* ほしにねがいを、前編 *


 射し込む太陽につむっていた瞳を開く。室内は朝の静けさをまとっていた。半開きになったカーテンの先から、大都会を隔てて東京湾が見える。ここは高層シティホテルの一室。物音ひとつない穏やかな一日がはじまっている。
 慶介はそうっと寝返りを打って隣を見た。柔らかいシーツに包まって眠っているのは恋人の美晴だ。時々しか見られない熟睡した様子を眺めていると、慶介もひどく安心できる。
 美晴の身体越しにある備え付けのデジタルクロックは8時12分と記されてあった。季節は冬を抜け出して、日の出も早くなってきている。一年はあっという間だ。限りある時間の中でこうした穏やかな瞬間は少ないのだから、ゆっくり幸せを噛み締める。
 人形のように綺麗な恋人。手足が長くスタイルに恵まれた美晴は、その体格を武器にした職についている。最近はモデル業だけでなく、シルバーアクセサリーや服のデザイン、お芝居などいろんな仕事に手をだしていてなかなか忙しい男だ。一方、慶介自身も商業デザイナーだが、事務所で堅実に働いているのだから住んでいる世界はけっこう違っている。休みもバラバラだし、美晴を独り占めできる時間は短い。
 恋人が晴れやかな職業と端整な顔立ちをしているせいで、慶介はとにかくヤキモキすることが多かった。同業の友人を介し出逢って五年近くは経つが、相変わらず美晴は男女問わずモテている。ただ、恋人が気難しい性格であることはちょっとした安心材料になっていた。美晴は表面的に愛想は良いが、仲良くなるまでに人定めをするところがある。業界は浮き沈みが激しく、だましあいもあるという。用心深い彼は、安心できる相手にしか心を開かない。
 慶介は、そんな一つ上の美晴に最初から心を奪われていた。慶介自身も男が好きになった自分に心底驚いたが、想いに嘘はつけなかった。本気のぶんだけ、時間をかけた。一目惚れから飲み仲間、オフのときに遊ぶ友人、二人で深い話もできる間柄、と、美晴に自分を馴れさせてから、猛アタックをかけてOKを取り付けた。美晴も最初は同性の恋人にだいぶ違和感があったようだが、今のようにあどけない表情を見せてくれるまでになっている。一種の奇跡だ。
 ……でも、この間、俺の告白をOKしたのは、絶好のタイミングで魔が差したんだとか、満月が綺麗だったせいだとか、とんでもないことを言いやがったけどな。
 寝顔も美しい彫刻のような美晴だが、起きているときのしゃべり口は快活で、しゃべらなければいいのに、という台詞を地でいく男だ。好きなのに嫌いと言ったり、おまえが言うから仕方なくやってやるんだよ、と口をとがらせたり、いたずら好きで慶介をからかって遊んだり、とりあえず面倒くさい。しかも、照れ屋で頭の回転も速いから、慶介はいつも言葉でこてんぱんに負かされていた。
 それでも付き合って三年、変わらず慶介は美晴の恋人だ。口やかましい美晴だが、忙しくても二週間に一度は慶介のために時間をつくってくれるし、今日のようにホテルでイチャイチャしたいという希望にも渋々だが頷いてくれる。他人には決して言わないような相談や愚痴や甘え事も言ってくれて、頼りにされている実感もある。
 ……とくにセックスの最中が、ガチでカワイイんだ。
 美晴の薄いくちびると、長い睫毛、かたちの良い鼻を間近で見つめてしみじみ思う。慶介から見ると、彼は美しいというより可愛らしい。十代の頃は背の高い女の子に間違えられたと本人が話していた。一七七センチもあるのに女子と間違えられるなんて、ある種の才能だろう。
 少し身体を起こした慶介は、シーツから出ている美晴の剥きだされた白い肩を見下ろした。骨の張った彼の薄い皮膚に、歯型のような痕がある。どう見ても慶介がつけたものだ。
 ……痕残すと後でキレられんだよなあ。やべえなあ。
