* 水曜日【第21話】 *


 半ば告白したような状態だったにもかかわらず、則之からの返答は一切ナシだ。それでも、夏紀の想いに否定や拒否がなかったことはひとつの幸いといえるかもしれなかった。
 慶介とかいう男がやってきた日は、一悶着を起こしてから則之のほうが夏紀の身体を離さなかった。すべての言葉を圧するように、前夜汚した部屋で永いこと快楽に溺れた。同情かなにか知らないが、則之はとても奉仕してくれた。夏紀も則之から性的に尽くされて素直に嬉しかった。
 だからといって、夏紀には則之の心情がまるでわからない。
 あの後、お盆帰省を迎える前にもう一度日を彼の家に泊まったが、妙にぎこちない雰囲気が続いた。最低限の会話しか生まれず、則之は常になにか考えている様子を見せる。でも、ただ無視されているわけではなく、ときどき則之から強い視線をもらう。なにか言いたげであり、夏紀からなにかを見定めているようにも見えた。
 夏紀は、あの日を経験してからというもの、変に手出しも口出しもできなくなってしまった。関係がこじれかけた直後で、また同じことが起きるのは恐い。それに、見切りをつけようとした自分と、則之に愛されたくてたまらない自分を本人の前で曝け出してしまったのだ。則之に出会う以前の自分が知れば反吐が出そうな行動だった。文字通りの迷走だった。
 とりあえず、則之は出て行こうとした夏紀を引き止めてくれたし、憤る慶介とかいう男から庇ってくれた。則之がフランス語を学んでいたことも偶然ながら、ひとつの共通項を見出したようで嬉しかったし、間接的な告白の後に彼は自らの身体を使って丁寧に尽くしてくれた。だから、嫌われたわけではないと思う。
 ……そうやって、恋に落ちた乙女のように「嫌われていない」と思える理由を集めてホッとする自分の程度の低さが本当に情けない。
 まるで夏紀らしくない。
 春まで遊んでいた年上の女たちに知られたら、そう言いながら笑うのだろう。やっぱり高校生なのね。そういう声も聞けそうだ。
 もっとスマートに余裕を持って恋愛を楽しむ。それが則之の前ではどうしてもできない。自分のことをどう考えているのか訊く勇気もない。夏紀も自分の矜持を守るのに必死だ。
 則之の帰省前の一夜も、結局彼の気持ちを確かめる術としてセックスに頼らざるを得なくなった。終電が過ぎ去る頃に意を決して「親のところに帰省するなら、やらせろ」という、どうしようもない子どもじみた理由を則之に押し付けた。すると、彼は夏紀のワガママにぎこちない雰囲気を崩した。夏紀の「やらせろ」発言を聞いた途端、彼は笑ったのだ。呆れたような微笑だったが、則之は風呂上がりの肢体を躊躇いなく開いてくれた。
 ボディーソープの香料が残る肌はいいにおいがして、夏紀は興奮ともに吸ってたくさんしゃぶった。数日間だけでも彼が遠方へ行くという事実が、夏紀の行為をしつこくさせた。気持ちよさそうに喘ぐ彼の奥にアナルビーズを詰めながら、夏紀の雄を咥えさせた。
 性的に屈折した彼とのセックスはやはり具合がよかった。則之の愛撫は丹念だ。男の性器が本当に好きなのは表情でわかる。顔に射精すると、かけられた体液に笑って舐めてくれた。かわいいなと思う。自分のすることに感じてくれて嬉しい。笑ってくれたり甘い表情を見せてくれたりするとあたたかな気持ちになる。
 一〇歳も年上の同性の変態に、自分は明らかにのめり込んでいる。
 それは重々自覚している。しかし何度その理由を探しても、ただ則之が好きで好きでどうしようもないだけなのだ。
 則之は予定どおり、夏紀とセックスをした翌々日に親元へ帰省した。夏紀は置いていかれたような気分になった。あらかじめ決められていたことだが、都内に則之がいないのは寂しかった。則之が帰省直後に送ってくれた、四日後には帰ってくるから、という文面を夏紀は懲りずに幾度も凝視した。
