* 水曜日【第23話】 * |
「ぅ……ん、……ん、ふ、」 口内に残ったねばつく甘み。二人の唾液と絡んでくちゅくちゅと音を立てる。 不自然な体勢は長く保たず、則之は夏紀の筋力と重力に負けて倒れた。ケーキが彼の横で頼りなく揺れる。小鳥のようなキスと貪るようなキスを繰り返して離すと、則之の片腕は生クリームまみれになっていた。そばのケーキに当たっていたようで、三分の一が崩れている。 しつこいくちづけを受けて呼吸する則之は、下半身の衣服が邪魔になったことに気づいて、夏紀の下でベルトを外しはじめた。その甘く汚れて動く腕にくちびるを這わして、生クリームを広げるように舐める。夏紀の妨害を制しながら、彼は下着とともにスラックスを床に落とした。それを合図に、夏紀も崩れはじめたケーキの上部をさらうようにすくって、則之の下腹にぶちまけた。乳首を舐めたかったが、食べ物の生クリームに陰毛が絡んでいる様が卑猥でそそられた。 それを見たくて身体を起こしたまま、生クリームのべっとりついた手で少しかたちのついた則之のモノをしごく。直接的な刺激で、彼は痺れたような声を出した。今日は反応がいい、と、回数を重ねているぶんだけ直感的にわかる。夏紀も絡みつく生クリームに心を躍らせながら、彼の最奥の入口へ指を辿らせた。ひくつくアナルに生クリームを塗ると、ろくに愛撫されていない身体は早くも快感に満ちていた。 「ふ、あ……ッん、ぁん!」 ぬちゅ、ぬちゅ、と音がするたびに生クリームは則之の裸体に染み込んで甘いにおいを放つ。夏紀はもう一度いっぱい生クリームを手ですくって彼の性器と穴にべっとりつけた。ふんわりした白にまみれるそこは、則之の体温で少しずつとろけていく。間近に見たくて、夏紀は体勢を変えて、その部位に集中した。そのときにケーキからとったイチゴを穴の中に一粒押し込む。冷たい異物の感覚に、則之の身体が少しおびえる。入ったのはイチゴだと伝えた。 イチゴと指で、則之の中を弄ぶ。そばで性器が勃起するのと生クリームが溶けていくのを見ていると、彼が実に美味しそうに見えた。試しに彼の竿を舌でなぞってみた。想像どおり甘かった。「あンッ!」という叫びのような声にあわせて、則之の身体がふるえはじめた。 これまで夏紀がフェラチオをすることはなかった。はじめての体験に性器と穴が大きく反応する。それが面白くて、しつこく性器を舐めた。 「あっ、や、あッ、あッ、まっ、て……ッ」 のけぞるように喘ぐ彼の根元からぎゅっと強く陰茎を握る。体内で暴れる快楽に、びくっびくっと則之が痙攣のように動いた。出てきそうなイチゴを奥の奥へ中指で押し込みながら夏紀は言った。 「んっ……く、ぅ」 「まだ、出すなよ」 ひくひくする身体は、言うことを聞いているのか。 「イチゴは出さないで、精子出して」 その命令に、則之はシーツをつかんで正しく従った。尿道から飛び出す精液を見届けて、それをへそ付近の生クリームとまぜる。 「も、……や、だし、て」 則之の呼吸にあわせて漏れた嘆願に、夏紀は笑顔を見せた。 「出したい?」 そう訊くとすぐに頷く。夏紀は彼の足首をつかんで片脚を広げた。甘いにおいがむわっと広がる。その奥の穴を人差し指でさすれば、うずうず期待するようにアナルが開いて、指にイチゴの面があたった。 「イチゴ、はみ出てきた」 夏紀はそう実況しつつ、ツンツンとイチゴを押す。 「ひっ……く、ん」 則之は我慢できない表情でくちびるを噛んだ。かすかに尻と太股がふるえている。出していいですよ、と言ったとたん、イチゴはポロッと産まれ落ちた。夏紀は新たなイチゴを取る。疲れたように息をする則之の下腹部で混ざる精液を、イチゴに塗りたくって本人の口許に持っていった。彼は素直にそれを半分かじった。咀嚼して飲み込む姿に夏紀も理性が途切れて、則之の歯型がついたイチゴを口に放り込んで食べながら、勃起した性器を彼の中に突っ込んだ。 律動すると、生クリームのせいでぐじゅぐじゅ音を立てて泡ができる。 「あ、あ、あ、ぃい、ぁん! ぁん! ぁあ!」 一番好きなものをもらえた喜びか、則之は甘えた声で腰を揺らす。興奮のあまり、夏紀はすぐ彼の中で果てた。 身を抜くとときに「もっと」と乞う言葉を聞く。則之からのめったにない言葉の催促から、夏紀のテンションはすぐにあがった。生クリームを互いの身体に塗ってそれを舐めあう。夏紀のべたべたになった手を熱心に舐める則之は、頬にクリームをつけてまるで子どものようだった。 その様子に、夏紀はとうとう「かわいい」と則之を称した。すると、彼は、えっ、と驚いた後、はにかむように笑う。照れるところもかわいくて仕方がない。 「あんたを、もっと食べたい」 夏紀が甘えるような声で言うと、則之は自分から新たな生クリームを両方の乳首にぬった。 「いっぱい、食べていいよ」 薄い色をした突起は、何度舐めても甘かった。甘ったるいにおいで則之の身体がまるごとケーキになったような感覚に陥って、床に落ちていたラッピングのピンク紐で、彼の陰茎にリボン結びをする。本当に則之が自分のプレゼントそのものになったようで、味わいつくすように没頭した。 