* ガーデンサイン *


 今日は二〇時に帰るという、母親からの留守電を聞いた渉は大きくため息をついた。妹の愛良は母と一緒にディズニーランドへ遊びに行っている。木枯らし一号が吹いたというネットのニュースをついでに眺めながら、この風でよく行くもんだと思う。今も、ときどきガタガタと窓が鳴る。
「一人のほうがはかどるもんだけどさ」
 いつもの休日は予備校の自習室を利用したり静かなカフェで勉強したりと、外に出ていることが多いのだが、父親も仕事でおらず自宅には誰もいないことから、終日家にいることを選んだ。受験の自主勉強をするにはもってこいの日は半分以上過ぎて、今は午後四時。
 九時前に起床してからそのまま勉強に突入して、間に軽く腹を満たしてもう一度机に戻った。母親も自宅一日勉強するときは、仮眠前でないかぎりしっかり食事を摂ることはないと知っている。普段の食事を摂ってしまうと頭が回らなくなるし眠くなる。ひもじくならない程度に少しずつ食べ物をつまみながら勉強するほうが渉には合っているのだ。今も、机には広げられた参考書や問題集やノート、辞書に混ざって板チョコが半分残っている。
「集中力って、なんで途切れんだろうな。四時間くらいしか持たねえし」
 愚痴のような独り言をつぶやいて、渉は改めて大きなため息を吐いた。
 医学部専門の予備校には、いろんな人間が来ている。一緒のところは、皆医学部に受かることを目標としているところだ。私立よりも渉が希望している国公立のほうが当然倍率は高く、目指している奴らも本気だ。一回問題を解いただけで応用まですべて完璧に答えられるようになってしまう天才型や、機械のように延々と問題集に没頭できるタイプは心底羨ましいと思う。渉も高校内ではトップクラスの成績だが、上には上がいる。
 それに、渉自身、昔から努力しているからこそ良い成績を取れているのだとわかっている。
 ……ここで全部投げたら、一気になんにもできねえ人間になるんだろうな、俺は。
 勉強は嫌いではないし、成果が出るのは嬉しいし楽しいからがんばれる。でも、医者になるには手先の器用さとセンスも必要だと予備校の連中が話していて……そのあたり自分は弱いんじゃないかと思っている。器用さで言えば恋人の修太郎のほうが断然あった。修太郎は夏まで散々悩んでいたようだが、とうとうパティシエを目指すことにしたようだ。
 一方、自分が何のために医者になりたいと思っていたのか、と、我に返ってしまう。
 ……皆、相当やってるもんな。十一月だから当たり前だけど。
 見ていても埒のあかないスマートフォンを投げて、気分転換に板チョコを割った。口にふくむと甘いだけではないビターな香りが鼻を通る。ホワイトチョコレートのほうが好きなのだが、大好きなものだと一気に食べてしまうから三番目に好きなものを手元に置くようにしている。
 半月前、修太郎にそんなことを話したら「オレも三番目かよ」と言われ、大慌ててでナンバーワンのオンリーワンだとフォローした。
 ……そんなこともあった。もう十六日も経ったか。
「やべえな」
 もう一欠けら食べて彼のことを浮かべると、堰を切ったように近々の思い出が溢れてきた。修太郎みたいなチョコレートを齧っているのも悪かった。
 修太郎は昔から引きこもり気味の幼なじみだ。お人よしでドライな性格といえばいいのか、冷静で感情の上下が少ないというのか、自分とタイプが違って包容力もあって、やさしいし頼りになる。
 そして、彼のつくるお菓子は猛烈にうまい。
「修ちゃん」
 彼の名前を子どもの頃にしたようにつぶやくと、居てもたってもいられなくなった。
 どうしても修太郎に会いたい。
