* ハニー&ディップ *


 シーツに額を押し付けて呼吸を整える。半端な重みが加わると同時に、内部へと確かなかたちが進入する。
 それはどれだけ楽な体勢をとってみても、ぬぐえない違和感だった。スムーズに順序を踏もうが、衝動のままおっぱじめようが、この状況に到ればかならず違和を覚えるのだから仕方がない。試行錯誤しても無駄に疲れるだけだ。楓は、そう思うことにしていた。
 今回もそうだ。すでに一度はコトを終え、今は二度目だというのに、相変わらずの違和がある。それでも一度目に生じた痛みはなく、身体は従順に異物である肉を食い込んでいた。バックという体勢を使ったことも、多少の違和軽減になっているのかもしれない。
 馴染むように揺すぶられると楓の身体は戦慄いた。それが快感というよりも脊髄反射に近いことは、この行為を与えている嶺二もわかっているようであった。動きにちいさな間がはいる。浮き出た汗が一粒腕を伝い、シーツに染み込んでゆく。その先にある指は、シーツを握り締めていた。自分のことながら、無意識に耐える素振りをしていることに楓は気づいて、そっと指を広げた。
 しなる背に熱の籠もった皮膚が触れた。背骨、肩甲骨と、楓の身体を宥めるように撫でる手の感触に、詰めていた息を吐く。過剰な力みがなくなると、異物感も緩和される。今日はじめての挿入ではないこともあって、身体はすぐに受け入れることができたようだ。
 結合部分の弛緩で状態がわかったのか、嶺二は楓の立てている両膝を少し広げて、より密着するように引き寄せた。奥にはいる圧迫感を、身体は上手に受け止めてびくびくと収縮する。今さっきとは違う甘い波を捉え、ようやく一度目の享楽とつながってゆく。
 そうなれば、快楽が身を浸食するのも早い。はじまった律動と共に、蠢く熱に眉をひそめて収縮を繰り返す。嶺二がゆっくりと身を動かす様は、二度目の余裕なのか、その肢体を味わうようでもあった。
「ん……ぅん……んっ」
 吐き出した息から、意識もなく声が漏れる。身を支える筋が少しずつ崩れていく感覚と、内部を渦巻く緩い熱のせめぎあいは、制御しきれない陶酔を呼ぶのだ。
 きつくシーツに押し付けた手の甲には、真新しい歯形がある。一度目の挿入のときに、楓が自らつけた痕だった。あのときに抱いていた複雑な思考回路は、もう機能していない。毎度はじめに戸惑いを浮かべることはやめられず、その名残はいつも歯形となって手に刻まれる。嶺二はその噛み癖を合図にしている向きもあるようだった。実際に、口から手を離したときは吹っ切れる瞬間でもあるのだから、彼の見解はある意味で正しい。
 今はもう、吐息に交じるちいさな呻きも気にしてはいない。無理に我慢してもろくなメリットはなく、コトが進めば羞恥もへったくりもないのだ。それこそ、むきになって声を抑えていたら、嶺二のほうが逆に喘がせようと意地になるということも経験上知っていた。場を盛り上げるために喘ぎ声をだす気はさらさらないが、発してしまうものは素直にだすことにしている。嶺二はどうやらこの声が好きらしい、ということも、理由のひとつになっているのかもしれない。
 身を溶かす動きは、次第に焦らすような刺激を生む。さほど時間は経っていないのに、立てた両膝に重みが蓄積していくのは、一度目が案外しつこいセックスだったからに他ならなかった。大体、受け入れるだけでもそれなりの体力がいる。
 快感の間際で辛さがにじむと、耐えようとする反動で余計な筋力を使ってしまう。その状態が起こりつつあったが、身体をつなげている嶺二も、それにはすぐ気がついたようだ。挿れたまま動きを止めた。
 嶺二の片腕が楓の脇腹にはいった。上体を起こして体勢を変えるつもりなのだろう。引き寄せる素振りに楓は促されるまま腕を浮かせた。緊張した内部は圧迫のある熱を銜えて離さない。嶺二が楓の身体を抱え込んで、慎重に座位へともっていく。
「んッ……ぃ、あ……ッッ」
 脚を手で大きく広げられた。より受け入れる姿勢をとったために、重力でより深く挿さる。痺れるような衝撃をもろに感じて、身体が強く震えた。すると熱の圧迫感が増して、また内部が親しげに反応する。
 強い快感が、後ろからゆっくり穿たれる。それと同時に、嶺二の手がかすかに汗の浮く胸と下肢を弄りだした。楓の背が仰け反り、無意識にかろうじて自由の利く足で何かを蹴った。
 カシャン、と物音が鳴ると、薄暗がりの部屋へ瞬時に光が舞う。そして、女性の声が飛び込んできた。
 目の前にあった液晶TVが映ったのだ。どうやら、蹴ったのはTVのリモコンのようで、蹴った拍子に電源のスイッチが押されてしまったようだ。無機質な画面上では、若い女性アナウンサーが生真面目な顔でニュースを読み上げている。その様子から、中身は報道番組だと、楓は真っ先に気がついた。