 指で確認すると、スベスベして気持ち良い。美晴の肌は透けるように白く体温が低い。でも、内に蕩けるほどの熱があることを知っている。それはとても甘い毒で、慶介はずっと手離せない。
 肩をなでたところで美晴に反応はなく、無防備のまま規則的な呼吸を繰り返している。慶介は触ってしまったことを少し後悔した。大好きな相手を目の前にして、もっと触りたくて仕方がなくなってくる。
 美晴が愛しくてどうしようもないのだ。昨日は比較的機嫌よく痩躯を触らせてくれて、いつもより時間をかけずに慶介を受け入れてくれた。幾度となくこなしても挿入時は辛そうに眉を寄せるが、痛みはすっかり感じなくなっているようだ。やがて快楽を求めるように自ら細腰を揺らしはじめ、締まりの良い内部は慶介を翻弄した。美晴も最近は中を突かれながらイクこともできる。昨夜も終盤にそういう達し方をして喘いでいた。
 綺麗なかたちの鎖骨に触れる。彼は目を覚まさない。欲望を抑えきれずシーツの中へ手を入れる。胸の突起を探し周囲を撫でまわすと、彼の眉間にしわが寄った。しかし、それ以上の反応はない。
 この状況は、どうぞご自由にお食べください、と言っているようなものだ。
 慶介は一度だけ逡巡して、手を動かしはじめた。仕方がない。目覚めてからキレられることには腹をくくった。美晴の片腕をそうっとどかし、乳頭をこねて浮いた骨を辿る。しきりに目蓋が開かないか表情を見つつ、いろんなところに指を伸ばす。
 慶介の欲に美晴はまだ気づかない。やさしく快楽を引き出す愛撫に、ときおり眉を寄せ睫毛を揺らす程度だ。
 ……本当は狸寝入りしてて、後でまたバカにされるとかねえよな。
 邪推しながら、慶介の手は欲しいところへ近づいていく。寝込みの性的ないたずらはギリギリアウトかもしれない。でも、そのスリルは妙な高揚感をつれてくる。
 腰骨から尻のかたちをなぞって股の付け根へ滑らせる。彼の性器に指先があたると、そっと撫でてみた。わずかに感じているような反応を見せて、大雅の欲望は膨れ上がった。早くセックスに持ち込みたい願望をどうにか耐え、根元から美晴のかたちを丹念に確かめる。敏感なところを弄られるようになって、美晴もようやく小さく頭を動かした。
「……、ン」
 喉を鳴らすと同時に、彼の腕も動く。
 大きな反応に、動きを止めた慶介は固唾を飲んで見つめていた。さすがに目を覚ましてもおかしくはない。
 お腹の上にあった美晴の白い腕がふらっと浮き、ぽふっと枕に落ちた。横向きになった顔は穏やかさを保ったまま。起きる様子はない。
 胸のところから脇まで素肌があらわになる。その色っぽい寝姿に慶介は喉を鳴らせた。美晴はだいぶ疲れているのだろう。昨夜、彼が打ち合わせをしていた駅まで迎えに行ったとき、この二週間しんどかったと愚痴っていたのだ。慶介の『お願い事』のために時間をつくるのは、本当に大変だったのかもしれない。
 お願い事というのは、二日間のオフを丸々欲しいというものだ。三ヶ月前から彼に頼んでいた。最初から『今年の自分の誕生日はお洒落なホテルでしっぽり』と決めていたのだ。
 在住する都内のホテルでわざわざイチャつきたいという発想を、恋人の美晴はまったく理解してくれなかったが、慶介は食い下がった。海が見えるところだから、食事もおごるから、後でなんでもするから、と拝み倒して、なんとか了承してもらった。美晴が「慶介の誕生日とその翌日は、仕事があってキツい」と言うから、その翌月中旬の月・火曜日で取り付けた。それが、昨日と今日だ。
 先月の誕生日当日は何もなかったのかというと、そうでもない。美晴が深夜サプライズで腕時計とショートケーキを自宅まで持ってきてくれて、愛されている幸福にしっかり浸れていた。プレゼントとセックスはしてあげたから、翌月のホテル二連泊はナシな、オレは忙しいんだ、と言わなかったのも美晴にしては偉い。
 ……昨日の乱れっぷりから考えると、けっこう美晴も楽しみにしてたんだろうな。
