* 水曜日【第9話】 * |
「金か?」 動いたくちびるを直視していた夏紀は、その言葉に少し呆れてしまった。金持ちばかりの進学校といわれる栖鳳学園の生徒にそれはないだろう。金で困ったことなど一度もない。 「違います。俺は栖鳳学園の生徒ですよ」 「……なら、なんだ?」 本人も夏紀がなにかしらの目的で脅してきているものだとわかっているようだ。しかし、その理由が見当たらずいろんなことを思い返しているのだろう。男色家で変態にもかかわらず、夏紀の思惑に気づいていない。かたい表情は人良さそうな雰囲気をシャープにしている。 セックスへ持ち込むのは時間がかかるかもしれない。そう思いながら彼の指先を見れば、かすかに震えていた。自分が優位に立っているとわかった夏紀は途端に安心した。 「わからないですか」 「単なる親切心で、ここに来たんじゃないとわかった。……この家を使う権利か?」 「それは近いけど、違います。あと、証拠写真もあるんですよ。男とあなたの。あと、裸の女が写ってるのもありますね」 出せる嘘のカードを重ねると、志村の表情はあからさまに焦り出した。 「彼女のだけはやめてくれ」 これはとても有効な脅迫になったようだ。しかし、夏紀はこの変化に強い不快感をもった。志村が自身よりも彼女を大事にしていることが明らかになったからだ。彼の生活を救いようがないほどぶっ壊したい衝動にかられる。それにはまず、その身体を裸にして犯すことだ。そして自分の痕跡をこの男の身体にはっきり残したい。 「あなたが、俺の言うことを聞いてくれればしませんよ」 志村の態度が夏紀を煽る。自然と言い草が高圧的になった。 「……なにをすればいいんだ?」 「とりあえず、あの部屋を見せてください」 再び沈黙が訪れた。彼はなにも言おうとしない。夏紀は無理に言葉を重ねなかった。慎重にやれば、確実に目的どおりの展開になる。志村の弱みを握っているうえに、ここは彼の持ち家なのだ。逃げようがない。そもそも男とセックスできて、こよなく変態プレイも愛する志村を味方する人間なんて極少数だ。まだ脅している夏紀のほうが世間から見て潔癖といえた。万が一、罪に問われることになっても、不利なのは志村のほうだろう。 数分間を経て、志村がかたい表情のまま立ち上がる。夏紀もそれにあわせて腰を上げた。彼は自分より背の高い高校生を見やることなく廊下のほうへ身体を向ける。 リビングを出て、すぐ左にドアがあった。 「言ったとおりにするんですね」 「……きみが脅しているんだろう。ここだよ」 静かだがはっきりとした声で志村はそう言い、ドアを開けた。 電灯がついて全貌があらわれる。一歩、足を踏み入れると言い知れぬものが胸の内に込み上がってきた。 ここは、知らない人が見ればなんの変哲もない殺風景な部屋だ。毎週水曜日の破廉恥行為を知らなければ、ひとつも特徴がない部屋だった。 フローリングの窓際にはセミダブルのベッド、ドアの手前にはキャビネットが二つ、木製の簡易テーブルと椅子二脚……置かれているものはその程度しかない。しかし、ベッドは窓際を頭にして窓の全面から見える配置になっているし、キャビネットの扉は鍵付きだ。シンプルながら、なんらかの意図をもってつくられた部屋だ。 夏紀は沈黙する志村を置いて、窓のほうへ歩いた。許可を得ることなくガラス戸を開錠して外の風を誘い込む。五月の空気はまだひんやりしている。夜空より黒くそびえるのが栖鳳学園の校舎であり、上をみればなんとなくだが屋上も見える。ここから屋上の覗き位置が確認できるかと思えば、案外そうでもないようだ。学校の屋上から志村のこの部屋を眺めるのも、少しコツが必要だった。屋上からこの室内がよく見える位置は決まっていたのだ。 それにここからだと、日中は逆光で屋上が見えにくくなるのかもしれない。夏紀は志村から見つけられずに済んだ根拠を得て振り返った。もっとも、志村は品行方正な栖鳳学園の屋上から、覗き見をする生徒がいるなどと思いもしなかったのだろう。それ以前に、屋上で授業をサボる素行の悪い生徒などいるわけがない、というのが世間による栖鳳学園生の一般認識だ。 「逃げたり、殴ってきたりしないんですね」 成人男性であればこんな呆気なく高校生の脅迫に屈しない。そんな煽るような言い回しをすれば、志村は声にも色を失くして淡々と答えた。 