* ディアガーランド【短編「ディア・パラディ」完結】 *


 梅雨明けしたのよ、と美恵子が出かける間際に言った。例年より降りけぶる雨季のせいで、インドアな周乃ですら明ける日を待ち遠しく感じていたくらいだ。七月の最終週を前に、ようやく夏が幕開いた。
 ……暑いし日焼けするし、夏は好きじゃないけど。
 でも、隣で深鍋を拭いている陽輔は明るい表情をしている。彼は、四季の好き嫌いはないけど空はやっぱり青いほうが嬉しい、と昼食中に話していた。
「周乃、もう洗うものはないか?」
「ないよ」
 タオルで手を拭き、陽輔の脇に置かれている皿を所定位置に片していく。祖母がつくり置きしてくれたのはミートソースだ。パスタを湯がくくらいは自分でもできる、と祖母に伝えていたが、実際は陽輔が全部やってくれた。洗い物くらいはしたい、と言ったら一緒にすることとなったのだ。
「二人でやると早いな」
「うん。あ、おばあちゃんから、冷凍したミートソースも持って帰ってだって」
「美恵子さん、今日中に帰ってくるんじゃなかったか?」
「帰ってくるよ。でも、言い忘れるかもしれないから、先に伝えておいてって言われた。陽輔さんは先に言っておけば忘れないだろうって」
 確かに、と陽輔が呟いて微笑んだ。当の祖母は周乃の親と用事があって出かけている。
「それで、美恵子さんは何時に帰ってくる予定?」
「六時までには帰ってくるよ。お寿司買ってくるって言ってた」
「なんか悪いな。それまでには退散しようかな……」
 用事がない休日はいつも美恵子の手料理を食べている陽輔だが、テイクアウトの寿司と聞き恐縮した様子だ。しかし、美恵子はイケメンの陽輔と一緒にご飯を食べることが今一番の楽しみなのである。周乃は祖母の日々を慮んで真剣な表情をした。
「おばあちゃん悲しむから、絶対に帰らないで」
 陽輔は頷くと自身で納得したように返す。
「じゃあ、半分寿司代持とう」
「それも嫌がるからダメ」
 強い制止に彼が「うーん」と唸る。美恵子の施しにお礼をしたい、という陽輔の気持ちは散々聞かされているのでわからなくもない。でも、彼は毎度かかさず和菓子や限定品のお菓子などの手土産を持ってきているのだ。
「おばあちゃんは陽輔さんがいてくれるだけで充分なんだよ」
「うん、周乃はそう言ってくれるよな」
 何度繰り返したかわすらない台詞も響かなくなっているようだ。周乃はわずかな時間で頭を巡らした。
「それなら、どこかに一緒に出かけるとかは?」
 思いついたことを口にする。
「美味い飯を奢るか。それもアリだな」
「えーと、ご飯奢るだけだとおばあちゃんも遠慮すると思うから……何か観に行くとか。舞台みたいなちゃんとした座席があるところならおばあちゃんも疲れないだろうし、涼しくなる頃だったら電車も使いやすいと思うよ」
「したら歌舞伎とか、いいかもな。俺がレンタカー借りれば夏でも行けるよな?」
「そうだね。そっちのほうが楽だし、喜ぶと思う」
 名案だとみせた笑顔に周乃は惹きつけられる。好きな人の好きな表情。目があってまたトクンとときめく。
「周乃も行くよな?」
「うん」
 訊かれて大きく頷いた。実現するなら憂鬱な盛夏でも外出を渋らない。むしろ、オアシスを見つけたような期待感がふくらんだ。
「なら夜、美恵子さんと話して早速決めよう」
 気の早い彼に気持ちを同調させ、言われるまま冷凍庫を開ける。お土産の水羊羹とは別のデザート、スーパーで買ってきてもらったかき氷のカップアイスを渡す。陽輔はメロン、周乃は宇治金時。昔から売られているシンプルなかき氷だが、互いなかなかこれが好きなのだ。
「この冷たさが気持ちいいってなると、夏が来たんだなって思うよ」