 夏紀の家族三人は、則之の帰省した次の日に揃って海外旅行へでかけた。帰省する則之を見送れなかったのも、家族がその日に夏紀の誕生日会をどうしてもしたいと言って譲らなかったせいだ。誕生日会をするのと、海外旅行先で祝うことが二者択一だったから、夏紀は仕方なく前者を選んだ。彼らは夏紀に見送られて羽田国際空港から飛び立った。来週まで帰ってこない日程だ。弟の明良は「一緒に行こうよ」と出発ロビーで懲りなくせがんでいたが、最後まで兄は首を縦に振らなかった。国外に出たい気持ちは一切起こらない。これ以上則之が遠くなってしまうのは嫌だ。
 田舎へ帰省した則之は、家を好きに使っていいと言っていたが、そうするつもりは毛頭なかった。則之のことは狂おしいほど好きだが、彼が帰ってこない家に用はない。夏紀はひたすら待つことに徹した。こんな立場を自分が甘んじて受け入れていること自体が、自分らしくなく奇妙だった。
 今までの恋愛や遊びの中で、これほど我慢の強いられたことはない。辛い気持ちを抱えることもなければ、不安を感じることもなかった。それも則之と出逢ってすべてが覆された。会えないと不安で寂しい。彼にどう思われているのか知りたいが、訊くのが恐い。
 一人残った広い自宅で、則之と会える日を待ちながら学校の宿題を黙々とこなした。頭の良い夏紀なら、五日あればすべて終わってしまう内容だ。独りになって考える時間が増えると、則之のことばかり考えた。
 自分にはもう、則之を捨てることはできないだろう、と思った。
 間接的でも、彼へ想いを伝えてしまった。あのときに、ミイラ取りはミイラになったのだ。
 今にして思えば、慶介がやってきたときに彼を殴って出て行こうとした自分の衝動が恐ろしい。あのとき則之に引き止めてもらえなかったら、今頃ひどい後悔の念で狂いそうになっていたかもしれない。則之の気まぐれに近いような行動で、夏紀の未来が救われたのだ。則之の行動には感謝したくなるし、それ以上にまた似たような諍いを起こして則之に幻滅されるのは恐かった。
 ただ、あのときの諍いで彼の家出て行こうとした瞬間だけは、本当に則之を軽蔑していた。くだらない幸せを求める則之の小市民っぷりにすっと気持ちが冷めたのは確かだ。
 則之の願う安定志向と妙な劣等感。それは夏紀にはわからない質のものだが、……もしかしたら、則之自身も乗り越えたいと思っている部分なのかもしれない。そうでなければ、普通に家庭がほしい、女性と結婚したいと言いながら、同性の夏紀を引き止めはしなかっただろう。
 引き止めてくれた彼の腕は強く、夏紀を真っ直ぐ見た瞳はすがるような愛惜があった。なぜか泣きそうな顔をしていた。あの表情は罪だ。大好きな人にすがられてしまったら、夏紀は振り切れない。
 重ねられたくちびるを合図に、愛しい彼を貪った。則之の屈折するかわいそうな部分も、あの瞬間から夏紀にとって愛しい部分となった。元々則之の鬱積が集中した水曜日に、夏紀は屋上で彼を見つけてしまったのだ。則之の弱い部分に惹かれなければ、彼を脅して犯すことなどしなかっただろう。
 はじめからリスキーだとわかって、夏紀は則之と出逢った。セックスすればするほど彼が恋しくなった。
 今もどうにかして則之を自分だけのものにしたい気持ちはある。好きだから独占したいのは当たり前だ。しかし、則之は普通の人間ではなかった。彼にそれを求めるのはハードルが高すぎる。なんせ彼には夏紀の知りうるだけでも、恋人の美加子をふくめて三人も肉体関係をもっている人間が存在するのだ。
 たとえ、そいつらをなぎ倒して自分だけ見てもらうように仕組んでも……則之には貞操感覚が低い快楽主義な一面があった。夏紀一人だけでは満足できず、また他で新たな関係をつくってしまうかもしれない。