「そんなもので状況が変わるならとっくにしてる」 「確かに、俺をどうにかしたところで、彼女の裸と変態プレイの流出は避けられないですからね」 「それで、ほかには?」 志村は夏紀の言葉を無視して問い返す。室内に立つ彼の姿は奇妙だ。夏紀が志村に違和感をもつのは、ここで彼の着衣シーンを見たことがなかったからである。志村はここでいつも裸だった。アナルに男性器や性道具を詰めて、扇情的に腰をゆらめき動かしていたのだ。 「脱いでください」 夏紀の一言に、彼は「どうして?」とは訊いてこなかった。さすがの志村も、栖鳳学園の制服を着た高校生の目的が薄々わかってきたはずだ。しかし、命令したとおりに動かない。仕方なく夏紀は直接的に志村を脅した。 「彼女の、裸でヤッてる写真、ばらまかれたいんですか」 男のワイシャツに手がかかった。嫌がる素振りも時間稼ぎもせず、おとなしく服を脱いでいく。Vカットのインナーが取り払われると、白く滑らかな素肌があらわれた。ベルトを外して背を曲げ屈む。窓が開かれた蛍光灯の点る部屋で、志村は臆することなく全裸になった。 夏紀はガラにもなく本気で感動していた。それはこの部屋にあるべき裸体だった。何度も何度も妄想に妄想を重ねていたパーツが、今自分の目前ですべて揃ったのだ。志村の諦観がにじむ表情は気にならなかった。感動は黒い衝動とぐちゃぐちゃに絡まった。 彼の前に立った夏紀は、半ば我を忘れていた。腕を掴んでも志村から抵抗はない。彼の体温が夏紀の熱を上げ、沸騰させ、理性を燃やしていく。 体裁に構っている余裕はなかった。強い力でベッドに志村を倒す。バランスを崩した彼がスプリングに跳ねた。それすらも支配するように、夏紀はぶら下がった制服のネクタイを引き抜いて覆いかぶさった。さすがに抵抗しようと腕を動かす志村の両手首を捉える。骨がきしむほどきつく握った。 「イッ……ッ!」 「かわいい彼女を守るためなら、なんでもできるんですよね」 痺れたように震えた志村の隙をつき、ネクタイで鬱血しそうなほどきつく両手を縛った。志村が慌てたように腕を引っ張りあっても外れない。脚の攻撃がはじまる前に、夏紀は胴体を掴んで無理やりうつ伏せにする。彼の膝を自分の体重で封じながら太股を持った。男特有の骨ばった感じはあるが、弾力があってすべすべしている。 彼の筋に力が籠もったのは皮膚を通してわかったが、権力を教え込むようにもう一度志村を上回る力を見せ付けた。握力にはそれなりに自信がある。きつく掴んだ部分には手形が残るかもしれない。志村も、押さえ込む強さに太刀打ちできないと身を呈してわかったのだろう。夏紀のなすがまま、膝を折らされて腰を浮かせた。 彼が裸になってから、ひとつも反論や罵倒は出てこない。体力で勝ち目のない相手に、なにを言ったところで行為を助長させるものにしかならないと知っているのかもしれなかった。夏紀は彼が無言のままでもよかった。もともと屋上で見ていたときも妄想で犯していたときも、無声であることがほとんどだったのだ。 それよりも、実体化した感触や匂いはたまらなく夏紀を刺激した。 電灯の中で彼の双丘を押し開く。突っ込める穴はひとつだ。最後の抵抗のようにかたく締まっている箇所に、夏紀の欲望はいきり立った。最後の抵抗を潰すように、制服から出した性器をねじ込んだ。 「っ、ッア! ……ッ、イッ! タッ、」 先端から濡れてもいないところへ埋め込む作業は、はっきり言って骨が折れる。逃げようとする尻を叩いて、抵抗を殺す。アナルは使い込まれていても、こんなにきついものなのか。男の穴へ慎重に押し入ってからわずかに身を引く。彼の声が上擦った。 「あッ、イッッ! っう、……ッ、ハッ、」 縛られた手で握りこぶしがつくられ震えている。かなり痛いのだろう。しかし、その姿を見ても不思議と夏紀の良心は痛まなかった。冷たくなる腰を抱えるようにして、太股を撫でながらまた少し埋めていく。 「ハッ……くッ、あッ……ハッ、あッ!」 男根の三分の一が入った頃から、妙に進行がスムーズになった。男が身体をびくつかせながらゆっくりした呼吸をしようと努めている。協力的になったのかと、そのまま一気に押し込しだ。 「や、ッア! ッ、んぅ!」 嗚咽を飲み込むような声は嬌声と言いがたい。しかし、根元までしっかりと埋め込まれた悦びに夏紀は舞い上がっていた。