 神経質で眠りの浅い彼がよく眠っているのは、それだけ慶介とのセックスが気持ち良かった証拠だろう。
 素直になるのはベッドへ上がって三十分後くらい、という意地っ張りなところがある美晴だが、良いところはたくさんある。困ったことがあると助けを求めてくるし、記念日は大切にしてくれる。自分のワガママも押し通すぶん、慶介のお願い事もちゃんと聞いてくれる。
 だからこそ、美晴の良い面を知るほど、彼が離れていってしまうことに恐怖心も生まれるのだ。びっくりするくらい美男美女が多い業界にいて、いつか目移りするのではないかと心配になるし、美晴にアプローチをかける人間はこれからもたくさん出てくるだろう。
 誰よりも美晴の心のそばにいて、美晴を愛して、美晴に愛されたいという気持ち。美晴を自分だけのものとして閉じ込めておきたいという欲望。
 この二日間には、慶介の強い美晴への想いがこもっている。細く柔軟な身体に愛を注いでいいのは自分だけなのだ。この快楽は美晴とでなければ引き出せない。痩躯に籠められた熱は他に代えがたい。
 慶介はベッドの周囲を見まわすと、手の動きを再開させた。あらわになっている両乳首を人差し指で、何度もすりつぶす。感じる部分をしきりに触っているせいか、美晴が小さく唸る。目覚めてしまってからの展開を考慮しながらも、据え膳状態の恋人をそのままにすることはできなかった。
 ピンと立った乳首を舐めまわしたい欲に駆られながら、慶介はシーツを被っている美晴の片脚をゆっくり動かした。希望どおり開いた股の間へ慎重に入り込む。シーツの中も一応確認する。美晴はちゃんと全裸だ。
 体勢が変わったことに違和感をもったのか、シーツが浮いて涼しくなったのか、彼の表情が険しくなっていた。目を覚ましたら絶対キレるよな、と、思いながら慶介はサイドテーブルにあったボトルを取った。美晴が大分前から気に入っているローションだ。垂らしたジェルが朝露のように反射する。
 濡れた指をシーツに入れ、半勃ちになりだした性器をあやしつつ奥へ進めた。慶介は空いた手で彼の片脚を立たせ広げる。どうにか受け入れ口に至り、中指をじわじわ埋めていく。
 露骨な行動で、ようやく美晴の目蓋が開いた。慶介は緊張で指を入れたまま動きを留めた。
 美晴はつぶらな瞳をパチパチと瞬かせ、すぐに自分の上に乗っている男を見つめた。途端にガバッと起きて罵詈雑言がはじまるかと覚悟していれば、視線をあわせるだけで反応はない。ぼーっとした美晴の眼を見つめる。
 彼は夢うつつのような寝起きの体だ。
 怒りそうな気配はない。それでも、慶介は彼を黙って見つめていた。指を入れた内部は温かい。その熱に促されて少し動かしてしまう。美晴が眉間にしわを寄せた。
「ぅ、ん、……朝?」
 ようやく開かれたくちびるに、慶介は頷いた。
「いま、八時半すぎたとこだよ」
 返答に対して、おまえはこんな朝から何やってんだ、オレの寝込み襲いやがって変態! と糾弾されるのを待つ。
 しかし、美晴は何も言わなかった。手が動いたので叩かれるのかと思ったが、シーツを寄せるだけだ。そして、また瞳を閉じる。
 明らかな挿入の準備を美晴は他人事のように黙殺した。その様子に少し自信を得て、慶介は指を念入りに動かしはじめる。嫌なときは絶対にノーを突きつける彼が、現状を見て感じて何も言わなかった。つまりOKが出たという証だ。このあたりの判断は経験がものをいう。
「……ん、ぅ、……っん……っ、ン」
 慶介の指から快楽を感じ取ったのか、喉元から甘い吐息がもれはじめた。寝起きの美晴だが、セックスがはじまっていることはわかっているようだ。昨夜散々愛した場所はスムーズに指を食む。時間をかけてほぐす必要がないと知り、シーツをどかせて早急に自身を奮いだたせた。
 美晴の脚を上げてゆっくり挿入をはじめる。埋め込まれていく質量に、彼は肩をすくめてシーツを握り締めた。
「ぅ……んっ……ふ、あ、」