 それに、独占するために全員をなぎ倒したら、則之自身も離れてしまうだろう。則之は変態でありながら人間関係を大切にしたがる傾向がある。彼に嫌われることをするのは避けたかった。夏紀のほうが、ある意味で大人にならなければならなかった。
 ……もう、あの身体に触れられるだけ、ましなのかもしれない。
 今はそう思うしかないような気がした。夏紀のセックスを、則之は必要としてくれている。ずっと身体だけの関係になるかもしれないが、それでも全部なくなってしまうよりはいいのかもしれない。
 夏紀は自宅で独り何度も理性的な自問自答を繰り返した。贅沢なことを考えるのはやめようと思った。
 ちょうど、そんなふうに気持ちの整理がつきはじめた頃、知らない番号から電話がきた。
 しかも、田舎にいる則之から、「予定通り帰れるから。来週またうちに来ていいよ」と了承の連絡がきて安堵した三〇分後のことだった。ちょうどいいタイミングに、いつもは知らない番号を無視する夏紀もコールを取った。
 電話は、西條兼次という野太い声をした人物からのものだった。男の名前に、夏紀はすぐピンときた。相手がどうやって夏紀の携帯ナンバーを知ったのかはわからない。しかし、会いたいという兼次の言葉に夏紀はひとつ返事で承諾した。電話越しで男は早くも怒りをはらんでいたが、夏紀も一度彼と会ってみたかった。則之と長らく肉体関係をもっている男の一人だったからだ。
 彼とは、ネオンきらめく繁華街の一角で会うことになった。彼に指定されたバーは夕方から開く。その営業開始一時間前に指定先へ訪れると、タトゥーを掘り込んだガタイの良い男がカウンター内に立っていた。それが兼次だった。未成年だからアルコールはいらない、と言ったにもかかわらず、彼はウイスキーの水割りをドンッとテーブルに置いた。正しいことを言ったのに、生意気だと思ったらしい。
 前に押しかけてきた慶介とかいう男に勢いが似ていると思ったものの、兼次は動作のわりに冷静な話し方をした。だが、彼が話していた内容はひどかった。兼次は夏紀に有無を言わせず「則之の貞操がいかに低いか」を、延々と語りはじめたのだ。
 不特定多数と関係して荒れていた話、悪い男につかまって開発された話、売春めいたことをしていた話、仲間内にレイプされた話。はじめは、則之のことで幻滅させるためのくだらない戦法として聞いていたが、太股の焼け痕が集団強姦で押し付けられた煙草の痕と知り、それを救出した兼次の武勇伝にはイラッした。犯したやつら全員をぶちのめしたという目の前の兼次に嫉妬した。夏紀は自分のしたことを棚に上げて、則之をレイプしたやつが目の前にいたら殺していると思った。いっそ自分が則之を救いたかった。
 兼次はその栄光を引きずっている。則之のどうしようもない過去を勝手に暴露して、レイプから彼が自分の家以外でセックスできなくなったという余計なトラウマまで語り、最終的に「ガキのおまえに則之は釣り合わない」という一言が下された。
 すべてがアウェーの夏紀は「それは則之さんが判断することですよね」としか言えなかった。兼次は黙ったが、若い夏紀の苦悶が隠しきれていない表情に満足したようだ。バーを出るときに、「則之、とうとう元カレの馨とセフレを解消したってよ」と兼次に追加攻撃され、イラつきながら扉を叩き閉じた。夏紀は馨をよく知らなかった。屋上で見たセフレ男の一人だとは、前に則之に問いただしたのでわかっている。しかし元カレだとは知らなかった。黒い感情が暴発しそうになるのをなんとか抑えて帰宅した。
