* ファニーデイト *


 大きくわななく肢体を、きつく抱きしめるように押さえつける。快楽を膨張させる独特な音にあわせ、美晴がしなやかな脚に力を入れた。
「くっ、んッ、ふ……ぁ、」
 互いの身体から輪郭が溶けていく行為は、加速がつくほど甘美というよりも聖的な緊張感をもたらす。
「ッ、い、あッ、あッ」
 ぎゅっと首に腕を巻き背に爪を立てて締めつけてくる美晴には到底勝てず、胸を打つ鼓動とともに慶介は熱い感情を中に出した。
「う、ッん、んっ!」
 上手に腰をふるわせ、相手の体液を自分のものにしていく。身体を抜いた慶介は、彼の痴態を眺めて口元を緩めた。肩で息をする美晴は、きつく目を閉じてベッドのシーツに埋もれる。達成感と安堵感が彼にも広がっているようだ。
 慶介は一息つくとベッドのスプリングに体重をかけた。
「ちょっと飲みもん、取ってくる」
 頭上に降ってきた一言に、美晴はなんの反応もなく呼吸を整えている。それはいつものことで、然して気にせずベッドを降りた。下半身にタオルでも巻いて行こうかと思ったが、どうせすぐベッドに戻る。
 裸のまま、慶介は冷蔵庫に行き着いてドアを開けた。身を屈めて冷蔵中の目ぼしいものを探す。美晴の好物であるジンジャーエールが一本残っていたはずだが、ない。代わりにオレンジジュースのペットボトルが明るい色で転がっていた。
 ……こりゃ、なんか言われんじゃねえかな。
 常に美晴にたいして劣勢な慶介は、ため息をついた。特に身体をつなげる行為に行き着くまで、美晴は面倒な心の手続きを要するのだ。ヤラせてくれた日は、従順にならざるを得なくなる。しかも、そうした慶介の気配りを美晴自身も当然と思っているところはあるわけだが、……ないものはない。
 本人に納得してもらう方向で、仕方なくオレンジジュースとサイダーを手にとった。後者は自分で飲むためだ。炭酸が欲しいと言われたら、これを差し出してどうにか我慢してもらおう。
 ……でも、絶対ジンジャーエールじゃないとダメだとか喚きだしたら、買いに出るしかねえのか。
 天邪鬼なところがある彼の動向に覚悟を決めながら、慶介はサイダーのキャップを開ける。
 そもそも二人で味わう快楽にはリスクがある。元々受け入れる身体を持たない同性の美晴に負担を強いているのだ。無理を言ってヤラせてもらっているのだから、美晴に機嫌を損ねられたら最後、最悪の場合はやらせてもらえなくなる。現に一度完全に機嫌を損ねられて、三ヶ月もお預けを食らったことがあったのだ。あの我慢地獄は避けたかった。今回はすでに一度セックスを終えた状態であるが、機嫌を悪くさせると次回に響くのである。
 慶介はいろんな展開を想定しながら、サイダーに口をつけた。子どもの頃からよく知る甘さとパンチは、運動後に格別染みる。一気に半分くらい飲むと、慶介は持ち場へ戻った。
 気難しい美晴の状況を確認すると、なにやらいつもと様子が違っていた。ベッドの上で、美晴が妙な動きをしている。頭を乗せていたはずのピローを手に取り、腰を上げていそいそとその間に差し込んでいるのだ。
 軽く腰の上がった状態になると、彼はそのまま動かなくなった。
 ……なにやってんだ?
 ベッドの際に着いた慶介は、不可解な動作をしていた美晴を見下ろした。いつもならば、シーツに座り込んで喉が乾いただとか、風呂行ってくるだとか、雛鳥のようにビービー言ってくるのに、今日は様子が違う。仰向けのまま尻の下に枕をいれ、神妙な顔でじっとしているのだ。裸体を隠しもしない様子はやたら扇情的だが、慶介はそれより、彼の体調を心配するほうに気持ちが向いていた。美晴は身体があまり強くない。季節の変わり目はかならず風邪を引いている。
 ……風邪気味とか、腰の調子があんまよくないとか、する前に言ってたか?
