* サマーフィズ02 *


 利き手の熱にやられて若干よれたノートを閉じて、由徳はようやく宿題終了の一息をついた。
 友実の寝息をBGMにしながら猛スピードでこなしていたせいもあって、勉強の中身はいまいち頭に入っていない。
 とはいえ、古典の宿題に関しては、新学期に向けた予習のようなものである。授業が再開すれば、もう一度学びなおすはずだと由徳は踏んでいた。友実は宿題に関連した小テストが行なわれるらしいと言っていたが、その場合は、今回の宿題を下地に単語や文法を問うテストの可能性が高い。それならば、たった今写したノートから改めて勉強しておけば問題のない話だ。
 設問が書かれた別紙プリントについても、今夜中にすれば終えられるはずの代物だろう。面倒な類のものだが、ざっと見たところ丸写ししたノートさえあればなんとかなるようだ。現に友実はプリントの答えまで持参してこなかった。友実に問えば「それくらいは自分でやれ」とでも言って鬱陶しがるに違いない。もしかしたら、小テストはこのプリントの延長線にあるものかもしれない。
 そんなことを考えながら、由徳はノートにプリント類を挟み、借り物のノートや教科書とともに積み上げてテーブルの端に寄せた。
 友実が用意してくれたグラスは、由徳が双方飲み干して空である。氷枕は原型を留めてはおらず、膨れたビニールが目一杯液体を支えていた。ビニール袋が破けると始末が面倒になることを考えて、由徳は空いたグラスやゴミと一緒にして立ち上がった。
 視線を斜め前に下ろせば、テーブルの向こう側で友実が気持ちよさそうに眠っている。うなる扇風機は友実のために風をつくり、風をつくったご褒美のように友実の黒髪をやんわりもてあそぶ。
 上半身裸で一見冷えていそうな肢体だが、エアコンを使用していない部屋に居るため、むしろ汗ばんでいるかもしれない。蒸し暑くて目が覚めるという気温の境界線で熟睡しているのだろう。
 清涼な風が先刻までの無風を払拭するように、窓から窓へと次々に風が抜けていく。由徳はようやく風のありがたみを心から受け止め、友実から視線を離してキッチンへと向かった。
 グラスを洗い、水袋を片づけていると、そのまま蛇口の下に頭を突っ込みたい衝動に駆られる。要するに暑いというか、べたべたするのだ。新陳代謝がよいといえば聞こえはいいが、うだるような猛暑の中、エアコンのない部屋で過ごすには二回くらい着替えないといけないくらい、汗に対する不快感をもつ。由徳は自分の二の腕をちろりと舐めて、そのしょっぱさにまずはさっさと水浴びしてこようと思った。
 その前に、新たなグラスを取りだして、冷えた飲み物をつくる。そしてテーブルに寄ると、友実の側にグラスを置いた。
 おそらく由徳が風呂場にいる間に、一度喉を潤すために目を覚ますだろう。そして由徳がいないと知って、もう一度ごろりと横になるに違いない。次は起こされるために眠るのだ。
 着替えとタオルをもって風呂場の扉を開けた。思っていたよりひんやりしていた水のシャワーを由徳は存分に浴びてから、友実と同様半裸の状態で風呂場を離れる。
 壁を飾る時計を見れば、十七時をまわろうとしていた。まだ初秋にも早い時期では、太陽が沈む気配を一向に感じられない。暑さもまだ衰える気配はないようだ。
 テーブルを見ると、予想通り空になったグラスが置いてあった。地べたには寝転がった友実がいることを確認して、由徳も自分用の飲み物をつくりにキッチンへ赴いた。
 冷凍庫のドアを開けると、オアシスのような冷風が身に纏わりつく。大量につくった氷が全滅する前に、容器に水を張ることは忘れずにしておいた。エアコンのない部屋で、これを怠ると後で痛い目にあうのだ。
 グラスの上部を手で覆い持ち、中の氷がなじむよう円描くようにまわしながら友実の隣で立ち止まった。
 傍の足音に身じろぎもしない友実は、クッションを枕にして寝息を立てている。床で寝ると背中や腰が痛くなるはずだが、友実は布団に埋もれるより熱がこもらないという理由で、由徳の部屋が暑いときは大抵床でごろごろしていたり、そのまま寝入ったりしていた。友実が床を好むせいで、夏は特別床掃除にも抜かりがない。手を抜くと友実に指摘されるからだ。
 薄く開いた口は、寝顔をより幼く印象づける。時折上下に動く喉仏とくちびるを見ていると、先程の紅い舌が脳裏を過ぎった。カキ氷を食べたすぐ後で寝のモードに入ったのだから、舌はまだ紅をさしているのだろう。