 陽輔がソファに座って蓋を開ける。周乃も隣に座った。何気なくテーブルに置かれたスマートフォンをみれば、SNSの通知が一つ。脚本執筆がライフワークの蓮からだ。この間勝手にSNSアプリをダウンロードされたのだ。そして、通知が来たときはレスしなくていいからせめて既読だけはしてね、お願いだから、と二人に約束された。
 蓮とそのもう一人は、テレビで話題の女優となった矢幡彩加である。
 ……陽輔さんに伝えておかないと。
 過去に、秘め事をしたせいで陽輔との関係がこじれかけた。彩加にまつわる事柄は陽輔にとって今も地雷かもしれない、とけっこう気にしていたけれど、またすれ違いになる原因をつくりたくはなかった。
 言える人が極端に限られた話だが、彼に隠し事はもうしたくない。
「やっぱこの手のって固いんだよなあ。少し置いておいたほうがいいかな」
 梟模様のスプーンで緑色のかき氷と格闘している彼の顔を、周乃は覗いた。
「陽輔さん」
「ん?」
「話したいことがあって。事後報告になるんだけど」
 慎重な物言いに、陽輔も何かを察したようだ。
「どんなことだ?」
「あの、怒ったりしないでね。嫌な気持ちになったら……ごめん」
 念押しすれば、彼はスプーンを置いて背を伸ばした。
「俺は怒らないよ」
 信じてくれ、と視線に籠められる。周乃は躊躇いを消した。
「この間の火曜日に彩加と会ったんだ。蓮と一緒にご飯って名目で」
 言葉を区切って彼を見る。ああそういう話、という顔だった。そこに負の感情はみえず、周乃はほっとした。
「それで、どうだった?」
 逆に陽輔のほうが周乃の気持ちを伺うように尋ねた。デリケートな話であることは彼もよく知っている。事実、この出来事は無事終えるまで祖母にも秘密にしていたほどだ。
 特別な存在である彩加。彼女は子役時代に最も仲の良かった友人だ。熾烈な芸能界で周乃は精神的につぶれてしまった一方、負けん気が強い彩加はしたたかに渡り歩いて売れっ子女優となった。
 彼女の活躍に対して嫉妬や妬みの気持ちは一切ない。ただ周乃が彩加を敬遠していたのは、彼女と向き合うことで芸能界で受けた嫌なことを思い出してしまうのと、彩加自身が周乃のカムバックを心から願っているせいだ。
 周乃の演技が大好きだと公言する彩加は、周乃が芸能界や彩加から距離を置いてもかまわず誕生日プレゼントを毎年贈り続け、共通の友人の蓮に周乃と会いたい旨を延々と訴えていた。粘り強い彩加の純粋な気持ちに、蓮も絆されていてそれとなく会うよう促され続けていたのだ。
 彼女と目を合わせて話す勇気。当日まで躊躇う弱さも残っていたけれど、不安を抱えていたのは自分だけではなかったと、生身の彩加を目にして実感したのだ。
「なんか、すごく、懐かしかったよ」
 綻んで口にする。高層階にある外資系ラグジュアリーホテルの個室で行なわれた秘密のランチ。扉が開いて、俯いていた彩加が見せた表情。立ち上がって真っ直ぐ周乃へ駆け寄る姿に、大きな安心感が生まれたのだ。
「彩加、変わってなかったんだ」
 陽輔が周乃の言葉にようやく合点がいった表情をみせた。
「それは、よかったなあ」
 彼の呟きに頷く。芸能界にずっぷり浸って性格が変わってしまった人たちを知っている周乃は、数年ぶりに会った彩加の変わらなさに、会わないでいたことを少し後悔したほどだ。
 扉が閉まるやいなや、彼女は目の前まで来てボロボロと大粒の涙をこぼした。会いたかった、ごめんね、ありがとう、を何度も言い、今までの周乃に対する気持ちを全部ぶつけてくる彼女は、本当に幼い頃からよく知る彩加だった。周乃は子役時代、そんな彼女の性格に救われていた。自分にだけは、正直に真っ直ぐに接してくれた彩加。だからこそ、あの過酷な世界で彩加はライバルではなく親友だったのだ。