 則之が目の前にいたら、これでもかというくらいのプレイで犯している。そう悶々としながら、つい前に撮った則之の動画や画像を見た。すぐに本人に触れない苛立ちにPCのコードを引っこ抜いた。床についても寝られない。この一週間で則之の男たちがざくざく出てきたのだ。しかも、問いただそうにも本人は東京にいない。どうしようもないほど最悪な気分が続いた。
 それから二日間は不快感が解けず、ひどい寝不足に陥った。夏の課題があと四分の一残っているが見たくもない。救いようのない感情に振りまわされて、やがて則之に会いたいのか会いたくないのかもわからなくなった。どちらにせよ、二十日になるまで彼には会えない。夏紀の心は疲弊した。
 八月二十日。特別な日でもないが、夏紀にとっては自身の誕生日だった。家族が海外へ連れ出そうと再三勧誘してきたのも、旅行日程と夏紀の誕生日が重なっていたからだ。
 ところで、夏紀は自分の誕生日に興味がなかった。母親が亡くなってから、八月二十日は特に代わり映えのない一日だ。十七歳から十八歳になる程度の出来事だった。そんな日を男絡みでくさくさしながら迎えることは、さすがに去年の自分も想像していなかっただろう。
 ろくに眠れない日々から誕生日当日、朝から疲れた顔で夏紀は洗面台の前に立った。
 鏡に映る自分。目元には大きな隈がある。受験勉強の結果にできた隈なら名誉だが、色事のいざこざが起因しているなんとも不細工な顔だった。しかも、同性の志村則之という変態に愛されたいと願う挙句にできた隈だ。救いようがない。諦めるように息を吐いて、夏紀は顔を洗った。タオルで拭いて服装を考える。
 ……でも、ようやく則之と会える。
 そう思うと自然と気持ちは落ち着いた。則之のせいで数日を無駄にした夏紀だが、時間の経過で少し冷静さを取り戻していた。結論は、なにが起きようが則之を失うことなどありえない、この一言に尽きた。
 とりあえず今日は則之に会う。話はそれからだ。彼の家で彼に会えば、少しくらいゆっくり寝られるようになるかもしれない。則之に触れたら、身体をつないだらきっと安心できるに違いない。
 自室に戻ると、スマートフォンに新着通知が届いていた。一昨日の夜、則之は都内へ戻っていた。翌日は朝から仕事だから泊まりにくるなら公休の前の日にしてほしい、という連絡が着たので今日の夕方くらいに則之の家へ行こうと考えていたのだ。だから、彼から通知が着たかと、夏紀は素早く画面を動かした。
 しかし、慣れない名前が目に飛び込んできた。夏紀は首をひねった。女からだ。
 市川香奈枝? ……ああ、リナの妹か。
 そう思った途端、懐かしいものが爽やかに心を抜けていく。それは久しい名前だった。
 ゴールデンウィークのときに別れた夏紀の元恋人、リナこと市川利奈の一つ下の妹からの通知だ。そういえば昨夜日付が変わった頃から、ぼちぼちとSNSから連絡が届いていた。友人や元遊び相手たちから送られてきたのは、どれも「誕生日おめでとう」を伝える文面だ。夏紀の誕生日を知らない則之からは、祝いの連絡が来ることはない。別に彼にそうしたことは求めていない。
 夏紀は誕生日SNSが連なる画面をスクロールしながら、四月以前の自分と以後の自分の変わりようを思った。今は連絡をくれた全員が懐かしい存在だ。柏木など同級の友人に至っては、また学校がはじまれば毎日会うというのに懐かしかった。夏紀の歩いてきた道は、気づけば随分周囲と違えてしまった。しかし、そこに後悔はひとつもない。
