* 祭りのあと *
(文庫『ラ・エティカの手紙』大洋図書/発売記念SS)


 太陽が照りつける道を自転車で抜けていく。自宅から十五分もしないで着く場所には、『新開』という表札がある。高校の有無に関係なくほぼ毎日この家へ通っている、幼なじみの健祐の家だ。
 自転車を所定の位置に停めた薫は、大きなスポーツバッグをカゴから取り出した。母、玲子は健祐の家族が経営する大病院に勤めて忙しく、代わりに新開家の面々が一人息子の薫を家族代わりになっている。関係は出逢ったときから今もきわめて良好だ。
 インターホンを押すと、すぐ開く玄関ドア。薫は頬を緩めた。はじまったばかりの夏休みは心も明るくさせる。健祐がすぐ顔を見せた。
「薫来たか」
「健祐、これ持って」
 待ってましたと言わんばかりの声を受け止めて、玄関へ入る。そして彼に抱えていたバッグを押し付けた。同い年で誕生日も一〇日しか変わらない健祐は、出逢ったときから薫にとことん甘い。かけられる声も表情も触れてくる手も、やさしい。薫はいつものように健祐が後ろからついてくることをわかっていて、顔を向けずに尋ねた。
 今夜は町内の夏祭りがある。
「おばさんは?」
「リビングで裁縫してるよ」
 廊下を歩いて涼しいリビングの扉へ開く。
 健祐の言うとおり、ダイニングテーブルにはミシンや裁縫道具、布やらが溢れていた。その中央で健祐の母が何かを縫っている。家にいるときも小奇麗な身なりをして、スッとした背筋で家事をするひとだ。
 椅子に掛かっている浴衣の生地をチラと見て、薫は挨拶をした。
「こんにちは。おばさん、来たよ」
「薫くん、こんにちは。今日もかわいいわねえ。でも、ごめんなさい、今ちょっと別のことはじめちゃって。浴衣の胴上げ、一時間後にはじめるつもりだから待っててくれる?」
 顔を上げた彼女に言われ、薫は素直に頷いた。
「はーい。したら、上に行ってます」
「呼ぶから待っててね。お昼は食べたのかしら?」
「家で食べました。今朝、母が珍しくいたから」
「玲子先生と会えたのね、よかったじゃない。またおなかがすいたら言ってちょうだい、健祐に持たせるから。健祐、あなたも、あとで一緒に呼ぶわね」
 健祐の母は薫の背後にいる息子にも声をかけて、ミシンに手をかけた。向日葵の模様が重なる生地はどう見ても洋物だ。浴衣の前に、母親が別の縫い物をしはじめてしまっていることは確かだった。
「健祐、上行こうぜ」
 彼女の作業を邪魔しないように二人はリビングから離れた。今日は健祐の母から、薫用の浴衣を新たに仕立て直すと言われていた。健祐の七つ上の兄が一回しか着なかった浴衣だそうだ。
 一昨日、柄を見せてもらって羽織った。男物の割に中性的な笹柄の浴衣で、健祐と彼の母のほうが「すごく似合う」「薫くんは顔立ちがいいから映える」「それを着て祭りへ行ってくれないかしら」と興奮気味に推していた。二人の勢いにあてられて、薫は今年はじめて浴衣を着て祭りへ出向くことにしたのだ。
 住人より先に階段を上がり、健祐の部屋を開ける。広い畳部屋は薫にとって自室よりも濃い空間だ。畳の地べたに座って、そばにあったクッションをつかむと横になった。クーラーが効いた部屋は心地が良い。健祐の発する雄のにおいは、薫の神経を上手に刺激する。
 少しして、薫の荷物を肩にかけた健祐が飲み物に洋菓子を添えてやってきた。ローテーブルに麦茶が置かれる。薫は喉を潤すべく、手にとって早々飲み干した。カランという音とともに、健祐が自室の内鍵を閉める音が響いた。
「三時に呼ぶって」
「それまでゴロゴロしてよ。課題する気もないしー」
 時計を見た健祐が隣に座り、薫の胴に両腕をまわす。
「……ん、」
 躊躇いのない手がTシャツに隠された素肌を撫でると、薫は小さく笑った。
「手、冷たい」
「クーラーかけて、課題してたから」
「それ、健祐の少し写させてよ」
 そう言うと、対価を求めるように健祐の指が薫のハーフパンツの中へ滑り込んだ。洩れそうになる声を食い止めるように息を詰める。
 すでに薫は静かに快感へ身を委ねる術を知っていた。身体にいっぱい健祐から教わったのだ。欲望を銜えこむ方法も、白い体液の味も、腰の揺らし方もこの一年で学んだ。
 健祐の舌が、薫の首筋にあたる。親指が右の乳首をとらえる。まさぐられる下肢とあわせた強い刺激に、薫はゾクッと身体をふるわせた。
「ふ、……ん、ん、ッ、」
「汗の味」
「ん、」
「薫の味がする」
「ぁ、……ぁ、ん、、けん、すけ、はやく」
 健祐に触れられるとドキドキして、とても気持ちよくなって、ずっと触られていたいと思ってしまう。けれど今日は彼の母が一階にいて、しかも後で呼びに来ると言っていた。
 早急に身体を繋げる気持ちで、薫は服を脱いで健祐の股の間に入った。たちあがったものと尻を撫でられて、ビクッと震える。
「はやく、いれて」
 甘えるような声で、薫は健祐にお願いした。
 どこまでもかまってくれる健祐のせいで、すっかり甘え癖が身についている。高校の女子クラスメイトにも「岸和くんはそうやって人にさせるのがうまいよね」と、この間はっきり言われてしまった。自覚はあっても直す気はない。
 健祐が手を伸ばして潤滑剤を手にする。ひんやりしたジェルで下肢をまさぐられ、ヒクヒクと身体が喜びを享受する。挿入の準備をしながらついばむくちづけが深くなって、薫は猫のように開けていた薄い瞳を閉じた。
 長いキスと愛撫の後、健祐の熱を求めてゆっくり腰を落とす。突き上げてくる彼に支えられ、熱く甘い快感に没頭した。



