* あい繋ぐ星に【第14話】 * |
最低気温が底を過ぎた冬の日、雄哉から連絡をもらって会う約束をした。互いの都合が合った平日の夜。温かいものを食べようということで、彼行き着けのモツ鍋屋を選んだ。 「本当はイタリアンがよかったんだけどさー。でもやっぱり二月は鍋だよなあ」 会って三回目の呟きに苦笑する。去年秋に行ったイタリア旅行で、すっかり現地の料理にハマッてしまったらしい。イタリアに縁深い明史としては嬉しい話だ。 「まあ、イタリア料理にこういう鍋料理はないからね。ミネストローネみたいなズッパはあるけど」 「そうそう、ズッパな。チーズをたくさんかけたらすっげえ美味しかった。イタリアはピザとパスタだけじゃないことも思い知ったぜ」 「そりゃあ、ね。でも、本当にトラブルもなくてよかったな」 有名ブランドの洒落た土産を渡され、弾丸のごとく旅行話を聞かされていたが、新婚生活自体もうまくいっているらしい。少し太ったように見えることだけは秘密だ。 「ぼったくられることもなかったし、マジで平和すぎて逆に拍子抜けした。あんなんならまた行きたいなあ。東京でも良いイタリアンの店あったら教えてくれよ。その代わり、良うまい居酒屋とかそういう情報流すから」 「うん、ありがとう」 「それで、千野のほうはどう? なんか面白いことあった?」 自分のことを語るのは飽きたのか、雄哉が振ってきた。おそらく期待されているのは恋愛話。しかし、応えられる話題はない。仕事も来月海外出張がある程度で面白みはない。 「別に相変わらずだよ」 「なにもないのかよ。いつも俺ばっかり喋ってる気がする」 と言いながら、雄哉は喋るのが好きだからいいのだ。苦笑してハイボールを飲んだ。 「千野にもイイ話があるといいのになあ」 モツを食べる彼はほろ酔い気味だ。コンロの火を弱めて、話題を探す。 すぐ櫂人のことを思い出した。 この前、雄哉と居酒屋で飲んだときはまだ彼と再会していなかった。織茂櫂人の活躍に対して『遠い星のゲーノージン』なんて他人事でいたのに……あの夏こそ、何年も前のことのように思える。 一昨日なんて、櫂人に乞われてオムライスをつくって大喜びさせたばかりだ。彼は子どものような表情でケチャップに明史の名前を書いていた。 共通の友人だった雄哉には話してもいいだろう、と、器を空にして顔を上げる。 「良いかどうかわからないけど、櫂人と再会したよ」 すると、ほろ酔いの目をしていた雄哉が真顔になった。 「マジで?」 「うん、たまたまコンビニで遭遇して、家が近所だってわかったんだ。ちょいちょい会ってるよ」 クリスマスを境に会う時間は減っているけれど、毎日ちゃんと連絡を取り合うようになった。イタリア語の勉強は続いているし、この間は彼行き着けのバーへ連れて行ってもらった。関係は良好だ。先週から主演映画の撮影がはじまっていることも知っていて、出演したドラマも櫂人自身が録画してきて押し付けてくる。会わない日も櫂人を観るようになった。 「テレビで観る櫂人はけっこうクールで格好良いけど、素はそんなに変わってなかった。抜けてるところとか笑うツボとか、食べ物の好みとかそのまんまのところも多くて。一緒にいるとなんかブランクを感じさせないというか」 雄哉を見ると、箸を止めて呆然と聞いている。ただならぬ表情に明史は首を傾げた。 「どうした? そんなに意外だったか?」 ……前、カノジョが櫂人の大ファンだって言ってたから、心配になった? でも、櫂人は人のものを奪う性格ではない。本命としか付き合いたくないと言っていたが、今のところ相手もいないようだから安心だ。 一方の雄哉は表情を崩さない。言葉を選ぶように口を開いた。 「いや、意外というか……おまえら、ヨリ戻したの?」 「は?」 質問を理解するより先に声が出た。 ……ヨリ? って、付き合ってる者同士に使う言葉だよな? 「斉藤、どういう意味だよ」 「だって、千野と織茂って付き合ってたんだろ?」 なんの躊躇もなく出た言葉。意味がわからず脳内で繰り返す。 ……オレと櫂人、付き合ってた? 「はあ? えっ? ええ!」 ガシャンと器をテーブルに打ち付ける。自分の動作に自分でびっくりした。 「な、なに言って、」 「デキてなかったの? 俺ら仲間内で、黙認と言うか公然の秘密みたいになってたんだぞ。嘘だろ、デキてただろ」 「そんな、デキてるわけないだろ! アイツ、男だぞ!」 確信するような物言いに、色んなことを棚に上げて声を上げる。一気に視線をもらって、口を押さえた。向かいの雄哉はすっかり面食らった顔だ。 「織茂くらいイケメンならちょっとアリかなって、あるだろ。うわー、嘘だろ。付き合っていないのかよ。なんかショック」 「お、オレのほうがショックなんだけど……大学の仲間内でそう思われてたんだ」 同窓会と化していた結婚式を思い出す。また集まろう、なんて話をしていたが、気まずくて会えたものではなくなった。皆、自分と話しながらそんなことを思い出していたのだろうか。 