* Sfogliatella mattutina *


 勉強しなきゃ。

 脳内に大きく響き渡って、意識が浮上する。
 ……早く、俺、勉強しなきゃ。
 予備校のテストも控えているのに、身体が熱くて重くて動かない。
 ……ああ、そうだ、今風邪引いてんだ。すげえ熱出て。
 渉がそう思い出した途端、全身に巨大な焦りが襲いかかってきた。
 ……やべえ。早く治さねえと。
 鼓動は否応なしに速くなってゆく。
 ……寝てるぶんだけ、皆から後れも取っちまうのに。やばい。どうしよう。
 けれど、目が開かない。
 現実を見たくないせいだ。
 せめぎ合う心を巣食っていく恐怖。年を追うごとに渉を追い詰めていくものは、大学受験という人生のかかった大きな試練である。幼い頃から一途に抱えていた医者になる夢は、まず医学部に入学できなければ潰えてしまう。
 ……このまま何日もぐずぐず治らなかったら、どうしよう。
 医者志望が風邪ごときでくたばっているのも情けない。
 これはもう、自分が医者になるのはふさわしくないということなのか。夢を見るのはやめておけということか。悔しさよりも、自分の詰めの甘さと不甲斐なさにプライドも勇気も折れてしまいそうだ。
 ……やっぱり医者に向いてないのか、俺。頑張っても無駄なんかな。
 未来への絶望感が血流にのって身体中を駆け巡っていく。強張る皮膚に、ぎゅっと握り拳をつくった。
 現実が怖い。何もかも怖い。
 ……俺、もうダメだ。
「渉」
 絶望を受け入れようとした瞬間、自分を呼ぶ声にハッとした。
 愛しい声の主。
 一気に闇色の波が引いていく感覚とともに、その名を思い出した。
 ……修! 来てくれたんだ!
「おまえ、風邪引いたんだってなー」
 声色も話し方もいつもの調子だ。変わらない彼の様子がわかっただけで、みるみる痛んでいた心がほぐれていく。でも、受験勉強への不安と焦りは頭から離れてくれなかった。医者になることは、目の前にいる修太郎との大事な約束にもなっているからだ。
 ……もう、修ちゃんが帰ってくるような時間なのか。
 修太郎が部屋まで見舞いに来てくれたのであれば、とっくに下校時刻を過ぎているということである。時間の有効活用が何よりも重要な時期に、自分はいくら時間を無駄にしてしまったのか。自責の念に駆られる。
「ほらほら、また眉間に皺、寄ってんぞ」
 無意識の仕草を朗らかに指摘された。するとまた、自身でも不思議なくらい力が抜けていく。彼はいつだってそうなのだ。渉の不安な心を読んで、下降していく気持ちを簡単に的確に引き上げてくれる。
「大丈夫だよ、渉」
 そっと額に触れてくる指。自分より低い体温は、これまでずっと渉に寄り添ってくれていたぬくもりだ。言葉以上の、勇気と希望を与えてくれる。
 闇に飲み込まれそうになる者へ、確かな光を見せるように。
「大丈夫だから」
 未来は辛いばかりではないのだ。
 渉は深い情を噛み締め小さく頷いた。そして、ネガティヴな感情を薙ぎ払う。
 ……うん、俺、もう怖くない。
 誰よりも大切な、光のような存在が傍らにいてくれる。
 ……修、好きだよ。本当に大好きだ。
 彼がいるから、自分は生きているのだと思えるほど。
 ……修ちゃんが見たい。
 愛しい顔を見れば、笑顔を見れれば、どんな現実でも乗り越えていける。

 渉は、瞼を押し上げた。

  *   *   *   *   *

「ん、あ、あれ?」
 広がった視界に驚いて、目覚めた瞬間に声が出てしまっていた。
 修太郎が自分の顔を覗き込んでいるはずなのに、いない。想像していた景色とあまりに違っているのだ。
 そもそもこんな天井の色もベッドの位置も、実家ではありえない。
 薄暗がりの中で数度瞬きをして、渉はリアルな夢だったことに気づいた。
 ……ここ、修の部屋じゃん。
 それも、実家から遠く離れた一人暮らしの1Kだ。渉にとっては愛の巣といっても過言ではない場所。
 ……あーよかった! まじよかった! 夢で助かった!