 わずかに仰け反ったが、目を開く気はないようだ。繋がった腰を揺すれば、声にさらなる甘さがともった。
「あッ、……あっ、んッ」
 大人しく抱かれている姿に慶介は感激した。最初から素直なことは滅多にないのだ。
「ぁ、っん……ぅ、あ、っ……あ、っ、あ、」
 まわすように律動をすると、口元から気持ち良さそうな声がもれる。全身で慶介の熱を感じている表情は、目蓋を伏せているぶんあからさまだ。やさしく突いて引こうとすれば、離したくないように締めてくる。
「ッ、……ん、ぅん、っあ、ッ、も、イッ……ッン!」
 明るい下で彼の脚をさらに広げる。端整な美晴の肢体は光に晒され、結合部分も朝の光であらわになる。劣情のまま攻め立てれば、シーツから手が離れて慶介を探した。掴まえられた二の腕に彼の指が食い込む。
「ふ、ぁ、ッ、あ、っ、ぁん、ッあ……っ、あっ!」
 強く穿ち、ギリギリまで押し込んで自身を素早く引き抜いた。
 波打つ美晴の薄い腹に、パタッパタッと白濁を飛ばす。慶介は放った欲に息をついた。だが、すぐに気を引き締める。
 彼の体内にはどうにか出さずに済んだが、寝込みを襲ってセックスしたことに違いはない。絶対に暴言を吐かれる、と慶介が恐る恐る美晴の顔が見る。セックスで起こされ、挿入まで受け入れた彼は大きく胸を動かして息を継いでいた。
 すぐに視線があった。大きく綺麗な瞳はじっと慶介を映している。
 かたちのいいくちびるが開かれる。
「ナカ、出していいのに」
 この期に及んで何を遠慮したのか、と言わんばかりのはっきりとした美晴の口調だった。今の情交で頭がすっかり冴えたのだろう。
 しかし、その発言に慶介は度肝を抜かれていた。
 寝込みを襲ってしまったぶん、遠慮していたのは確かだ。
 本当は美晴の中にいっぱい出したい。彼の熱に包まれて、欲望のまま精液を流し込みたい。そうした慶介の気持ちを、美晴もわかっていて口にしたのだろう。ただ、中出しを拒否することはあっても許可してくれたのははじめてだった。
 ナカに出していい、と言われて、今度そうするよ、と終えることなんてできるわけがない。
 美晴が寝そべったまま横向きに体勢を変えようとしている。すると、股の間にいる慶介が邪魔になるようで、片脚を上げて慶介の腹を蹴る素振りを見せた。相変わらずじゃじゃ馬だ。寸でのところで、やんちゃな足首をつかむ。
 妙な様態で止まった美晴は、全部がよく見えて扇情的だ。濡れている部分に光が滑る。
「もう一回やっていいってことだよな」
 同意を得るために、力強く問いかける。煽られたのに挿入させてくれないというのは辛い。中に精液を全部吐き出すまでは終われない。
 恋人の真摯な表情を眺めていた美晴は、ノーコメントのまま視線を逸らした。反応のない彼から無言の合意を受け取って、つかんだ脚の間に入り込む。慶介は美晴に改めて触れた。
 愛撫をはじめると、彼は綺麗な睫毛を伏せた。一度交ざりあった場所へ二本の指を入れ、じっくりかきまわしつつ上体を屈める。尖った乳頭を舌で押しつぶした。
「ぁ、んっ……ぅ、ん、っ、ン、」
 繰り返される情交で敏感になっている美晴は、こらえきれないように吐息をもらす。飴を転がすように舐めれば、幼い子犬に似た声が聞こえてきた。ピクピクとわななく白い肌を強く吸って痕をつけて顔を上げる。
 美晴の瞳は慶介を映しているが、どこか虚ろだ。妄想の世界に魅入られ、現実を置き去りにしているようにも見えた。
 考え事をしているのか、まだ眠いのか。快楽を享受しながら、夢うつつの状態を手放さない。美晴のこめかみを指で撫でれば、黒目がわずかに動いた。ピントがちゃんと慶介にあわさったようだ。
「たい、が、」
 紡がれた名前にドキッとした。
「ゆめ」
 単語がひとつ、美晴のくちびるからこぼれる。
「ぅ、ん……夢、見てた」
 聞きながら、慶介は愛撫を再開した。慣らした下肢を確認する。