屋上で延々眺めていた男の腹の中に自分の証をおさめたのだ。欲しいものが手にはいった瞬間と等しい。 無理を強いられた男は、アナルファックに慣れていても前戯がないから痛いのだろう。ほどなく夏紀の手にぬめったものが伝ってきて、彼の内股から手を離す。電灯の下で見ると指が赤いもので染まっている。強引な挿入に、薄い皮膚が裂けたに違いない。しかし、夏紀は血を見ても行為をやめなかった。かわいそうだが、これのおかげで動きやすくなった。深紅の体液に少し感謝して腰を揺り動かす。 「イッ……アッ……ッ……ゥンッ」 痛がるように呻く志村の中で、夏紀は時間をかけることなく簡単に果てた。きつく包まれて、なんの心配をする必要なく体内へ射精できる男の身体に新たな魅力を発見する。 次は屋上を見ながら中に出したいと思った。一度ゼロまで下がった性欲は、高校生らしくすぐに回復していく。夏紀は小突くように志村の身体をベッドから追い出した。力の抜けた男の身体はいくら細身でも五〇キロ以上はあるだろう。右肩を打ちつけるようにして床へ身体を落とした志村は、薄い呼吸を繰り返している。縛られた腕で無理やり犯され、動く気力はなくなったようだ。 夏紀は邪魔な服を全部脱いだ。制服のワイシャツには志村の血が点々と染まってしまっているが、ブレザーを着れば隠せるはずである。スラックスからスマートフォンを抜き取って近間に転がせておく。後で撮影するためだ。 人形のような志村の身体を窓際に寄せる。緩い風が二人の肌を撫でた。夏紀はベッドにいたときと同じような体位をつくらせて、勃ち上がった欲をまた思う様突っ込んだ。二回目はより柔軟だ。志村も観念したのか、痛みを極力生み出さないように息を長く吐いている。 腰をゆっくり動かしながら夏紀は屋上を見た。達成感と征服感が一気に熱をヒートアップさせた。先週まで、ただただ屋上から見ることしかできなかった自分に伝えたい。 志村則之をモノにした! 念願のこの部屋で、変態男を犯している! ……目標は叶ってしまえば終わりになる。しかし、夏紀はこの身体を一度かぎりのものとして捨てたくはなかった。外に向けて突くように律動を続け、大きな優越感とともに彼の奥へ射精する。夏紀は息を整えながら、ぐったり横たわった志村を仰向けにした。 彼は泣いていた。感情的なものか生理的なものかわからない。焦点をあわせず虚ろなままこぼれる涙に、夏紀は少し良心を取り戻した。ちょっと自分本位すぎたかもしれない。妙な罪悪感が生まれる。 志村の身体は血と体液で汚れていた。それが一層哀れさを演出して、夏紀は自分でしたことながら、穢されたあとを辿る聖者のように両手でやさしく腹部へ触れた。薄い肌と骨をなぞり、質感を味わうように撫でる。こんなふうに男の皮膚を触ってみると、案外好みの質感だった。滑らかでひんやりしている。 手で感じるだけは物足りなくなって、夏紀は身を屈めた。舌を使う。わずかな汗のにおい。上下する胸から鼻先で乳首を探して舐めた。肌が一瞬強張る。またなにごともないように呼吸をはじめたが、舐めていれば今までのものと反応が違う気がした。 男でも乳首は感じるものなのか。そう思いながら、しつこく吸ったり噛んだりする。弾力を持ちはじめた片乳を指でいじりながら、もうひとつのほうへ舌をはわせると、我慢できなかったように肌がぴくぴく動いた。 こんな状況で、とうとうこの変態は感じはじめたのかもしれない。志村の震え方と吐息が変わった。女を扱うようにやさしく愛撫すれば、息の合間に声が洩れはじめた。 「んっ、……ふ、……うっ……んッ」 甘く鼻につく吐息に、夏紀の性器も反応した。もっと声が聞きたい。夢中になって乳首をしゃぶる。 志村の感じるような声と尖った肌で完全に性欲を取り戻した夏紀は、舌で乳首を突付きながら股の裏を掴んで男の腰を浮かした。白と赤に混ざった体液があふれる箇所に、もう一度ゆっくりかたい肉を押し当てる。志村の痛がる表情とは裏腹に、そこは夏紀をやさしく食んだ。身体を揺らしてしっかり硬い茎を埋め込み、上半身を起こす。 前の二回がバックだったせいか、正常位は新鮮だった。相手が男であることにショックはひとつも生まれない。結合部分を確認する。体液でぐちょぐちょに塗れている奥で、型がはまったように肉と肉がきっちり吸いあっている。