 悪夢のような内容から逃れられたことに大きく安堵する。ついで、重くて熱いと感じさせてくれた要因に、顎を引いて目をやった。
 渉の右半身に伸し掛かって眠っている男。
 彼こそが、先程の夢で話しかけてくれていた修太郎である。腕の中で寝落ちたはずだが、今は体勢を変えて渉をすっかり抱き枕にしている。その姿は無意識でも自分の存在を求めてくれているようで、渉は頬を綻ばせた。
 愛しい重み。かけがえのない存在。
 握り込んでいた手をふわりと開き、素肌をさらす恋人に触れる。
 ……現実の今が、それこそ「夢」みたいなもんかも。
 実家にいた当時と比べて、しみじみと反芻する。
 ……受験期間中は、先のことなんて考えられなかったもん。突破することだけで精一杯で。
 死に物狂いだった受験期。第一志望に無事合格できたのは言葉にならないほど嬉しかった。その反面、入学した国立大学は関西にあるため、覚悟していたとおり修太郎と離れ離れとなった。
 遠距離恋愛は想像以上にしんどいもので、最初の二年はせっせとアルバイトをして修太郎と会う機会をつくったものだ。親から、ちゃんと勉強しろ、とまで言われたけれど、三か月が我慢限界だ。車も燃料がないと走れなくなるのと同じで、修太郎を補給しなければ渉はダメになるのだ。とはいえ、一人前の医者になるまではなるべく一人で関西で頑張る、それが男の矜持で精神の成長にも繋がるんだ、と修太郎に会えない間は自身を奮い立たせてやってきた。
 まさか大学生活三年目で、修太郎のほうからすぐ手の届くところに引っ越して来てくれるとは。
 ……俺は幸せ者だよ、修ちゃん。
 髪を撫で、幸福にそっとくちづける。歯型が残っているはずの肩へ指を滑らせれば、修太郎が小さくうなりをあげた。
「ぅ、ん……」
 また気持ちよさそうに寝息を立てる。その姿が、ただただ愛しい。
 ……疲れてるんだろうなあ。整体行こうかなとか言ってたし。
 昨夜は肩が凝っていると言う修太郎に肩揉みした。が、風呂上がりのシャンプーの残り香に耐えきれず、肩にしゃぶりついてセックスに至ったのだ。
 修の体臭と残り香の交ざり合いがあまりにも最高すぎるんだよ、なんて本人には口が裂けても言えない。修太郎からは、髪質にコレが一番あうし安いんだけどさ、匂いが甘すぎるんだよなあ、と愚痴られていたのだ。一生コレを使ってくださいと頭を下げたいくらいなのだが、それも絶対に嫌な顔をされるか最悪使うのを止められそうなので、ぐっと心の中に留めている。
 ……まだ、シャンプーの香りするかな。
 修太郎の髪に鼻をくっつけて嗅ぐ。にんまりとそわそわが綯い交ぜになる。
 ……実家にいたときは、こうやって一緒に朝まで寝るとか、朝から晩まで一緒に飯食ってくっついてって、あり得なかったもん。
 向かい同士の家で、お泊りという概念もなかったし、互い姉妹もいてバレないように、勉強に支障をきたさないように、と逢瀬を重ねていた。受験という重圧も重なって、当時は神経を相当にすり減らしていたものだ。
 一番理解者で恋人の修太郎が支えてくれたおかげで色々とクリアできたわけだが、受験に関しては危機的状況に陥ったことが何度もあった。
 今でも思い出して嫌な気分になるのは、国立二次の直前と風邪を引いたときだ。
 ……今日の夢、実話だったから余計心がざわついた。
 トラウマになってるよな、と修太郎の首筋を撫でながら息をつく。
 夢で見たシーンは、高校三年生の晩秋。死刑宣告を受けたような気分で寝込んだ二日間である。模試会場で誰かの風邪を拾ったのは違いなく、模試を受けなければよかった、会場に行かなければよかった、と悪寒に耐えながら散々悔いた。
 あのとき修太郎は、学校と予備校を休んだ渉を長時間見舞ってくれた。意地を張って、風邪を移したくないから来なくていい、と言ったら、おれはそんなヤワじゃねえよ、と両頬をムニムニつねられた。
 ……現実の修ちゃんは、夢のときみたいな癒し系のノリじゃなかったけど。
