* リラ *


 あそこがなぜ、目隠しの森と呼ばれているのか。知っているかい?
 決して大きくはない森さ。昔から姿を変えずそこにある。この土地に住む人間たちは、長い時間をかけて田畑を耕し家をつくり道路をつくり、環境を整えていったが、あの森だけは残したままだ。
 他の土地でも、たまに目にすることがあるだろう? たとえば、道路の真ん中で不自然に残されている巨木。邪魔でしかないのに切り倒されずにある木々は、総じて神様が宿っているからだとか、切ろうとした人が病に倒れた、不幸にあったと必然なのか偶然なのかよくわからない理由で残っているのさ。どちらにせよ、人間の都合で切られなかった彼らはラッキーでもあるし、生きたいと強く願った気持ちがなしえた業なのかもしれない。
 話をあの森に戻そう。
 目隠しの森がいまだに開拓されないのは、きちんとしたワケがある。人間たちは、道路の真ん中に居座る木々と同じような理由で、この森を残しているようだが……もう少しこの森に理解をしめしてあげてもいいと思う。
 ちょっと高台に上がろう。そう、そこらあたりがちょうどいいだろう。ほら、森の全景がよく見えるだろう。人間が整備した平地に、こぶみたいな山になっている。こんもりと緑が茂っているところが可愛らしいじゃないか。あの森の中央には、女の子が住んでいるんだ。女の子といっても、私らのような動ける生き物じゃないよ。細い樹だ。人間の区分でいうと、ライラックだったかな。そんな名前だ。実際に見たことはないが、聞いた話によると白い花を咲かせる子らしい。季節は関係ないんだ。かならず、夜に咲く。開花には多くの体力を使うだろうに、なんて健気なんだろう。
 あそこが目隠しの森と呼ばれるのは、毎夜かならずあの子が咲くからなんだ。光を欲して咲くんだよ。そのせいで、森一帯の光という光を奪っていくんだ。どんな動物でも、夜間のあの森では夜目が利かない。それどころか、彼女に見つけられれば、虹彩を取られてしまう。
 私たちは、他の動物の中でも一際夜目のが利くし、夜間飛行が得意な種族だ。人間たちがいうところの、フクロウという種目かな。これも別途覚えておいたほうがいいかもしれないね。そんな私たちであっても、あの森では途端に目が利かなくなるし、同時に飛行コントロールもできなくなる。ライラックの彼女は決して悪くないんだ。でも、夜あの森に近づいてはいけないよ。目隠しの森という名以上に、視力を持っていかれるんだからね。一時的にじゃないよ。半永久的に夜の視界を取られるんだ。
 夜に、もし誤って目隠しの森へ降り立ったら、目を伏せてじっとしていることだ。地面にいても、ヘビや他の動物も動かないようにじっとしているから襲われることはないのさ。ただ、明け方になったらすぐ離れることが鉄則だ。あの森に住むやつらは、彼女の呪縛が解ける明け方が一番の食事時なんだよ。
 あの可愛い無垢な花が、毎夜光を奪う理由は誰も知らない。けれど、私はこう思っている。彼女はきっと夜空に瞬く星になりたいんだ。星になりたくてしている努力が、結果として生きるものの光を奪ってしまっているんだ。長いことそうやってきて……、そうだな、彼女はすでに、星になれないことを知っているのかもしれない。でも、それでも星になりたい彼女ができることはないよ。今まで通り、毎夜光を奪って花を咲かすだけだ。可哀想な子だ。真っ直ぐで頑固な彼女は、もはやその星になれない事実を受け入れられず、引っ込みがつくかなくなってしまっているんだ。
 日中、目隠しの森を散策しながら思うんだよ。こんな森、早く人間が開拓してしまえばいい、と。定住する他の動物や私たちにとって、自然がなくなることは大変惜しい。けれど、あの森は、彼女のためにはならないんだ。きっとどこかで彼女は、人間に伐採されることを望んでいる。欲にまみれて理性が滅んでないのであれば、彼女はどこかで死を望んでいると思うんだよ。
 目隠しの森は、人間たちが思い込んでいるように、全部が危険なわけじゃない。注意が必要なのは、彼女が目覚める夜だけさ。それにしても、なんで人間は、ちょっとした事故や不備が生じると、全部が危険と見なされたり禁止扱いしてしまうんだろうね。彼らの考えを採用したら、私たちはとっくに夜間飛行全面禁止になってしまうよ。…あ、話が変わってしまったね。さてと、今日の飛行訓練はこれにて解散!




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