 こういった感情は無理に我慢するとよくないことも知っていた。受験日までの残り少ない休日は全部自主勉強に費やすものだと、学校でも予備校でも参考書でもネットでも教えてもらっていたが、渉は志望している医学部の模試判定も脇に置いた。
 ……そんな真面目にやりすぎたら、俺はバクハツするわ。修んち行こ。
 三時間くらいロスになるかもしれないが、上手な息抜きも必要という意見を大切にしたかった。第一志望はギリギリのB判定。もっと前のめりに勉強すれば次の模試でさらに良い点が取れるのかもしれないが、気力は続かない。
 渉は勉強道具を広げたまま、自室を離れた。一階に下りると勝手口を出れば、どんよりした雲が空一面を覆っている。今にも雨が降りそうだ。
 目の前の家々を仕切る低い塀を跨ぐと、渉の会いたい人のお宅に着地する。隣向かいの一軒家が修太郎の家なのだ。
 彼の飼い猫が見つけたルートは、修太郎からすると不法侵入らしいが、高校に上がってからよく利用させてもらっている。一時は毎週火曜日に庭から彼のところへ訪れていたのだから、合法だ。
 庭のテラスをあがり、レースカーテンと窓に閉められた家の中を覗き込んだ。目を凝らすと、修太郎はリビングにいた。家族が誰もいないときの定位置、ソファーで本を見ている。おそらくレシピ集だろう。
 窓をノックしようと片手を上げると、修太郎の首が持ち上がった。そのまま窓へ視線を映してくれる。
 薄いカーテンに遮られているが、レースだから渉に気づいてくれたのだろう。すぐ立ち上がった。ガラス戸が開かれる。
「また来たのか」
 呆れながら心配もにじむ、素っ気無い声。パーカーとスラックスで家から一歩も出る気がない格好だ。似たように上下ジャージの渉は、サンダルを脱ぐと遠慮なく中に入った。
「半月も経ってるって」
 窓を閉める姿に擦り寄ると、彼が視線を上げる。
 ……今日、家にいてくれてよかった。
「夏まではそんな頻度じゃなかっただろ」
 自分より少し背が低い修太郎の瞳はやさしい。確かに、受験に本気を出すから当分会わないと、三年になる春休みに話していた。しかし秋を過ぎて、会いに向かう頻度は増えている。修太郎に会いたくなる気持ちも増すばかりだが、渉は軽い理由を乗せた。
「寒くなったら会いたさ増すんだよ。俺の男ゴコロわかってよ」
 本当は、受験のストレスだろう。それを幼い頃から気が知れた好きな人に正直に伝えてもいいが、男として少し気が引けた。
「おまえ、大丈夫なの?」
 覗き込む彼を心配させないようにしたい。でも、寄りかかりたい。妙なジレンマがなだれ込んでくるのを抑える。
 ……俺、けっこう、今の状況にまいってんだな。
 修太郎が間近にいて、ふと自分の精神状態に気づいた。追い詰められているのは確実だ。でも、それは飲み込んだ。
「いつも家でやるときは二時間くらい休憩いれんだよ。主に仮眠だけど。そのぶんを、今日はここで使う。家族は?」
 とりあえず、今ここに修太郎が居てくれればよかった。その目の前にいる彼は、うちに寝に来たのか、気分転換なのか、という顔をしている。
「親は温泉旅行。オレは誘われたけど行かなかった。ねーちゃんはライブ」
「そっか。じゃあ、いいよな」
 承諾を得たように返すと、途端にため息をつくような表情に切り替わる。
「寝に来たって、ヤリに来たのかよ」
 その点だけは男のサガに従って頷いた。
「うん。最後までのやつ。ダメ?」
 修太郎は口をつぐんで、じーっと渉を見つめはじめた。真面目な表情にドキッとするが、修太郎の性格はよく知っている。ヤリたいから来たといっても怒ったり機嫌が悪くなったりする性格ではない。