 扇情的な色を思いだして、由徳はグラスの中身を一飲みすると腰を下ろした。扇風機の風が、由徳には心地よくあたる。
「とも、」
 グラスをテーブルにおいて、ささやくように名を呼んだ。その声は扇風機の風に溶けて、傍の友実には聞こえなかったかもしれない。
 由徳は扇風機の風向きを少しだけ外に向けて、友実の額にそっと手をあてた。思いのほか熱はこもっていないようだ。しかし、由徳の肌よりは温かい。
 友実が小さく身じろいだ。意識は浮上してきているのだろう。手の甲で頬を撫でれば、冷たさを求めるように押しつけてくる。
 その仕草に甘い欲を募らせながら、由徳は友実の耳許にくちびるを寄せた。
「友実、起きる?」
 起きる気力がないのであれば、寝具のところまで抱え運んでやるつもりだった。本格的に寝たいのならば、やはり床は厳しい。また、由徳も欲だけのために相手に強いることはしたくなかった。特に友実はそういう立場にいる相手だった。
「……起きてる」
 目蓋を持ち上げた友実が小声で応えた。起きるではなく、起きていると口にするあたり可愛げがない。しかし、そんな言い方をするということは、起きる意思があるということだ。
 友実は欠伸をひとつすると頬に寄せた由徳の右手をつかんだ。
「宿題、終わったかよ」
 由徳の半裸を目に入れたということは、粗方物事が終わったと気づいている。友実に掴まれた腕の熱を感じながら、指は器用に頬から目尻を撫でた。すうっと、猫のように友実が目を細めた。
「おかげさまで。友実サマサマです」
「そりゃあ、丸写しだもんなー」
 開いて由徳に向けた視線はからかいを交え、友実の目覚めを明確にしていた。
「おっしゃるとおりです」
 由徳は反論の余地を見出せずうなだれると、友実の頭がかしげるように横を向いた。
「さっきより過ごしやすくなってんな」
「でも、エアコンつけたほうがいいよな?」
 由徳の指が露わになった友実の首筋へ辿り撫でていく。しなやかな肌をこうやって触りたかったのだと、口のない指が訴えている。まもなく首筋の感触だけでは物足りなくなるのだろう。
 自然風のありがたみをようやく感じた今、あんなに願っていたエアコンの冷風を今更与えられても、と友実は口にしようとして噤んだ。
 物音が遮られるほどの雨でもない限り、窓を全開にしてセックスするなんて完全にスキモノ以外の何者でもない。
 ……それはそれで開放的で気持ちいいかもしれねーけど。
 余計なことを考えつつ頷いた。思っていたことをそのまま友実が口にしたら、由徳は即シンキングタイムに入り、一テンポおいて激しく動揺するだろう。そんな様子が窓を閉めに立ち上がった彼と容易に重なった。
 風を遮断すると、室内の涼感はすぐに失われた。エアコンが作動する音は、旧型らしい騒音を立てて冷風を吐きだす準備をする。正常に機能すれば、次第に冷感が部屋を満たすはずだ。
 エアコンの作動を確認した由徳は、次いでちらりと友実に視線を移した。
 友実は身体を起している。空のグラスへ眼を向けているのを見て、由徳は友実の元へ戻る前に再度飲み物を用意した。夏の水分消費量は半端ではない。また、コトを終えた後には喉が渇くのだろう。
 カランとグラスの中で氷の混ざる音がした。テーブルを見やればすでに友実の姿はなく、奥の敷き布団で仰向けている。
 過去に横着して、床でそのまま身体をつなげてしまったことがあるが、そのときに腰や背中にすり傷ができてしまったことは友実にとって相当堪えられないことだったらしい。硬い床で傷なくコトを行なうのはやり方次第なのだが、友実が素直に布団へ向かってくれるようになったのだから由徳は余計なことをいわないままにしていた。
 第一、セックスをするとわかれば言われることなく布団に向かうというのが、生々しいではないか。
 友実が意識して行動しているのではないのは重々承知だが、まるで誘を受けているようなに感じてしまう。おそらくそんなことを口にすれば、何を言われるかわかったものでもないから、このことも由徳は胸に閉まったままだ。
 グラスを布団の中からでも手の届く位置に置くと、仰向けに目を閉じていた友実は、由徳とは反対側に寝返りをうった。
 手がタオルケットを探している。シーツを滑って目当てのものを掴むと引き寄せた。
