*確かな憧憬 *



 電話のベルが鳴った。
 店の女将が手を拭いて、受話器を取る。私はそれを横目にお好み焼きを食べていた。夕刻前の店内は、がらんとして味気がない。
 久方ぶりに訪れたこの街に、私は確かに住んでいた。しかし、たった二年だ。故郷と呼べるものではない。このたびも仕事の出張で来ただけで、特に昔の感傷を拾いに来たわけではなかった。それでも、時おり耳にすっと入る、女将のおしゃべりは心地よい。交じる方言は同時に切なく響いた。
「こっちきよんなら、顔みせんさいよ。仮にも住みよったとこじゃろ?」
 私は店を出た。扉が閉まる音を背に聞く。電話から離れた女将はレジの前で、お好み焼きは美味しかったか、と、朗らかに尋ねてきた。だから、私は頷いた。彼女の誰かへ宛てた言葉が胸に残っている。
 そして、携帯電話を取り出した。私はそれを耳に当て歩きながら、少しずつ色を変えていく空を見上げる。昔からなんら変わらないその配色を辿れば、ボタンを押して流れるコール音がふいに途切れた。
 あらわれた懐かしい訛りある声に、口許が自然とほころんだ。
「いま、広島に来ているんだ。今夜、会えないかな?」