 ……ダメっていうのは今までなかったから、たぶん今回もイケる、っていうか、頼む、修。
 付き合うようになって、この夏までは挿入までのセックスをするにしても月に一度とか、比較的ゆっくりしたペースだった。修太郎自体が淡白で、挿入は痛いときがあると言っていたせいもあって、渉は相手を尊重していたのだ。医者志望として、色々と性にまつわる知識は調べまくったし、挿入の準備も異常なほど丁寧にしている。自分でも高校生としては相当、性に慎重だという自負はあるが、最近はそれよりも情動が先行する。
 ……修ちゃんの中、はいりたい。
 懇願を心の中でつぶやけば、彼の人差し指が唐突に顔へ迫った。避ける間もなく、眉間に突き刺さる。少し深爪のひんやりした指。
「けっこう、おまえ、プレッシャーきてんだろ?」
 グリグリと押されるのを黙って受け止めていると、彼が労わるように微笑んだ。
「ここ、しわ寄ってるぞ。無意識?」
 恋人の気持ちを受け入れるような言葉は甘い。彼の察しの良さに溜めていた想いが飛び出した。
「修!」
 自分で決めた受験の厳しさを愚痴ることは滅多にないが、修太郎はいつも気にしてくれる。その感動のまま彼を抱き締めると、驚いたように彼の手が引っ込んだ。
「あーもー好きだ! 修!」
 室内に誰もいないことをいいことに、大声で告白する。途端、気が抜けたような空腹音が鳴った。グルグルグルと唸る腹に、肩を固めていた修太郎がプッと笑い出す。
「飯食ってないの? おばさんたちは?」
「食ったよ、カップ麺。かーちゃんと妹は舞浜の夢の国。親父は出張中」
「それなら昨日つくったお菓子、食う? 紅茶出してやるから」
 渉の事情を理解した恋人が屈託なく提案する。昨日つくったということは、一度も味見していない洋菓子だ。渉の瞳はきらめいた。
「食う! なになになにつくったの?」
 彼は製菓の調理専門学校に通うと決めただけあって、最近いろんな菓子を焼くようになっている。はじめは横暴な姉に頼まれてバイト感覚ではじめるようになったお菓子づくりだが、結局彼の性格にあっていたようだ。
「パンプキンプリン。ほら、ハロウィンすぐだからさ。あと、ねーちゃんに頼まれたかぼちゃのクッキーもちょっと残ってるから全部いいよ」
 受験生には不必要だった季節の味がここにあった。
「マジで? 全部食う!」
 即答する渉に軽く頷いた修太郎はキッチンへ足を伸ばした。その後ろをついていく。すぐ渉がキッチンまで入ってきたことに気づいたようだ。
「なんでこっちまで来てるんだよ」
「だって。触りたい」
「子どもか」
 呆れ笑いに返されたが、拒否はされない。茶葉やポットを用意する彼を見ていると、やっぱりそれらよりも満たしたいものがこぼれて手が伸びた。腰を抱くと、彼の手が止まる。引き寄せれば、くるりと向き合って顔を上げた。彼の手には、カラフルなビン。
 修太郎は蓋を開けると、中から一枚のクッキーを取り出した。黄色はカボチャの色だろう。
「ほら、これ食ってろ」
 餌付けするようにクッキーを寄せられ、ついつい口が開いてしまう。放り込まれた一口サイズのクッキーは、素材の味が効いていた。かぼちゃの種も香ばしい。
「うまい。もうイッコ」
 飲み込んで感想を伝える。求めていた言葉を受け取ったように、彼が嬉しそうな笑みで頷いた。追加の一枚を取り出して、同じように食べさせてもらう。指がくちびるに当たり、二人で微笑んだ。ストレスや重責があっという間に流れていく。
 修太郎のお菓子一つでトロンとなれるなんて、どんな魔法を使っているのだろうと思う。
 ……単純に俺が修のこと大好きだってだけじゃなくて、お菓子づくりの才能があるんじゃね?