 由徳は一瞬間前の誘惑が云々を前言撤回したい気持ちになった。
 ……コイツ、完全に寝の体勢じゃねーか。
「おーいーっ」
 横になっている友実の身体を、力任せに組み敷く。
「寝てねーよ」
 目は閉じているイコール眠ると由徳に捉えられたようだが、友実は睡魔に負けているのではなかった。単純に布団のひんやりした感触が心地よかっただけである。
 しかし、身体の上を覆う由徳の影は、半信半疑で友実から視線をはずさない。
 由徳自身もさすがに、布団に埋もれて気持ちよさそうに目を閉じている友実へ、「やっぱ眠い?寝る?」と訊いてやる余裕はなかった。ヤる気があるのに、中途半端な扱いをされることを紳士的に受け止める余地など、目の前の半裸を見てつくれるわけがない。
 逆にこの友実の余裕はなんなんだ、と由徳は友実を組み敷いたままじーっと見つめる。窓を遮るカーテンは、薄手のもの一枚を引いている程度のため、室内は細部まで把握できる明るさに染まっていた。
 友実の大きな瞳を伏せる目蓋と、しなやかに縁を覆う睫毛の長さを中心に、隠し切れない甘さが残っている。パーツや表情に表れる甘さがこの先も消えないとなれば、完全に童顔といわれる類の顔ということになるのだろう。
 由徳の動かない視線に、業を煮やしたのか友実の目がパチリと開かれた。それと同時にチロと舌をだす。
 妖艶に染まった舌の色にドキッとしたが、その目元に微かな笑みを見つけ、由徳はがばりと身を起こした。
 ……この、完全にナメてやがんな!
 由徳の行動を友実はものともせず、何事もなかったかのように瞼を閉じていた。舌をあえて見せてきたのは宣戦布告だ。煽っているのだろう。
 仕返しに腹筋が痛くなるくらいくすぐってやろうかと思いながら、端にあるグラスに目がいった。溶けはじめている氷。
 由徳はおもむろにグラスに手を伸ばした。氷と一緒に一口飲み、氷をひとつ口内から取りだした。
 氷は冷たい。
 由徳は今しがた友実がしていたような薄い笑みを浮かべて、組み敷いた肌に近づけた。
 ヒタリとみぞおちにおかれた氷は、なめらかな隆起にあわせて踊るように滑った。途端に、友実が驚いたようにビクッと身をすくませた。
「おい、なにやってんだよ!」
「仕返し」
 惚けたように答えた由徳と肌の上で動く正体を見た友実は、「バカじゃねーの」と呟きながらも抵抗はしない。由徳の動く指を大人しく見つめている。氷が通る箇所はピクピクと肌が動くのだから、相当気になるのだろう。
 普段の愛撫では、目を閉じていたりどこかを見つめ耐えていたりする程度なので、由徳の指の向かう先を何言うことなく見つめている様は、由徳からしてみればやたら扇情的に映った。
「……ん、……んっ」
 氷がとおった道を、冷えないようにもう片方の指でなぞれば、友実が眉を寄せた。半分にも満たなくなった氷を、由徳は見せつけるように滑らせる。
 片胸に氷を一度円描くように動かせば、その意図がわかったように友実が瞳を伏せた。
 乳首に氷があたった。コリコリと擦りつけながら、空いた手で野放しになっているもう片方の突起を押しつぶせば、肌はひときわ震え強張った。くちびるを噛んで漏れないようにしている。ただその表情にはかまっていられず、かわいらしい乳首をつまむ。
 氷が這った片胸は、舐められてもいないのに濡れて光っていた。惹かれるまま、体温で小さくなった氷とともに吸いつき、彼の感触をゆっくり味わう。
「っ、ん、……ふ、ぅん……んっ」
 柔らかい飴を舐めるように舌で転がす。ピクピクと友実が感じているのがわかる。  両乳首を愛撫した舌は鎖骨を辿り、耳朶に行き着いて食むと友実はそっと目蓋を押し上げる。由徳は耳許で紡ごうとした名を止めた。
「な……んだ、よ」
 名を呼んだ後の応えのような言葉が友実の口許から洩れた。言わなくても、由徳が何かを言おうとしていたことを察したらしい。
「あかいの」
 代わりに色の名をささやけば、友実はすぐに舌をだした。卑猥なほど紅い舌に、由徳が躊躇うことなく口づければ、反射的に舌が逃げ込んだ。それを追うように、くちびるを重ねる。舌でこじ開ける必要なく、友実は招くように口を開いた。
「ん、んん」
 口腔は熱を孕んで交ざり、飢えを満たすように友実の喉が鳴った。さざ波のような肌を探って尖った部分を押しつぶすと、由徳の首許に友実の腕がかかった。くちびるが少しだけ離れて、友実が薄く目を開く。由徳の指が与える刺激に吐息は甘い響きを成した。