「……っン、……高そうな、ホテルに、ッ、いて、」
 細腰を掴んで浮かせた。美晴は二度目の挿入を認めつつ、話し続けている。
「んっ、部屋、は、おっきな出窓があっ、て、タワー、みたいな……ッ、あ、ぅ、……ん、あっ」
 挿入してくる質量に薄い皮膚がピクピクとふるえる。押し進めると、呼吸法を思い出したのか、美晴はゆっくり息を吐いた。
「は、あ……あ、東京、タワー、あれ、」
 まだ、話を終わらせる気はないらしい。
 彼が声を出すと、埋めたところからわずかに振動がくる。じっくり押していけば脚の付け根に美晴の尻が当たる。完全に奥まできっちりおさめきった。
「あ、ッン、……ッ、ほしも、よく、見え、て、」
 この状況で、相づちを打つべきなのか腰を打つべきなのか、神妙な顔をして慶介は考えた。
 おそらく話を終えてからのほうが、美晴も気持ちよくセックスに没頭してくれるだろう。真剣に考える慶介へ、美晴は声を落ち着けておかまいなしにしゃべった。
「それで、出窓、腰、かけて、ん、……景色見て、ヤッてた」
 少し照れたように、美晴が視線をあわせてくる。
 ……なんの話なんだよ、それ。
 半ば聞いていなかった慶介は、大きく眉を寄せた。
 どこかの部屋の出窓で、景色を見ながらセックスをしていたという。それは美晴の夢の話だ。たぶん慶介に起こされるまで、その夢の中のセックスにおぼれていたのだろう。
 つまり、現実の恋人は置き去りにされていたのだ。
 ……そんな夢、なんだよ。寝込みを襲って正解だったじゃねえか。
 慶介をくわえ込む美晴は、まだ夢うつつから完全に離れていない様子だ。
 よほど窓の外に裸体を晒しながら突っ込まれていたのがよかったのだろうか。今真っ最中のセックスよりもよかったのか。
 ……大体、誰と夢の中でヤッてたんだよ!
 得体の知れない夢に慶介はイラだった。
 夢の中なら、誰とだって相手になってくれるだろう。美晴は慶介の甲斐もあって、男に抱かれる術まで身につけた。彼が憧れ慕う同業の先輩は山ほどいて、女どころか男の床扱いまできっちり学んだ彼が、あの人にならちょっと抱かれてみたいだとか、触ってみたいだとか思って、ついつい夢想することもありえる。そして、その程度なら空想の範疇を超えず浮気にはならない。
 しかし、慶介はどうしても我慢ならなかった。
「誰とだよ」
 低い声で腰を引いて強く押す。美晴はその動きに息を詰めて、きゅっと中を締めてきた。もう一度同じ動作をすると小さな喘ぎ声がもれた。中に埋められた慶介の雄を欲しがってくれている。でも、彼にきちんと訊いておきたかった。
「美晴、誰としてたんだよ」
 腰を浅く揺らしながら、しつこく繰り返した。快楽を追う美晴の表情にも、少し理性が芽生える。
「誰と」
 そんなの、と、言わんばかりに慶介を見た。
「慶介と、」
 当たり前のように出てきた名前に、プツッと理性が切れた。
 細い脚を抱え、慶介は力強く律動をはじめる。はじめ驚いたように声を上げた美晴は、すぐ快楽の波に乗った。感じるポイントに当たったのか、大きくわなないた白い身体は数度のグラインドだけで仰け反ろうとする。それに体重をかけて制した。
「ぅあ、ぁ、ッん! ッあ、ぁンッ、や、あっ、んぅ……ッ」
 美晴が慶介の肩を掴み、きつく首に腕をまわす。翻弄してくる熱を防ぎきれず、皮膚と筋がビクビクとふるえだした。
「あッ、は、ン、あ、ッ、ぁん! あ、ッあ、」
 互いを縫いつけるように身を揺らす。長く激しく溶けていきたかった。大雅は勢いをつけながらも、ギリギリまで射精感に耐えた。次第に彼のほうがこえられなくなってきたのか、快楽とは違う波長で肩をわななかせた。
「ぁ、ッあ、あ、……ぁ、ふ、ッ、ぅ、ふ、」
 しつこく穿つせいで美晴が泣きはじめたのだ。淫らに快感を追う余裕もなくなり、ただただ慶介の律動を受ける。動きを少しだけ緩めれば、子どものようにしがみついてきた。