 自分の修太郎に対する甘い理想に苦笑する。でも『渉なら大丈夫』と言ってくれたのは事実だ。熱がどれくらいあるか、額に手を添えてくれたのも覚えている。
「っ、くしゅん!」
 タイミングの良いくしゃみに、渉の心臓がドキッと鳴った。慌てて無防備な修太郎の肌を布団で隠す。
 ……修ちゃん、まさか風邪引いたとかないよな。明日仕事だっていうのに。
 額に触れ、頬に触れ、髪を撫でる。平熱のようだ。起きたときに喉は痛くないか悪寒がしないか聞いてみよう。
「ぅ、ん……」
 修太郎が喉を鳴らした。渉と密着慣れしている彼は、良い位置におさまるように小さく身じろぎをして手を動かす。
 すすすっと滑る指。渉の脇腹を撫で、腰を掴む。ふにふにと皮膚を薄く揉まれた。
 その無意識の仕草が、欲の根に火をつけた。
 渉も仕返しのように指を動かした。ボクサーパンツしか身につけていない恋人の身体に、快楽の痕跡を浮かび上がらせるように。双丘の片側を滑り、するすると際どい筋を辿っていく。
「ん……ふ、ぅ」
 ピクッと肌がふるえた。あと少しで目覚める予感に、たまらず渉は口づける。
 額、目蓋、頬、鼻、とキスの雨。
「ンー、ぅ……」
 変化する体勢と触感に、修太郎が小さくうなりながらうっすら瞳を開けた。
「ん、わ、たる」
 当たり前のように最初に名前を呼んでくれる恋人の口許へ、ちゅっ、とついばむようにキスを重ねた。
「おはよ、修ちゃん」
「ん、おはよう」
 修太郎が首を少し上げて瞬きをする。至近距離での見つめ合いに、渉もじっと応えた。彼の綺麗な瞳に自分が隙間なく映っている。
「渉?」
 目の前の呼びかけが疑問形になっていた。同時に修太郎の手が伸びて、頭を撫でられる。
「どうした?」
 何か不安なことでもあったのか? という意味合いの一言。些細な表情に気づいたのだろう。
 ……ほんと、さすがだ。
 彼には隠し事ができないと思いながら、腕で包み込むように抱きしめた。
「夢、見てた」
「おう」
「実話的な。受験前の」
「あー、悪夢みたいなやつ見たのか」
 受験前という言葉に修太郎がすぐ反応する。大きく頷いた渉は夢の話を伝えた。風邪事件は彼も覚えていたようで、労わる眼を投げかけた。
「あれ、二日で治って良かったよな」
「うん。修ちゃん、あのときもいてくれてよかった。でないと俺、完全に心折れてた」
「そっか」
「ありがとう、修ちゃん」
「どういたしまして」
 しみじみと感謝をこめて話している間に、修太郎はすっかり平常運転に戻ったようだ。礼を受けて目を細める。
「で、そんなお話のところアレだけど」
 トーンを落とした声。長い付き合いの渉も口を噤んだ。
 何が言いたいのか、もう察している。
「渉の、あたってる」
 かたくなっているものを指摘されたところで、会話中撫でまわし続けていた手も止められていない。
 良い話をしていても、触りたいものは触りたいし勃つものは勃つ。
「男ならわかるだろ」
 身体と心は別なのだ。
 子どものような言い草に、修太郎がふふっと笑った。しょうがねえやつだな、と言わんばかりの表情に、渉はこらえきれず身体を押し付けた。
「しゅーうぅ」
 甘え声で修太郎の頭に鼻を突っ込む。良い香りを抜け出してこめかみにキス、耳をはむはむと甘噛みする。
「犬かよ」
「修ちゃんの犬になら俺全然なる」
「へえ、おれは人間としかヤラねえぞ」
 ぴたりと甘噛みを止め、身体を起こす。押し倒した姿勢で修太郎を見つめ直した。
「……人間になります」
 だからお願い、と続けなくても彼はわかるだろう。代わりに滑稽な部分をいきなり手で掴んできた。渉の腰がびくっと揺れる。
「っ、しゅう!」
「隙アリ」
 にやっと笑う修太郎が、次に上目遣いをする。付き合いが深くなって見せるようになった艶のある表情。OKサインだ。
「修ちゃん」
 名とともに彼のくちびるを塞いだ。