 紅潮した頬にキスを施すと、口許が緩む。首にまわった友実の手につられ、もう一度くちびるをあわせた。
 お互いを潤すようなくちづけを重ねつつ、由徳の手が下を伝い、服越しに股間を撫でた。すでに勃ち上がりだしているそれを、かたちをなぞりながら触れれば、友実の意識が下半身に向かっていくのがわかる。
「……ぁ、ン……っん、ん」
 舌の動きがおろそかになっていくからだ。
 エアコンはすっかり効いているが、内にある熱を解放しなければ涼しさを体感できないような気がした。
 由徳がそっと身体を起こした。
「一回、抜く?」
 下手に我慢すると、後で歯止めをかけるタイミングを失って後悔する。過去に一度本気で部活を休むかどうか考えるほどの痛い失敗をしたことがある友実は、理性の残る頭で「抜く」と答えた。
 由徳の首から離れた手は、脇にあったタオルケットをつかんで抱き寄せる。下に身につけていたものを脱がされる感覚が友実には甘く伝わった。
 両手で直にしごかれると快楽が染み渡る。挿入されるのとはまた違う感覚だ。挿入の感覚は全身を怯えに似たショックがめぐる。翻弄されるか、舵取りできるかの境目のような強烈な快なのだ。今のような単純な快感は、容易く振りまわされてもまだ抵抗感がない。
「ふ……ぅ、っん、」
 眉を寄せ、焦れるように背中を反らす。昇りつめようとするところで一度由徳の手が止まり、握り締めていたタオルケットをはがされ抱き起こされた。その意図がわかり、由徳が胡坐かいた上に友実が乗り上げた。
 うつむき加減でくちびるを噛んでいると、察した由徳が指で熟れたくちびるを撫でた。
 顎を突き出すように持ち上げると、由徳の視線があたる。まるで自分が誘っているようだと友実はぼやけた思考で思うまもなく、由徳が顎を引いてくちづけてきた。
 ちゅくちゅくと音が響くキスを繰り返していると、由徳の手が友実の下肢を抱き寄せ、すっかり勃った二本の陰茎をまとめてつかんだ。そのまま双方を擦るようにスライドしていく。
「あ、あ、ぁん! ぅん! あっ、っん」
 強い刺激に、友実はくちびるを離して由徳の肩に爪を立てた。痕がつくのにはかまっていられなかった。
「い、ぁん! あっ、んっ、あ、あ、ぁああ!」
 ふたつまとめての手淫は、昇りつめるのもあっという間だ。それでも果てるまでは長い時間のように感じる。白濁を噴きだすときは、喘ぐような息が漏れた。
「は、ぁあ……あっ」
 凭れるのに、由徳との身長差はちょうどいい。由徳のほうが頭ひとつ背が高いのだ。無駄に大きくなった幼馴染を妬ましく思うが、今みたいな利点も知っているから複雑だ。
 由徳はというと、幼馴染のかわいい頭を撫でたい衝動にかられながら、飛んだ体液を手で拭う。友実が顔を上げた。
 ほてりのとれない頬はどれくらいの熱をおさめているのだろう。
「いい?」
 先に何かいわれる前に、挿入していいかの承諾をとる。友実がダメなときは、ちゃんと言葉にしてくれる。潤んだ瞳が黙ったまま。OKサインがでていると受け取っていいようだ。しかし問題はその先だ。
「ごめん、ちょっと用意いい?」
 由徳は口にした言葉をそのまま、視線をテーブルの越えた向こうの棚にあてた。これで友実も察するだろう。スキンを持ってくるのをすっかり忘れていたのだ。
「あー」
 生々しい現状にまったくふさわしくない間抜けた声が友実から発された。
 二の次は、じゃあ今日はこれでやめようぜという終了のお知らせか。
「中に出さなきゃいい話だろ」
 淡々と継続表明を行なわれたことに、由徳は一テンポ遅れて聞き返した。
「って、それって」
 友実はもう一度由徳に理解させるために、耳許を引っ張ってささやく。
「こっから下りてもいいってなら、下りるけどな」
 その意味を即座に理解したのか、友実の臀部にあった由徳の片手はぐいと友実を引き寄せて密着させた。するりともう片方の手を腰にまわして固定する。
 今さっきのお返しとばかりに由徳が友実の耳許で乞う。
「気分悪くなったら、とめるからな」
「そんなん、由徳のやり方次第じゃねーの」
「おまえなー」
 色気のない回答をしながらも、友実は笑みを浮かべて由徳の首に腕を巻きつけた。




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