田邊同様、ノリが軽い名波に言われ、一緒にするなと応えたくなる。しかし、友実はぐっとこらえた。言葉の応戦を繰り返すといずれボロが出るということを、部活の猥談の場で十二分に学んでいる。
「オレ好みってどれだよ」
 友実は素直に紙面を覗く。見事なオッパイがページをめくるごとにはじけていて、意味もなく目を細めた。正直なところ、本当にノリ気ではないのだ。
「あれ、ちょっと待って! ここらへんに……」
 そう言いながら田邊が一枚一枚ご丁寧にページをめくってくれる。他の四人は写真の女たちを凝視している。
 卑猥度も汁度も高く、かなりレベルの高いエロ雑誌だということもすぐにわかった。むしろ裏のルートで流通している雑誌なのかもしれない。いつもであれば中身に興味を持ち、めくられるページに期待を抱くものなのだが、今の友実は「そんなものをこんなところで広げるな」と思うことしかできなかった。
 至極冷静に思えるのは、恋人と化している幼馴染と昨夜セックスしてきたからだ。久しぶりに翌日の部練に出られるか心配するくらい、長い時間をかけて体力を使った。おかげで二人して学校を遅刻しかけた。
 そうしたわけで、溜まっているものなどあるわけがない。しかも内容がいつもより濃かったおかげで、今日一日はそういったものを目にしたくないというのが本音だった。エロ雑誌を見ると、どうしても女より由徳が出てくる。男が施した前夜の愛撫や体位といった痴態を生々しく反芻してしまう。
 学校まで、エロトークなどは持ち出せても、由徳とのセックス状況を脳裏に流すことだけは嫌だった。由徳と二人きりのときであれば多少は別なのだが、なるべくソレはソレ、コレはコレで区別をしたい。
 しかも、由徳も同じこの学校に在籍しているのだ。
「あ、コレコレ」
 田邊がようやく友実へ顔を向けた。
 指差された写真は、これが正規ルートで仕入れたエロ雑誌ではないことが一目瞭然だった。
 後ろ手を縛られ、制服のようなブラウスだけを引っ掛けた女の裸の下に、男の下半身が写っていた。どう見ても、突っ込まれている部分にモザイク処理がない。ハメられている女の後ろには別の男が覆いかぶさるように露出した両乳首をつねっていた。弾力のありそうな乳房だ。
 ……しかし、おそらく田邊たちが見せたかったのはそこではないだろう。注目すべきは、顔の部分だった。
 白い布で目隠しされ、大きく口腔を見せている。中は白い液体に満たされ、真っ赤な舌が埋もれないように突き出されていた。くわえていたらしい間近の男根から口に引く糸が一層卑猥なのだが、目を惹くのは白濁の量だ。顔にぶっ掛けられている量が半端ではなく、目隠しがなくても女の顔はしっかり見取れないだろう。
 そうした明らかにやりすぎの写真が、田邊たちいわく「スゲー!」ということらしい。友実のコメントを待つことなく、「やっぱコレはスゲーよな」などと集団は覗き込んでいる。
 友実はコメントする気も萎えていた。いつもならば田邊たちに交ざれるテンションになるのだが、今日はまったくそんな気にならない。
 むしろ昨夜の友実は由徳に顔射をされたし、口の中を由徳のその白いので満たしたのだ。どちらかというと、紙面にいるのはお仲間だ。ソノ気になれるわけがない。
「されてみてーよなー」
 誰とともなく、そんな言葉が部室に響いた。
「フェラって気持ちいーだろーなー!」
 続けて田邊があっけらかんに発言する。確かにフェラはされたら気持ちがいいと友実は身をもって知っていた。しかし、昨夜の立場と卑猥に見せつけた女に対する妙な同情が友実の脳裏に渦巻く。されるほうの感覚より、する側の気持ちに共感できるようになってしまったのだ。
 エロ雑誌に己の夢を見出す部員たちは、フェラチオについて友実を置き去りにしたまま話し出した。どのAVはどんな感じだったか、口の中に出す気分はどんな感じだろうかだとか、聞き伝手の体験談など……すると、自然に顔射のほうが好みのグループと口内射精で飲んでほしいグループに分かれていく。
 ……付き合ってらんねェ。
 友実は部員たちを背にしたままロッカーを開けた。ロッカーに常備しておいたほうがいいものを押し込むため、先に中のゴミやいらないものを選別していく。そうしていると、田邊が友実を呼んだ。
「友実はどっちー?」
 どちらも受けたことがあるが、どちらも特に好きではない。
「……顔のほうだな」
 数歩先のダストボックスにゴミを器用な手さばきで投げ入れつつ、友実は少し間を空けて結局素直に応えた。すると、かかさずいろいろな声が投げ掛けられる。主に口内射精で飲んでほしいグループのやつらだ。
 飲んでくれることに愛を感じるなどという部員のませた発言を耳にして、さすがの友実も呆れたように振り返った。
「あんなマジーもん、飲ませたいって気がしねれー……」
 部員たちの視線に違和を感じて、友実は咄嗟に口を噤んだ。
 ……アレ? 今、オレなんて言ってたっけ?
「友実、味知ってんの?」
 きょとんとした表情の田邊が、素朴に尋ねた。そして問われた友実は、その言葉に絶句した。
 墓穴を掘らないように気をつけていたつもりが、とんでもない結果を今に見せている。
 反応を窺うような奇妙な沈黙を、友実は慌ててかき消した。
「や、な、ほら、知らねーけど、あんなんマジーに決まってんだろ! そんなの無理に飲ませようなんて思わねぇって!」
 動揺を限界まで押し留めて、勢いのとおりに話の向きが変わることを願った。
「そっか。そうだよなー」
 すると、田邊はあっさりと受け止めてくれる。しかし流れは、精液の味はどんなものか、から離れることはないようで、「そういえば、どんな味なんだろうな」「なんかスゲー気になってきた」「マジで!? オレぜってーヤダ」「舐めたことあるひとキョシュ!」「えームリムリ!」などと、雑誌の写真とは若干逸れた際どい話が新たにはじまっている。
 輪から外れていた友実は、その話に加わることを逃れて空けたロッカーと向き合った。
 冷や汗をかいた……どころではない。幼馴染との関係が知られることもきついが、口淫奉仕を昨夜リアルにしていたと知られたら立ち直れない。
 そのままロッカーに顔を突っ込んで猛省したい気分でもあったが、奇行をまた変に受け止められても困るので、ため息にすべてをこめた。その後ろでは相変わらずエロトークが花咲いている。バカみたいに盛り上がっている様子に、友実は閉口したまま紙ゴミをダストに投げ入れた。




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