 夏休みに日本に留まっていたのなら、少しくらい学校の友人に会う機会を設ければよかったかもしれない。大学受験を控えている友人たちは、旅行などせず家にいるのだろう。夏紀も則之の家によく滞在していたのだから、一度くらい近所に住んでいる守屋あたりと会えば気分転換になってくれたかもしれない。でも、皆忙しくしているかもしれないと思いなおした。夏紀と違って周囲は受験勉強に真剣なのだ。予備校の夏期講習や家庭教師を臨時で雇う話を終業式前に聞いていたし、今回連絡をくれた市川香奈枝の姉である利奈も、大学受験を理由のひとつにして別れを告げてきたくらいである。夏紀のように少し勉強すれば日本でトップレベルの大学へ合格できる能力を持つ者は稀だ。皆は地道に努力しているのだろう。市川利奈も部活を引退して受験勉強に精を出しているはずだ。
 数年前のことように懐かしく彼女のことを思いながら、妹のSNSを読む。内容は、やはり夏紀の誕生日を祝う言葉からはじまっている。香奈枝は高校二年生で吹奏楽部にいると知っている。姉妹は仲がいい。夏紀は市川利奈の妹とも何度か会ったことがあって、アドレス交換もしていた。
 彼女の連絡は、こう書かれている。
 少しお話したいことがあります。いつでもいいので、ちょっとだけ会う時間つくってください。受験勉強で忙しいときにゴメンナサイ。
 文章の周りには女子らしい絵文字がちょこちょこ動いていた。一度見たことのある美加子のSNSより絵文字の使い方がうまい。夏紀はくだらないことを思い出して目を細めた。
 則之も結局まだ美加子というつまらない女と別れていない。女どころか男たちとも関係をいまだ続けている。則之が夏紀を差し置いて他で関係を続けているのだ。夏紀も香奈枝の誘いにのったところで浮気にも裏切り行為にもならないだろう。
 そもそも、則之に浮気という概念があるのかすら怪しい。
 春にリナとサユリに二股をかけていた事実をすっかり棚にあげて、夏紀は考えた。ちょっとの時間でいい。同世代の女子高校生に会ってみるのは悪くない。軽くお茶するくらいなら気分転換になるだろう。そう結論づけて「今日、少しだけならいいよ」と夏紀は返信した。女と会う気があるのも今日くらいだろう。また則之と面をあわせてしまったら、自分が則之のこと以外どうでもよくなるのは目に見えている。
 夏紀の気まぐれに、香奈枝は飛びつくような早さで返してきた。高校生同士のSNSやり取りは社会人のそれより格段テンポが速い。あっという間に二人は会う場所と時刻を決めた。夕暮れ前に、栖鳳学園の最寄り駅前。市川香奈枝・利奈の姉妹が住むのは、この二つ先の駅だ。
 一時の間だけ、夏紀はリナと付き合っていた日々のことを思い出した。同時期に重ねて付き合っていたサユリという女子大生のこともうっすら頭に思い浮かんだが、あの当時どちらが好きだったのか今問われれば、リナのほうだったと答えられる。リナとは不思議なことに肉体関係はなかった。好きだったが、そういう気持ちはあまりなかったし、彼女のほうも同じような感覚だったようだ。そういう雰囲気になればセックスはしたのだろうが、残念ながらその機会は起こらなかった。性欲はサユリで解消していたようなものだ。
 今となっては、二股も女もありえない話だった。則之が手の届くところにいるかぎり、則之以外に愛を注ぐなんてありえない。夏紀はキャビネットを取り出して服を選んだ。鞄に必要なものを詰めて、外へ出る。衣服はいくつか則之の家に置いてあるから荷物は少ない。図書館、カフェと時間ごとに活動場所を変えた。課題が少し進んだのはよかった。
 夏は盆を過ぎたとはいえ、高気圧と蝉の鳴き声に溢れていた。夏紀の住む地域と栖鳳学園周辺はわりに木々が多い。夕刻前、夏紀は駅のホームに足を踏み入れた。蝉の声とともに電車が動く音がする。軽やかに階段を降りて改札口に定期券をかざした。
 待ち合わせ時間まで一〇分ほど時間がある。コンビニエンスストアに寄ろうと思えば、名前を呼ばれた。




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