「っあ、あ、い、いい、っあ、……な、つぅ、あ、あ、んッ」 あらゆるものがとけていくようだ。ずっと触って埋めていたい。ずっと則之とつながっていたかった。いっそ、今日が一生終わらなければいい。 じっくり彼を見たくて騎乗位させる。夏紀の身体の上でゆっくり裸体を起こし、則之は腰を使って中のクリームと体液を撹拌する。エロい、かわいい、と何度も太股を撫でまわす。すると、嬉しいのか夏紀をくわえる穴はきゅっと締まる。薄目を開けて唾液を垂らして、溺れるように律動する痴態が愛しい。 「好きだ、則之、好きだよ」 たまらず夏紀が本心を口にすると、喘ぎながら動く彼の耳に届いたのか、びくん、びくんと身体を大きくふるわせた。彼が吐き出した精を見て、夏紀は本心に呼応してくれたような激しい衝動を起こさせた。上に乗って浅く息をする則之を勢いよくベッドに押し付けて、身体をつなげた。好きだ、好きだ、と言いながら想いを何度も押し付ける。則之は夏紀の胴に腕と脚を巻きつけてすすり泣いた。 獣のように彼へすべてを注ぎ込んで、達成感とともに身を起こす。プレイルームは生クリームと崩壊したケーキでぐっちゃぐちゃになっていた。 「な、つき、夏紀、もっと」 身体の下で則之が呼ぶ。潤んだ瞳は自分だけを映していた。 抱き締めたくなって身体を屈める。彼のほどけていた腕が、また首にまわった。くちびるが重なる。言わなくても、互いが互いをまだ欲しているのはよくわかっていた。 求められるまま、甘い愛撫を重ねながら何度も身体をつなげていく。 珍しくも、体力が先に続かなくなったのは夏紀のほうだった。 則之はそれをすぐに察知してゆっくり身体を起こした。 「夏紀、眠いの?」 「ねむくない」 その問答ひとつで、則之が笑いながら「身体、洗ってあげるよ」と言った。彼はエアコンを最低温度にセットしていくと、夏紀の手を引いて廊下へ出た。夏のむしむしする通路を通って風呂場へ移動する。 夏紀のほうは風呂場でもあわよくば一発……と思っていたが、さすがに連日の寝不足で身体がついていかない。ぼーっとしている間に、則之が素手でやさしく洗ってくれて、タオルで身体まで拭いてくれた。脱衣所を出ると、廊下には甘ったるいにおいが漂っていた。どこに行くのかと思いながら、また則之の手を引かれるまま歩いていく。 そして、連れて行かれた部屋は則之の寝室だった。はじめての場所のドアが開けられる。 志村家にはリビングの他に三つ部屋がある。ひとつはプレイルームになっていて、もうひとつは本棚兼物置だ。そして、玄関に近い部屋が主の寝室だった。今まで夏紀はそこに興味をもたず一度も開けたことがなかった。リビングとプレイルームで事足りたからだ。 則之の寝室は、学生のときから使っているのがよくわかる家具や雑貨で溢れていた。そしてなによりも則之のにおいがした。 「今夜は、ここで、」 そんなことを言う彼は、夏紀のいない普段の夜をここで過ごしているのだろう。プレイルームより狭いベッドに押し込まれ、夏紀は、ねむくない、ねない、と口だけの無駄な抵抗をみせた。 「ろれつまわってないよ」 子どものような駄々のこねかたに苦笑する則之が、エアコンをつけてシングルベッドへ入った。肌が当たったと思えば、裸体を密着させて腕をまわす。夏紀は満たされたように深く息をついた。 情欲を伴わない抱擁。 本当に欲しいものは、この安心感だった。世界が終わっても、則之と一緒にいるなら大丈夫と思わせる無敵の安心感だ。 「もう、あしたなんて、こなければいいのにな」 すべすべした首元に顔を突っ込んで、則之のにおいをかぐ。理性が睡魔に食われて、うわごとのように夏紀はくちびるを動かした。 「ずっと、こうしてたい。あんたと、こうやって、ここで、」 すると頭を撫でられた。わかってるよ、と、言ってくれているようなものだった。 どうしてこのひとのことが、こんなに好きなのか。わけがわからないくらい則之が好きだ。好きでたまらなかった。泣けるくらい愛しい。愛している。誰よりも愛している。 「僕は、ここにいるよ」 則之のやさしい声に、夏紀はたまらずそのあたたかい身体に力を込めた。泣けてくる、と思うと目尻から涙が滑り落ちた。 どこか心の奥で、夏紀は永いことバリアを張っていた。これ以上、大切なひとを失いたくない一心だ。出会っても愛しても、いつか失ってしまうものならば、はじめからないほうがいい。もう大切なひとをつくらないように生きていこうと、母親が亡くなったときに決心したのだ。 ……でも、ここにとても大切なものをつくってしまった。 このひとだけは失いたくない。 「どこにもいくなよ」 「うん」 涙に気づかれたのか、頬を撫でられる。その指に促され、そっと目を閉じた。 「たのむから、おれをおいていくなよ。かってにしんだり、」 「だいじょうぶだよ。……もう、だいじょうぶだから」 則之の声がやさしく笑っている。甘くて、とけてしまうほどあたたかい。 ああ、これだ、と気づく。 この想いに、名づけられた言葉があることを思い出した。 「おれ、いま、」 彼の胸元に耳を寄せる。鼓動が聞こえる。この音の、名前。 「しあわせだ」 則之の体温に包まれて、夏紀は安らぎの中へ落ちた。 |
... back
|