 舞い上がる彩加に同席していた蓮は、心配しつつも終始嬉しそうな表情をみせていた。周乃と彩加の仲直りがようやく果たせたのだ。周乃も、帰り道に寄ったカフェで蓮に心からお礼を伝えた。
 ……おれ自身のためにも、彩加のためにも本当に会ってよかった。
 陽輔に彼女と話した内容を、昔話と絡めて話す。彩加がセレクトのホテルレストランは、同業者やスタッフに聞きまくって決めたそうで、フレンチのコースはとても美味しかった。スキャンダルにならないよう、彩加のほうが男装していたことも面白かった。彩加と蓮は元々変装してお忍び遊びに繰り出すのが好きなのだ。
「今度また会うときは、周乃も変装したら?」
 相づち上手な陽輔が言う。周乃が渋る表情をすれば、俺は見てみたいけどなあ、と続く。彩加と会うことを肯定的に感じてくれているのはよくわかった。
「会おう、って決心できたのも陽輔さんのおかげだよ」
「そう? 俺はなにもしてないだろ」
「してるよ。してる」
 どんなふうに? と訊かれれば言葉にできないけれど。
「してるのか、そうか」
 彼は深追いしてこなかった。微笑んで周乃を見つめている。
 ……言葉にできないことばかりだけど。陽輔さんのそういうところが、好きなんだ。
 思った瞬間に陽輔の顔が近づいた。くちびるがちゅっと重なってすぐ離れる。
「あ、ここリビングだった。周乃がかわいかったから、つい」
 天貝家で過度のスキンシップを自ら禁じている彼が、罰の悪い表情をみせるものだから、くすっと笑ってしまった。
「おばあちゃんがいないから大丈夫だよ」
 言いながらテーブルに乗っているフランス古典映画集のパッケージを手にする。昼食後に観ようと話していたものだ。
「そういえば蓮が、」
「うん?」
「ちょい役で演劇に出ないかって誘ってきてて、ちょっと悩んでる」
 今度の脚本はフランス映画にインスピレーションを受けてなんだかんだ、と帰りのカフェで蓮が話していたことを思い出す。今週中には脚本を上げると聞いていたから、SNS通知はそのことだろう。
「無理は禁物だぞ」
 陽輔の返答は、自主性に任せるというものだ。周乃も頷く。
 ……期限はまだあるから、もう少し考えてみたい。
 でも、気持ちはなるべく出る方向に持っていきたい。
「お、かき氷忘れてた。いい感じで溶けてきたぞ」
 隣で彼がスプーンを持つ。シャリ、シャリ、という爽やかな音が鳴った。周乃もようやくかき氷カップの蓋を開ける。抹茶と小豆が混ざっていてやさしい甘みだ。
「それで映画、どのタイトル観る? フランスの古典映画が四作品入っているんだけど」
 頭がキーンとしない体質なのか、さくさく食べながら陽輔が尋ねてくる。周乃はかき氷を削りながらテーブルに置いたパッケージを見た。
 並ぶタイトルの中、『天井桟敷』という単語が引っ掛かる。
「これ、てんじょうさじき、で合ってる? なんか見たことある字面な気もする」
「ああ、天井桟敷の人々、それ名作中の名作だよ。周乃も読んでる寺山修司の主宰してた劇団が天井桟敷っていうから、単語に見覚えは間違いなくあると思う」
「それでなんだね。彼のは詩集しか読んだことないから……劇団名、ここからとったの?」
「そうみたいだよ。良い邦題だよなあ。でも、原題も良いんだぜ。Les enfants du Paradisっていう」
「レ、ゾァンファン、デュ、パラディ?」