その手前にある志村の性器が色づいているのに気づいた。 彼の射精シーンが見たくなって片手で捕まえ、あやすように撫でる。びっくりしたように志村の肢体が揺れた。上下にスライドすると思った以上に早くかたくなる。 「んっ、んっ、ッ、や、め、」 虚ろだった志村の瞳に光りが戻っていた。焦点をようやく夏紀にあわせた彼は、下半身の交接を見てさらに大きく戦慄いた。幼い子どものように身体をよじらせるので、また強く男根を埋めて竿をしごく。 「く、ぅんッ、や、や、だ、……いっ、あ、あ、んッ、」 あからさまに喘ぎだした志村は、かたく目を閉じて快楽を貪っているように見えた。真性の男好きで変態なのだろう。無理やり犯されたところからはじまっているのに、今では感じている。 しかしその変化に、夏紀の心も大きく揺すぶられていた。思った以上に、志村はいい身体をしている。彼の肌が夏紀の皮膚ととてもよく馴染むのだ。嫌がる声もいい。鼻にかかった喘ぎ声もじわじわくる。彼の脚を自分の腰に巻きつけるように促せば、素直に従ってくれた。 くちびるを薄く開けて、眉を寄せる。触れば触るほど夏紀を中にくわえて収縮する。 これは撮らなければ、と思った。一回目より二回目、二回目よりも三回目だ。片手で志村の身体を支配しながら、夏紀はスマートフォンに手を伸ばした。運良く掴めるところにそれはあった。 器用にカメラ機能を扱う。写真ではなく動画で撮ることにした。 「ん、あッ、ア、やぁ、は……っあ、あ、っん、」 「感じてんだろ、ほら、もっと喘げよ」 夏紀がようやく発した台詞に、志村は目蓋を開いて瞳を動かす。すぐ撮られていることに気づいたようだ。血相を変えて逃れるように身体を動かしてもどうにもならない。緩く出し入れしながら、男のものをしごく。眉を寄せて顔を逸らしても無駄だ。 「ふぁ、イ、や、やだ、あ、ヤッ、あ、イ、くッ……あぁッ!」 腰を上へ押すように、彼は艶かしく夏紀の手の内で白濁を飛ばした。その揺れる腰に一度目と二度目の比ではなく興奮した。夏紀はスマートフォンを無意識に放り出して、彼の脚を抱える。撮っている場合ではなかった。激しい情動に身をまかせて、鋭く彼の中へ何度も打ちつける。 「あッ、ン! ッん、ぅ、あ、あ、ぁん!」 志村の反応は、もうレイプされている男の様ではない。体液と肌が当たる音に、志村の乾いた喘ぎが洩れる。 「いっ、あ、ぁんっ、あ、あ、ッ、はッ、あ、あ、」 涙をこぼしながら夏紀の性欲を搾り取ろうとする姿に、負けじと己を突き立てて中に力強く精を吐き出した。 「んッ! あッッ……ンッ! ……はぁ……ん……ぁん」 身を抜くと、ずるりと志村の細い脚が床に伏せた。苦しげに息をする彼のそばで、夏紀は思い出したように体液の散った液晶を取り上げた。ぐちゃぐちゃに汚れた接合部分と虚ろな容貌を撮る。 腕の力を抜くとやりきった感で、しばし動けなかった。志村は夏紀の若い体力に完全に翻弄されたのか、息するのも辛そうに目を閉じている。全開の窓から、また風が通るのを感じた。窓の先を見る。夜の屋上に人はいない。 夏紀は己の身体に鞭を打った。動かない男からネクタイをとって、立ち上がる。体液に濡れた身体にかまわず制服を着た。 そして、リビングへ戻る。目に入ったキーケースを素早く掴んで玄関へ向かった。一度玄関ドアを開けて、どれがこの家の鍵か調べる。三つ目でこの家のキーが見つかり抜き取った。またリビングへ今度は荷物を取りに行く。 その途中で男のことが気がかりになり、ドアから蹂躙された部屋を覗いた。 細く白い身体が、窓に正面を向けて呆然と座り込んでいた。床は体液でテカッていて、血と傷で汚くなった背中は身じろぎもしない。壊れた人形のようだった。それに体温があると知る夏紀は、白く紅い舐めたくなるような背中から視線を無理やり引き剥がす。 リビングにキーケースを戻して、バッグと上着を取ると夏紀は迷わず玄関へ向かった。ドアを開けて閉める。そのまま帰宅してもよかったが、あえて奪ったばかりの鍵をドアへ差し込んだ。それは快感を伴った。彼を自分の中に閉じ込めるような心地で捻る。 カチャン。 恍惚の音を、夏紀は手のひらの中で聞いた。 |
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