「やっぱり似合うわ。うちのお兄ちゃんより」
 仕立て直した健祐の母が感嘆する声に、薫は愛想良く微笑む。
 時間を要さない濃いスキンシップを終えると、即シャワーを借りてみだらな色を一蹴した。そして、浴衣の直しを待ってそろそろ五時だ。浴衣姿は薫自身も成長してから久しぶりのことで、リビングの鏡の前で姿を何度も確認した。その後ろでは、着付けをはじめている健祐が異様なほど真剣な瞳で薫をちらちらと見ている。
 視線の意味を知っている薫は、彼の母が着付けを終えて上機嫌に裁縫グッズを片付けはじめると、そっと健祐に寄って耳元にくちびるを近づけた。
「なんか、たくらんでるだろ」
 薫の言葉に、彼は一瞬考えたようだがすぐ頷いた。どうせ、浴衣を脱がしたいとでも思っているのだろう。
「祭りのあとで、気分が乗ったら」
 肯定的な言い方をすると、健祐が嬉しそうな表情になって微笑む。
「気分が乗ったらいいんだ?」
「あとは、場所の問題」
「行きがてらに、探すか」
「もう探すのかよ」
 こそこそと秘密の話をする息子たちに気づかず、健祐の母が声をかける。
「あなたたち、そろそろおでかけしたら? 祭りは五時半からよ」
 それは合図だ。テーブルに置いていた財布と携帯電話を持つ。
「はーい」
「いってくる」
 ふたつの返事を重ねてした薫と健祐は、これからの夜を楽しもうと連れ立って家を離れる。夏の夜のはじまりに寄り添った。




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