 すぐわかるのも当然だ。この番組は、自分好みのアナウンサーやキャスターが出揃っている。暇なときはかかさずチェックしているのだ。
 清楚なワンピースを着こなした女子アナウンサーが、カメラ目線で笑顔を見せている。理性を完全に取り戻した楓は、この現状に絶句した。そして、一番我に返ってはいけない状況で、我に返ってしまった悲劇にうろたえた。
 ベッド隔てたTVに向けて、御開帳状態なのである。しかも、合意の上で男に突っ込まれ弄られて、且つ、感じているという、言い訳ができない様態なのだ。まず、誰に言い訳するのか考えなければならない。それも以前に、TVと面と向き合っていることに羞恥を感じる必要はないのかもしれないが……そんなことは、この際どうでもいい。
 なぜ、よりによってついている番組がコレなのか。
 目を閉じても、彼女たちのハキハキとした快活でかわいい声が聴こえてくる。それは不運としかいいようがなく、すぐさまTVの電源を切ることだけに理性を絞って、身を捩りリモコンの在り処を見つけようとした。しかし、楓の思惑に関係なく前と後ろで縫いとめられた身体に、そこまで自由はない。TVがついたことに嶺二は気を留めていないのか、逆に興奮したのかはわからないが、大きくスライドした。中を擦られる感覚に身体はぞくりと戦慄くが、精神的にはそれどころではない。リモコンも見つからない。
 楓は、状況を察してくれとばかりに手探りで嶺二の腿を軽く叩いた。が、嶺二は動きを止めるつもりはないらしい。確かに、TVは所詮TVなのだ。実際、誰かに見られているわけでもない。
 ふと、意識しすぎるのも変かと思いなおして、楓はTV画面をじっと見つめてみた。軽やかなメロディーと映像が切り替わり、TV内の着飾った若い女性と目が合う。
 やはりこの状況で、好みの女子アナウンサーとTV越しに対峙するというのは、心臓に悪い。
 人が仕向けた罰ゲームか、ナンかの陰謀なんじゃないのか……と、どうでもいいことが、ぐるぐると回りだす。つまり、セックスに集中できないのだ。
 気持ちの萎えが身体にも現れ、思ったより早く嶺二が行為を止めた。楓の気持ちを汲んだのか、身を一度抜いて楓を放す。すぐに彼は身体を曲げて、ベッドの下に顔を向けた。そして、リモコンを見つけたのか手を伸ばす。瞬く間に外界は遮断され、静寂が戻ってきた。
 真っ黒な液晶の横で、ガツンと物が落ちる音が響いた。嶺二がそのままリモコンを床に落としたのだろう。
 望んだとおりに解放された楓は、嶺二が座る隣のスペースに凭れこんだ。シーツの冷たさが肢体に馴染む。下腹部は体液まみれだが拭う気にはなれなかった。 こんなに微妙な間がはいったことは今までに一度もなかったが、今日はこれでお開きという気分にはなれない。
 嶺二は上体を起こすと、横向けに寝そべる楓を見下ろして間もなく身を屈めた。
 当然だろうが、嶺二も止めるつもりは微塵もないらしい。嶺二の動きにあわせて、楓も仰向けになる。寄せたくちびるは、すぐに濃厚なキスをつくりだした。その最中で、手っ取り早く今のアレを忘れさせてくれ、という心情を込めて自ら脚を広げる。すると、嶺二はくちびるを離し食いついてきた。
 両脚の間に割り込んで片脚を掴まれる。ブランクがないせいで突っかかることなく挿入されるものの、感触の違いから楓の身体はすぐさまざわめくような刺激に目を伏せた。気づかない間に、つけていたスキンを取っ払ったようだ。嶺二は相当やる気らしい。
 中に出されると面倒事が格段に増すが、それよりあのTVショックを取り払うほうが先だ。突き動かされながら扱くという単純明快なプランを胸に、奥へ肉を誘う。慣れたかたちが埋め込まれると、吐息が漏れた。目を開く。嶺二がじっと楓を見ている。
 それはやたら生真面目な表情だった。三秒経っても動く気配がない。
 早く動けよと楓が思っていると、……不意にひらめいた。嶺二が何を考えているのかが、途端に読み取れる。
 生真面目というより、憮然という言葉のほうが似合う表情だ。ろくでもないスイッチがはいってしまったに違いなかった。それは、TV内の女子アナウンサーが関係しているのであろう。嶺二とのセックスを放って、楓が直視していた女性である。
「……お、まえ……ヘンなこと、いう気だな」
 こんなところで拗ねられてもジェラシーを訴えられても独占欲の言葉を吐かれても困る。そんなニュアンスを込めて、かすれた声でクギを刺す。すると、嶺二は自らの両手を無理やり空けた。その手で、楓の両耳を塞ぐ。
 そして、塞いだ耳許にくちびるを寄せてきた。

 離す気はねぇぞ。

 ささやかれた言葉は、塞がれた鼓膜をかすかに伝っていく。
 言わずにはおれなかったのか。まるで魔法をかけるような子どもじみた響きに、楓は「聞こえてんだよ」と、ちいさく笑って見せた。 




... back