「うん。フランス語で、天国の子どもたち、って意味。この映画の舞台は劇場なんだけど、観客席は階層が上がるほど料金が安くなって、一番観にくい最上階は庶民たちが気軽に来れる超格安席、通称天国って呼ばれているゾーンだったんだ。そこで庶民たちが劇にヤジを飛ばしたりことあるごとに騒いだり、まるで子どもみたいに賑やかだったんで、天国の子どもたちってタイトルになったっていう」
「その庶民の一人が主役なの?」
「いや、映画の主要人物は劇場の役者たちとその周りだよ。でも、舞台は客がいてこそ成り立つところがあるだろ。天国に入り浸る庶民たちは、演劇という娯楽が大好きで頻繁に通っているから……一番演劇に対して目が肥えていたんだと思う。タイトルには、そういう観客に対する敬意とか色んなものが籠められているんじゃないかな。それで脚本がまた素晴らしいんだよ。言葉選びは、さすがプレヴェール、」
「プレヴェールもちょっと聞いたことある」
「さすが周乃、プレヴェールはフランスの超有名な詩人だよ。一番有名なのは、枯葉っていうシャンソンの作詞かな。後でそれも聴こう。詩集も出版されているはずだから、今度買ってきてあげるよ」
「ありがとう。……陽輔さんはすごい物知りだ」
 映画と演劇に関しては蓮と張り合えるくらいの知識量がある。周乃が惚れ惚れと言えば、彼は目を細めて苦笑した。
「でも、俺はつくったり表現したりはできない人間だからな。こうして出来上がった作品を、観たり知ったり調べたりするまでが限界なんだ」
 瞳の奥にわずかな諦めが見える。彼も昔は子役をしていた。演じる才能がないと自ら悟って引退した者だ。
「俺からしたら周乃のほうがすごいよ。周乃は表現できる側の人間なんだからな。あの世界に少しいたから、周乃に才能があることもわかる。蓮もそう言ってるだろ」
 力強く言われ、周乃は彼の想いを咀嚼するように瞬きをした。
 自分では才能があるかどうかなんてわからない。けれど、演じることは好きだ。それだけは確かだ。
「まあ、そんな俺にも、したい役がひとつだけある」
 ふと、陽輔が紡ぐ。眼と耳だけでなく、心臓も惹きつけられる台詞。
 ……陽輔さんが演じたい役ってなに?
 多大なる興味に恋人は周乃を目で捕らえたまま、ゆっくりと答えた。
「周乃を、天井桟敷という天国から見守り続ける役だよ」
 トスンと心に矢が刺さった。
 ストレートには言わないぶん、強く願い真摯に祈る、周乃への想い。痛みにも似た情熱の矢は刺さった先から身体中に広がっていく。
 瞳が自然と上向いた。大きなホール会場が脳裏にあらわれ、客席から観てくれる陽輔を見つける。高揚感。
 彼の望む役を自分の力で叶えてみたいという、新たな光。
「じゃあ、用意するか。俺も、大画面でこの名作を観てみたい」
 立ち上がった陽輔がセッティングしはじめる。我に返った周乃は一刻も早く映画が観たくなった。
 この作品の中に、もっともっと欲しいものが籠められているかもしれない。言葉にしきれなかった感情をかたちにできるかもしれない。
 映画や舞台には、そうした観客自身の無意識の想いや願いを引き出す力がある。周乃もそれを知っているからこそ、どんなに辛い過去があって引き籠もっても『演じること』だけは今まで捨てきれなかったのだ。
「大好きな映画を大好きな人と一緒に観られるなんて、こんな幸せの極みじゃないか」  戻ってくる恋人の呟きに微笑む。ソファーで寄り添いながら、はじまる瞬間に心臓がトクトクと動いた。
 幕が上がる、白黒のビジョン。手を繋ぐ。大画面に犯罪大通りがあらわれると、周乃は陽輔とともに雑踏の中へ溶け込んでいった。


 ◇   ◇   ◇


 汗で滑らないように爪を立てた。勢いが増した彼の動きを、周乃はただひたすら受け止める。
 恍惚と焦燥。相反する感情が周乃を攪拌している。