 彼の姉である千紗も、「修のお菓子は売れるくらいうまい」と豪語するくらいだ。彼女の友人周りには人気があって、お駄賃をもらって修太郎はお菓子を焼いている。皆に必要とされる存在だ。
 ……でも、俺のもんだけど。
 そして今、修太郎が自分の腕の中にいる。それは喜びであり、かけがえのない幸福だ。
 不意に彼の指が見えた。先ほどされたように、修太郎の人差し指が迫っている。また眉間をぐりぐりされた。黙って手の先にある修太郎を見る。
「しわ、なくなった」
 安心したような笑みがこぼれ、つられて渉も笑顔になった。ストレスが流れたことに気づいてくれたのだ。
「マジ、修のお菓子が一番だから」
「よく言うよ」
「俺のメレンダだもん。メレンダって知ってる?」
 渉は最近覚えた知識を披露した。休憩中に翻訳機能でいろんな言葉を検索することがあって、お菓子関係の単語を眺めていたときに見つけたのだ。
「メレンダ?」
 修太郎ははじめて訊いたように復唱する。渉は頷いた。
「おやつの時間って、イタリア語でメレンダmerendaって言うらしいぜ」
 今みたいな時間のことだ。しかしイタリア語は聞きなれないらしく、彼が言葉を返す。
「へえ。フランス語で、カス・クルートゥun casse-crouteってのは知ってるけど。イタリア語はまだよく知らないからなあ。ドルチェとか」
「フランス語のほうがすげーじゃん」
 知らない単語を聞かされて、渉は感嘆した。フランス語は何度か翻訳機能で見たが読み方が全然わからない。修太郎の目指すお菓子の世界は、フランス菓子がメインなのかもしれない。
「いろんなこと、先駆けてやりはじめてんだよ。フランス語とか栄養学とか本買って。渉が一人がんばってて、オレはのんびりってのも悪いし。そろそろ車の免許も取る気でいるし」
 迷いのない彼は、だらけず未来に向かっている。そんなところが好きで、その一方で、モチベーションが落ちかけている自分が不甲斐なく思った。そもそも、医者になりたいというのも、親を説得してこぎつけたものだ。両親は理系の大学に入ればなんでもいい、という気軽なノリだ。応援するというより、放任している。
「修」
 気落ちしているのが声に出てしまった。目の前の修太郎が、少し心配そうな表情を向ける。
「どうした?」
 ……修に言ってもどうしようもねえけど。でも、言いたい。
「俺さ、たまになんで医者になろうって思ったんだろって……ここんとこ思うんだわ。弱ってんのかな」
 ここ最近勉強の集中力が途切れる理由を、素直に吐露した。面と向かって聞いた恋人が神妙になる。
「弱ってんな」
 見つめあえば、止まらなくなった。
「周り、家族が昔病院の世話になって医者ってすげえって目指すようになったやつとか、人の役に立ちたいって邁進しているやつとか、家が医者家系だとか、そういうのばっかなんだよ。俺さ、そういうのねえじゃん。学費もバカになんねえのに」
 修太郎がビンを置いた。渉がするように、手をまわしてくれる。
「小学生のときに、外国の児童小説で医者が主人公の、冒険物みたいなやつがあっただろ。この話、おまえも知ってると思うけど」
「知ってるよ。渉が読め読めって渡してきたやつ」
「うん。あれ、人とか動物とか宇宙人とかさ、全部主人公が治していくじゃん。それが最高にかっこよかったって……そういうのが原点だって修は知ってるよな。ちょっと前にその話を予備校でしたんだよ。したら、言われたんだ。それなら獣医とか薬剤の研究者とか、他にもいろいろあるじゃんって」
「そんなの、気にすることないだろ」
 体温の低い、彼らしいぬくもりと言葉。渉は噛み締めるように頷いた。言われたとおり、気にすることはない。自分は自分、ひとはひと。
 ……でも、そう思えないから俺、相当弱ってるわ。
「じゃあ、渉にだけ。怖いこと話すけど」
 つかの間、てらいもなく切り出されて、身を少し離した渉は彼を凝視した。
 ……怖い話って?