 彼を強く抱きなおし、首筋を舐める。汗か涙かわからない味がした。
「美晴」
 耳許で名前を呼ぶ。朦朧として何も考えられないのだろう。ただ、交ざりあう部分だけがきゅうきゅうと応えてくれる。本能で求めてくれているようで、慶介は締められる己を気合で引いて奥まで戻した。
「ぅ、ん……ッ、ッ、んぁ、あ、ぁ、」
 美晴のせりあがる感覚を察して、彼の性器を掴んだ。硬く勃った先端を、軽くさすりながら何度も突く。そして、もう一度名前を呼んだ。
「美晴、イケよ」
「ぁ、んっ、あ……ッ、っあ、ぁ、んッッ!」
 甘く吐き出した精に、慶介は征服感に近い猛烈な満足感を得た。早く彼の中に自分の種をまきたくてたまらない。強い動きを開始する。
 長い挿入を無抵抗のまま受け止めていた美晴は、激しく穿つ慶介へぎゅっと力をこめた。恋人の射精感に気づいたのだろう。互いの絶頂を迎える変化がわかってくるくらい、たくさん身体を通いあわせてきたのだ。
 快楽に泣きながら、慶介が吐き出した熱を飲み込み、美晴の筋がきつく収縮する。
 搾られるような感覚が身体にじんわり広がった後、大きく呼吸した。
 慶介の下で、ヒクッヒクッとふるえる肢体がある。美晴が快楽をおいしくむさぼった証だ。彼の熱を慰めて負担を除こうとゆっくり身を引く。
 その間際で引き留められた。意図的に締まり押し付ける腰を離せず、彼の顔を見えるよう上体だけ少し起こした。
 繋がる肌が薄く紅潮している。美晴の口が開く。
「こ、んなの、」
 しゃくりあげるような声に動きを静止させた。彼の涙が伝って情交で得たものとは違う感情を生まれる。指で触れる前に、美晴が言った。
「こんなの、おまえ以外とするわけないだろ!」
 慶介は息を止めた。背筋に痺れるほどの電流が走り、胸は破裂しそうなほど軋んだ。
 小さな嫉妬を見せた愚かな自分。懺悔する以上に、焦がれるほど強い情があふれてくる。
 美晴はちゃんと自分を想ってくれている。恋人を受け入れようという彼の気持ちが、ここまでの関係を築き上げてくれたのだ。
 愛しくてたまらなかった。出逢えてよかった。
 慶介はそう強く想い、美晴の頬を指に触れる。そして身を屈めて、次はくちびるで涙を吸った。ふたつの呼吸があわさる。自然とくちづけになった。
「……ん、……ふ……っ、ぅん、っ、ん」
 舌を絡ませるキスがほころび、息を整えるためのついばむキスに変わる。そして名残惜しく離すと、涙を止めた美晴が慶介の顔を覗き込んで笑った。
「慶介も泣くなよ」
 まわしていた片手を外して、慶介の目尻に指で拭う。そのぬくもりには深い愛がこもっていた。
 自分でも少し情けないと思いつつ、涙をぐっとこらえる。でも、それも今更な話だ。美晴にはいろんな表情を見せている。同じように、美晴も慶介にたくさんの表情を見せてくれている。
 好きすぎて泣ける、という感情を教えてくれたのは美晴だ。
「言っていいか」
 口にしなければ気が済まなかった。普段美晴に面と向かって言うと嫌がられることだ。
 今は彼が頷いてくれたから迷わず続けられた。
「俺は、美晴のこと、本当に好きなんだよ」
「……うん」
「美晴と出逢わなかった人生なんて、もう考えられねえ」
 真摯な愛情を届けると、美晴の表情が照れたものに変わる。
「愛してる」
 彼は息を詰めて、はじめて真っ直ぐに聞いてくれていた。
「美晴。愛してる、ずっと」
 感じやすくなった痩身がビクッとふるえ、まわした左手に力がこもる。
 泣きはらした顔に微笑みが生まれる。その素敵な笑顔に、もっともっと恋してしまう。
 頷いた美晴をありったけの気持ちで抱きしめる。
 その後、慶介は彼から「好き」という言葉をもらった。素直に愛を伝えてくれたのは、はじめてのことだった。




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