 舌の感触を味わうように絡めながら、昨夜も散々いじり倒した胸の突起を指で探す。上半身の刺激だけで平熱だった修太郎の肢体が色づきはじめる。
「ン……も、い、から」
 彼の手が渉のボクサーパンツにかかる。前戯に時間をかけなくてもいい、ということだろう。互いのものを早急に脱がすと露骨な性があらわれた。先程よりもかたくそそり勃つものに修太郎が触れる。
「朝から、あんま、ムリさせんなよ」
「うん、って修煽ってるから、それ」
 恋人のいやらしい手つきに我慢しつつ、床に落ちていたローションを拾った。ぬめった手で、お返しするように修太郎の性器を愛撫する。芯がでてくると修太郎も渉から手を離し、枕を抱き込んだ。自身の喘ぎを塞ぐ仕草だ。ぴくぴくと肌が揺れる。
 やさしくしごきながら、彼の裸体を横倒しにした。足を広げさせて、大切なかわいい蕾に指を沈める。吸い込まれるように入って、きゅっと締め付けてくれる様が愛しい。渉だけを受け入れてくれる修太郎の熟れたところ。
 昨夜もいっぱい満たされたけれど、まだ欲しい。まだ足りない。
「修ちゃん」
 背中にキスをすると修太郎がヒクッと肩を揺らして息を止めた。彼の足を片手で上げて、横抱きのまま挿入していく。
「……ん、……ぅんっ」
 修太郎がぎゅっと枕に顔を押し付ける。奥までおさめるために数度腰を揺り動かせば、しごいていたときよりも一回り彼の性器が大きくなった。後ろだけの快感で精を吐けるようになった甘い身体。渉はまた確かめるように律動して乳首を指でこねる。
「っん……ふぅ……ン!」
 ぐじゅ、ぐじゅと交接音が響く。重心を変えてより深く突いていくとさらに反応がよくなった。
「ん、んっ、ン! あ、はや、くっ、ん! ぁん!」
 くぐもった声が枕を通っていく。
「ゆっ、くり、気持ち、よくなろ」
「も、じゅ、ぅん! ふっ! ぁん!」
「修、イイ?」
 こくこくと頭が動く。早く済ませろというわりに、素直な返答だ。
 汗がにじむ裸体ともう少しで暴発しそうな彼の性器。快楽に揺れる髪。
 やっぱり顔がみたくなった。挿入だけの快感で、彼をイカせたい。そのイッている淫らな表情が見たい。
 渉は身体を抜いて体勢をかえた。正常位に、時間をかけずすぐセックスが終わるのだろう、と修太郎は思ったようだ。が、枕を奪って性器を下の口にあて、ぐんと押し込めてから渉はわざと時間をかけた。
 ゆっくり何度も。時々速度を変えて。
 渉が上昇していく射精感に耐えて律動しているように、修太郎も片手を口で押さえて快楽を受け止めている。
 潤んだ瞳。薄く紅潮した頬。張り付いた前髪。
「えろい顔、やばい」
 一気に引き、ぐいっと押し込める。長い挿入と圧に修太郎が軽くのけぞった。
「あ! ふ! ぅん! ん!」
「もっと、修、修」
「ば、かぁ、ぅん! ぁん!」
 熱い涙がにじんだ目尻から零れ落ちる。渉は身体をかがめ、涙と汗を舌で舐め取る。口を塞ぐ指を軽く歯でかじってどかせると、修太郎のほうから薄いくちびるを開け、舌を差し出してきた。
 煽情的な姿に渉の心が吸い込まれる。
「んぅ、ん! っン……ぅあ、ふぁ」
 キスの合間、口許から唾液が漏れる。動かなくても修太郎がきゅうきゅうと渉の性器を締め付ける。
 ……修、えろい。かわいい。好き。好き。
 上の口と下の口で深く繋がっている多幸感に浸り、ディープキスを続けていく。すると、さすがの修太郎も体勢のきつさに理性が戻ってきたのか、指で渉の耳元を引っ張った。
「わた、も、バッ!」
 くちびるを離すと非難するような声。
「だって、修、かわいいから」
 表情でごめんなさいをしながら、尖った両乳首を摘まんでこねた。この刺激に弱いことを知っている。修太郎の身体がわなないたと同時に、性器をぎりぎりまで引いて思い切り突いた。
「ぁああ! んぁ! は!」
 大きな悦楽の喘ぎ。渉の笑顔と裏腹に、修太郎が慌てて口に手をやる。数度ゆっくりグラインドしても修太郎は喘ぎをおさえ続けるつもりのようだ。我慢比べみたいになっている。