「な、なに話すの?」
「まあ、そんな怖い話でもないか。オレの家系、母方が見事なガン家系なの」
「は?」
「祖父母も親戚も基本、ガンで死んでんの。つまり、オレも可能性あるじゃん」
 衝撃的な話を淡々とされて、渉は唖然とした。
「ねーちゃんもそうだし。ガンで死ぬなんてよくあることだけどさ。去年親戚が立て続けに三人ガンで亡くなって。こないだ母親とテレビ観てたらそういう特集になって、そういう話軽くしてたんだ。他人事だと思ったけど、よく考えたら遺伝もあるらしいからいつかは起こるかもしれねーし」
「それ、ガチで怖くねえ? なんでそんな話できんの?」
 修太郎は普通に話しているが、起こるかもしれない暗い未来、そのとおり怖い話だった。顔をひきつらせても、当の本人はサバサバしている。
「いや、だって事実は事実じゃん。死ぬのは怖いよ。ガンになるのは、まあ、けっこう年取ってからだろうなと勝手に思い込んでるし。父方はガンで死んでる人ひとりもいねーし。オレはまだ少なくとも五〇年は生きる気だぜ」
 色んな可能性と本人の意気込み。達観した思考に、渉は素直にすごいと思った。医者になるくらいなら、これくらい生死にたいして冷静になれなければいけないと思うが、自分はまだその域に達せない。
 ……修のほうが、精神的にはオトナなんだよな。
「すごいな」
 勝てない部分を、一言でまとめる。すると、修太郎が口角を上げた。
「それに、オレがこんな事実があっても怖くないと思えるのは、渉がいるからだよ」
 自分の存在が出てきて、少し不可解になる。
「なんで?」
 信じている、といわんばかりの瞳で見つめられた。
「おまえが医者になれば、オレを救ってくれるだろ? それなら、怖くない」
 当たり前のように話す言葉に、全身が痺れる。うわー! と、心の中で叫んだ。
 気づけば、叫びは行動に出ていて、彼を強く抱き締めていた。ドキドキと胸が鳴る。
 好き、という言葉を超える想い。救われた、と強く思えるほどの感動。
「やばい。言葉、でない」
 涙が出そうなくらい、心が痺れて愛が溢れた。そこから、迷いのない決意が引き出させる。
「俺、絶対医者になる」
 はじめて、痛烈に医者になりたいと思った。医者を目指している自分に誇りが生まれた。
「うん。オレ、がんばってるおまえ見るのが好きなんだ」
 渉の心を完全に改革した修太郎は、いつものようにポンポンと背を叩く。あっさりと自分の迷いを消してくれる修太郎に、会いにきてよかったと心から思った。ぎゅっと身に力を入れる。
 同時に気づく。修太郎が言ったように、命にはかぎりがあるのだ。
 ……まだ高校生でそんなこと考えなくていいかも知れねえけど、でも、医者になる身だ。
 やれるだけのことはやろうと思う。そして、彼に触れられるだけ触れていたいと願った。
 ……このにおいと体温。やっぱ、やばい。
「やっぱしたい」
 ポツリと本音を耳元でささやくと、抱き締めている身体が力を抜いた。
「おまえさあ」
 どうしてそうなる、といわんばかりの脱力だ。
「俺のメレンダだもん」
 皆をほっこり笑顔にするお菓子は、渉にとっての修太郎だ。美味しいものに満たされたい。けれど、自分だけが満足するのではなくて満たしたい。お互いを大切にする秘密の時間があるから、がんばれる。
「別にオレは甘くねーって」
 照れる修太郎にくちづける。何度もついばんで背を撫でる。体温が少しあがった。
 言われるとおり、彼は、甘いこともほろ苦いことも言える。
 ……だから、修がいいんだ。修がいないとダメなんだよ。
「渉」
 身を離して、自分の名前を呼んだ彼の手を引く。愛しい時間へ向かう階段を昇った。




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