 二回し終えても足りなかった。
 家にいたときまで抑えていた情が、夜、陽輔の部屋に入った途端に堰を切った。
 好きな人を想うこと、恋人になってもなお恋しく、繋いでいたいと願うこと。
 普段は周乃が受け身で、陽輔側からもう一度とお願いすることがすっかりお決まりになっていたが、今夜は違っていた。
 すっかり観た映画の恋情にあてられていた。
「あっ、ん! は、あ、あ、ぁあ!」
 強い快感にビクビクと身体が跳ねる。耳元で「もっとして」と訴えた周乃の劣情を彼はわかりやすく応えてくれた。間髪を入れず挑んでくれる肉体に、周乃の乏しい肢体はだいぶ消耗していたけれど、うごめく熱と情はおさまらない。
「ちか、の、」
 彼の一番熱い情が奥を突いて大きく爆ぜた。言葉にしつくせない衝撃的な感覚。
「あ、は、あぁっ!」
 涙を落として嬌声を上げた。生々しく注がれる愛情を飲み込んでふるえる。
「あ、はぁ、はぁ、あ、」
 空気を探すような荒い息遣いを察し、陽輔が挿入している身を離そうとする。周乃は掴んだままでいた手に力をこめた。
「まっ、て、」
 縋るような視線をあわせる。いつもならば理性が戻ってくる。三回目の恥辱ならば尚更だ。けれど、周乃の気持ちは満たされない。
 ……もっと、ずっと、ほしい。
 求めているものは陽輔。彼の体温、彼の息、彼の声。
 動きをとめていた陽輔の目尻が下がった。周乃の言葉にできない想いを汲み取るように、頬に滑る涙を大きな手で拭った。
「いるよ、ここに」
 大好きな声がかたどった一言。
 周乃の身体中に渦巻いていたものが、刹那にピタリと止まった。陽輔は周乃の感情の変化を一瞬で見破ったのか、痩身から身を抜いて抱き寄せる。
「周乃、ずっとそばにいる」
 彼の台詞で、周乃自身もようやく気づいた。
 ほしかったのは、足りなかったのは、愛欲の行為だけではなく、誓いの言葉。
 陽輔は周乃の抱えている劣情の根源を、ちゃんとわかってくれている。
「迷ったり離したりしないから」
 午後観た映画によって引きずり出された感情を察し、彼がゆっくり言い聞かせる。周乃は不思議と自分の腕の力が緩まるのを感じた。焦燥が抜けていく。
 そして、ぬいぐるみを抱きしめるように彼の背へ手をまわした。
 ……陽輔さんは、そばにいてくれる。追いかけなくてもいい。
 彼がくれる当たり前の安心感を、周乃は噛み締める。
 そして、映画の中の彼らを思う。
 名作中の名作、と陽輔が言った意味がやっと腑に落ちた。我を忘れかけるほど、主人公と同調してしまっていた自分。特に男性主人公の立場が役者であるせいで、痛いくらい気持ちに共鳴できたのだ。
 恋の行方。
 身体におさめきれないほどの、想いの行方。
 ……表現しつくせない感情に戸惑って、相手を気遣って、受け身になりすぎて。
「陽輔さん」
 抱きしめ撫でてくれる恋人の名前を呼ぶ。
 ……でも、かたちにしなければ相手には伝わらない。
 彼と出逢い、日々を暮らし、かたちにできる言葉。
「好きだよ、ずっと」
 周乃の紡いだ声に、陽輔の指が止まる。少し身を離してきた彼と目をあわす。
「俺も、周乃が大好きだよ、ずっと」
 微笑みが近づき、くちづけられる。味わうようなキスが柔らかい緊張感を生む。あふれる唾液を飲み込み、周乃はまた身体を広げる歓びに溶けた。
 そして、寝起きの後。
 ああいう映画を観るときは一人で観たらダメだぞ、感情が引きずられるから、俺がいるときだけな、と陽輔に言われ、周乃は気恥ずかしく感じつつ大きく頷いた。




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