 ……土曜の朝だから、お隣さんはいるかもしれないけど。
 確かに渉も気にしいなところはあるけれど、この部屋でもう五十回以上セックスしているのだ。色々バレているだろうし、何かあれば引っ越せばいい。渉も貧乏学生だが親に頼めばきっと出世払いかどうにか融通してくれるはずだ。
 弱めの出し入れと強いスライドを繰り返す。バカみたいに射精感を堪えている甲斐あって、修太郎の性器は触らずとも蜜をとろとろと零していた。
 ……修もそろそろだ。
 と、思った瞬間、ぐっと修太郎の脚に力が籠った。どこに余力があったのか不利な体勢にもかかわらず、渉の腰に両足を絡めてくる。ホールドされて踵で腰を押され、渉は片手をついた。
 結合をすっかり縫い留めてきた修太郎を見下ろす。手をずらした彼が喉を鳴らし、薄く口開いた。
「わたる、も、イカせ、おねが、」
 息絶え絶えの淫らなお願いと隙間なく絡みつく両足に、渉の理性がプツンと飛んだ。
 また喘ぎを塞ごうとする彼の両手を掴み、シーツに縫いつける。固定された体勢をさらに倒してプレスするように動けば、その激しさに修太郎が大きな声を上げた。
「あ、わた、だ、め、あっ、あッ!」
「修、イキたい、んだろっ」
「う、っあ! ぁん、あっ、ん、あ!」
 がんがん突くたび、腹に修太郎の性器が当たる。それも彼にとっては大きな刺激になるらしく、嬌声を耐えることはもうできなくなっていた。
「イっ、くぅ、あっ、あ、や、あ、あっああ!」
 吐き出されたものが互いの上半身に飛び散った。びくっびくっとふるえて脚の力を失った恋人へ、休憩を与える余裕はない。
「あ、あっ、あっ」
「修、好き、修、修っ」
 本能のまま彼の脚を掲げる。もう射精感を我慢しなくていいのだ。
「あ、は、あ、ぁあ! ぁあ!」
 背中に腕がまわった。修太郎が涙を零しながら深く締め付けて受け止める。
 まもなく、渉も白濁の熱を注いだ。スキンをつける暇もなかったから、子種は修太郎の中を一時泳ぐ。妙な達成感と幸福感に包まれた。
 終わって、愛しい彼をぎゅっと抱きしめる。息の荒い修太郎はぐったりとなすがままだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、寝起きから、なんつー、」
 ムリさせんな、と言った先刻を完全に反故するセックス。頭を叩かれるかと思ったけれど、そんな気力もないようだ。
「修ちゃん、大好き。ほんと大好き」
 ムリさせてごめんと謝る代わりに瞳で訴える。修太郎は目が合うとキスしてくれた。
「好きだよ、修ちゃん」
「おう。おれはつかれた」
 率直な感想に安心する。ニュアンスに、気持ちよかったけどさ、という一言が隠れていることを察したからだ。十何年も付き合っているからこそわかる部分。
 ホッとした渉の腹もぐるるるると応じた。
「俺はお腹すいたー」
 頬にキスをしながらつぶやく。修太郎がふくみ笑いで鼻をつまんできた。
「そりゃ、そうだろな……」
「飯、外で買ってくるよ」
 鼻声のまま返す。だが、彼はすぐに首を振った。
「いや、つくる。何食いたい?」
「でも、今疲れてるって」
「大丈夫」
 鼻から指を離して、微笑んでくる。まるで、渉の心の内を読むように。
「おれの飯、食いたいんだろ?」
 訊かれれば答えはひとつ。
「うん。修のご飯が世界で一番好きだもん」
「なら飯、食いたいのつくってやるよ」
「まじで」
 きらきらと瞳を輝かせると、修太郎も嬉しそうな笑みを浮かべた。
「でも、買い物はおまえが行けよ!」
 言葉は辛らつだけれど、渉はこの愛情表現がものすごく好きなのだ。大きく頷いて、疲れている彼に奉仕するため起き上がる。嫌な夢もトラウマもすっかり吹き飛んでいた。
 そして、リクエストどおり修太郎は、ベーコンのいっぱい入った美味しいナポリタンをつくってくれた。




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