「やっぱり千野さ、付き合ってたって絶対。嘘言うなよ」 顔面蒼白する明史の前で、雄哉はなおを食い下がる。 真実を受け入れない様子にムッとした。本当に付き合っていたなら、八年前の大嘘も櫂人の中退もなかったのだ。 「しつこいぞ」 「えー、でも、織茂が振られたって言ったの、俺はちゃんと覚えてるもん」 子どものように言い返される。すぐに、大きなクエスチョンがあらわれた。 「え?」 雄哉を見ると真剣な顔だ。嘘ではない。 ……振られた? 櫂人が誰に? オレに? 混乱をはじめる脳内をかいくぐって、記憶を辿る。振られたなんて言葉は、告白がなければ出てこない。しかし、櫂人に告白されたことはない。 「本当に櫂人がそんなこと言ったのか? いつの話?」 努めて冷静に尋ねる。雄哉は確かによく覚えているようで、すぐ答えてくれた。 「大学で。たぶん、俺が最後だったんだよ」 「最後って、櫂人が最後に大学へ来た日?」 明史が知らない数日。大嘘をついた後、気まずさと罪悪感で櫂人から逃げていた。 「そう、退学届出しに来た日。櫂人とたまたま構内で会って話したんだ。そのとき間違いなく言ってたよ。明史に振られたからもう俺は芸能界でがんばるしかないって、すっげえげっそりした顔で」 言われた情景が、映画のワンシーンのように頭の中に浮かび上がる。 「う、嘘だ」 肝が冷えた。雄哉の瞳が鋭くなった。 「嘘なわけあるか。今また織茂と仲良くしてるなら、本人に聞いてみろよ。あんとき、今まで見た中で一番不細工な顔してたぜ。マジで別れたんだって思ったよ。あの頃の織茂はスキャンダルも出てたし、千野のことすごい振り回してたし、完全に愛想つかされちゃったんだなあって。あまりに可哀想で、テレビに出まくって有名になったら千野もおまえを見直してくれるよ、って励ましたもん。皆には千野の前で絶対に織茂の話しちゃいけないぞって口裏あわせもしてやって」 知らない過去が、一気に溢れてきた。 「オレ知らない、そんなの」 「口裏あわせは知らなくて当然だけど。振った当事者なんだから、千野が知らないわけないだろ」 「本当に知らない話だよ、全部」 「だから、それこそ嘘だろ」 息をついた雄哉が箸を置いた。 「じゃあさ、そもそもの話。なんであんなにべったりだったおまえらが突然他人同士になったんだよ。いきなりだぜ。織茂が死にそうな顔で中退して、おまえは織茂のこと最初からいなかったみたいになって。デキてる以外に、どんな喧嘩してそうなるんだよ。好きな女、織茂が寝取ったのか?」 「それはない」 即答すると脱力するように首をもたげる。 「なんだよ。全然わかんねえわ、おまえら二人」 誰にも吐露できない感情が積もり続けた大学時代。でも、その決定的なシーンは一応櫂人との間で解決している。謎を解くように口を開いた。 「実は櫂人から一緒に住もうって言われてて……オレが強く拒否したんだ。色々あって当時すごく悩んでたときで。それで拒絶したことを櫂人が重く受け止めすぎて辞めたっていう」 申し訳なさで一杯になる。櫂人の心の傷がまだ癒えていないのは、明史も気にしているところなのだ。 「でも、そのことがイコール振られたってことにはならないよ」 これだけは自信をもって言えた。櫂人から自分への恋愛感情はない。今もそんな様子はない。昔のようなスキンシップはなく、じつに友達らしい距離感だ。 「すると、振られたっていうエピソードは?」 「ないよ。オレも当時のこと、よく覚えてるから。櫂人も茶化して言ったのかもしれないし」 結論付けたが、雄哉は腑に落ちないらしい。 「あんなひどい顔で冗談半分なこと、言えるかあ?」 ……そっちこそ男同士の恋愛に仕立て上げたいなんて、なに考えてるんだよ。 眉間にしわを寄せていると、彼が新たな問いを引き出した。 「なら、織茂が一緒に住みたいって言った理由は?」 「それは、オレが都合のいい人間だったからじゃないかな。一緒に住んで楽っていうか」 答えながら、スウッーと暗い穴に落ちていく感覚にとらわれた。 「確かに、居心地の良い相手ってのはあったかもな。千野は男にしてはかなり世話焼きなとこあるし」 世話焼き。 損な性格を肯定されてますます落ち込んだ。 ……オレ、また都合のいい人間になってるのかな。でも、櫂人を傷つけたのはオレだし、もう悲しませたくないし。 「うーん。それだけじゃない気がするけどなあ。だって拒否ったくらいで中退とか、ないだろ」 うだうだ言う雄哉にも、凹む自分にも嫌気が差す。 「櫂人ならあるんだよ。斉藤、野菜とモツよそうからおわん貸して」 話題を終わらせようと口と手を動かす。向かいから、器が素直に差し出される。 「あ、はい。……で、相変わらず織茂にそんな感じなの?」 明史は答えず、せめてもの逆襲で野菜ばっかり盛り付けて雄哉に返してやった。 |
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