 いや、それはないだろう。最中も特別痛がる素振りは見せなかった。体位は慶介にまかせてくれたし、後半は腰を揺らして自ら甘く求めてくれたのだ。
 それに、身体の調子が悪いときは、たとえホテルを予約していようとセックスは中止にしていた。慶介もルールとしてきちんと守っていて、美晴の調子が悪いときはサポートに徹している。好きなひとに無理はさせたくない。
 容態を見極めようと凝視する慶介から、美晴は視線をはずしたまま微動だにしなかった。その様子は不可解というより不気味でもある。
 ……マジどうした? なんかあったのか? やべえことでも起きたのか?
 心配のあまり状況説明を求めたくなった。だが、訊こうとする前に美晴の口が動いたので、慶介は先にそちらへ気を移した。
「これさあ」
 間延びした言い方に緊張感がない。それですぐ体調面に問題はないのだと察した。慶介はホッとした気持ちとともに頷いて、サイダーを飲む。
「アレなんだって」
 そう言って、美晴はようやく慶介に顔を向けた。真っ直ぐに見上げたまま、屈託なく言葉を続けた。
「こうすると妊娠しやすくなるんだってさ」
 慶介はサイダーを噴き出した。
 いきおい美晴の顔を見れば、隠していた感情をあらわにニヤニヤしている。慶介の反応が期待どおりといわんばかりだ。
 ……俺をからかったのか、コイツ!
 予想だしない衝撃に動揺しつつ、口許にこぼれたサイダーを手で拭う。
 やっぱり変だと思ったのだ。美晴がおかしな仕草をしているときは、なにかしらろくでもないことを企んでいる。慶介をからかって遊ぶのが大好きな男なのだ。
 ……でも、これは不意打ちのしすぎた。
 つい噴き出してしまったが、反射的に横へ向いて吐き出せたのはよかった。これが美晴の肌にかかっていれば、こんなふうにのん気な様子は続かない。
 中に出したセックスの後で、腰を上げて精子をより奥に迎え入れるという仕組みなのか。そんな妊娠誘発法など慶介は聞いたこともない。しかし、情報通の美晴が仕入れた内容だから、またどこかの雑誌かテレビでやっていたのだろう。
 その前に、男は妊娠できるはずがないのだ。
 慶介をからかうための行為として使うには、ひじょうに悪趣味だった。とはいえ、実際のところ美晴とは孕んでもおかしくないほど抱き合っている。
 今さっきも彼の内部へ注いだように、スキンなしの挿入も美晴の許可さえ出れば躊躇いなくやっていた。それどころか慶介が毎回、できればそうしたい、させてください、と懇願している節すらあった。だって、それが一番気持ちいいし満たされるし、美晴の締まりもいいのだ。また、気軽に懇願できるのは彼が男だから、というところもある。
 しかし、物事は角度を変えて考えてみることも大切だ。
 たとえば奇跡が起きて、万が一妊娠するような事態になれば、と、慶介は思考をシフトさせていく。妄想は瞬時に脳裏で展開していった。
 ……それはそれで案外、けっこうアリかもしれない。
 結論を導きながらペットボトルを締め、美晴と目をあわす。彼は妊娠を望む体勢のまま、訝しげに慶介を見ていた。
 瞳で思考をスキャンされている心地も芽生えつつ、慶介はベッドに座る。沈黙のまま指を伸ばし、彼の下腹に手を当てる。肌には大好きなぬくもりがある。その内部には、自分の注ぎ込んだものがまだ入っている。
「……今、マジで考えてんだろ」
 彼の呆れた声が聞こえた。あわせて、少し浮いた身体の下から枕が抜き取られる。本来は注いだ分を早く外に出さないといけない身なのだ。
 身体を起こす美晴に、ちげーよ、とも、その通りですとも言えず、とりあえずオレンジジュースを渡してみる。バカにされないよう言葉は慎んでいたが、動揺がすぐ伝わってしまったのだろう。
「オレは、おまえだけで十分、手いっぱいだ」
 ペットボトルを受け取った美晴に、キッパリそう発言される。慶介は反論の余地を見いだせないまま「お、おう」と頭を下げた。




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