* 手の中のひかり【続き02,夏のふたり】 *


 バスを降りると、夏の風が合澤の柔らかな頬に当たった。
 八月下旬となり、都心でも早朝は涼しさが感じられるようになったことは有難い。わずかに変化している季節の空気を感じつつ、キャリーを引いて通勤ラッシュ前のJRに乗り、ひとつ上の県に下る。
 今回も荷物を抱えて新幹線を使うより、郵送して夜行バスで戻ることを選んだ。東京を経由する面倒があるのだけれど、交通費が格段に安いのだ。バス内でも比較的寝られたから、軽い仮眠だけでアルバイト先へ行けるだろう。
 大学一回生までは、こんな頻繁に実家へ行き来することも、こんなにアルバイト漬けになることも考えていなかった。のんびり好きな勉強をする四年間を想像していたのだ。現実は、実際に進んでみないとわからない。
 最寄り駅につくと、多くの通勤客とすれ違いながらアパートを目指す。道中、恋人に連絡したほうがよかったかな、とも思ったけれど、今日帰宅することは昨日の電話で話しているのだから、夜には部屋に来てくれるだろう。
 ……あっちも短期集中でバイト掛け持ちするって言ってたから、無理させたくないけど。ミイに会いたいな。ミイの顔見て、安心したい。
 六日間も三池に会えていない。それだけで心に隙間風が吹いている感覚になる。自分でも、日に日に三池への依存度が増しているのはわかっているけれど、不安は彼にしか癒せないし、幸せな気持ちは彼と一緒にいるときしか生まれなくなってしまった。
 一番想像していなかった未来は、友人であった三池と恋人同士になったことだ。でも、三池がいてくれなければ、合澤は今頃地の果てまで堕ちていただろう。彼は合澤にとって救世主で、もう彼なしではいられない。
 父親の大病で、お金欲しさに自分の身体と心を汚した過去。そこから這い上がるまでの紆余曲折が、合澤の精神面を大きく変えさせた。今ならば、すべて受け入れられる。女性よりも男性に抱かれるほうが安心できる自分。元々素質があると裏の界隈で言われていたけれど、本当にそうだったのだ。
 でも、不特定多数の男に金で抱かれるという行為は、今ではもう嫌悪しかない。三池以外に抱かれなければならなくなったら、自死することも厭わないくらいだ。でも、経験した過去がたまにフラッシュバックしてしまうときがある。夢の中で犯されているのに三池が気づいて起こしてくれるときは本当に救われた心地になる。いっぱい愛されて慰めてくれると、自分は生きていていいんだ、これからも三池の存在を励みにがんばって生きていくんだ、と思えるのだ。
 ……ミイに会いたい。家に着いたら、電話しようかな。起きてる時間だと思うし。
 腕時計で八時の針に近づいていることを確認する。着いたアパートは静かだ。学生用だから、まだ帰省している者も多いのだろう。
 鍵を開けて中に入る。なぜか冷房が効いていた。咄嗟に光熱費のことが頭に浮かんでヒヤッとしたが、すぐに思い直す。三池にも合鍵を渡している。
 もしかして、と思わなくてもベッドで三池が眠っていた。その姿を見て、張っていた肩の力が途端にほぐれる。
 ……昨夜電話したとき、自宅だって言ってたのに、うちに来てくれたんだ。
 嬉しいサプライズが身体に安堵をもたらした。寝ているだけでいい。ここにいてくれるだけで充分すぎるくらいだ。
 起こさないように動いていたが、狭い部屋では限界がある。間もなく三池が目を覚ました。
「あ、おかえり。帰ってきたんなら、起こせよー」
「ごめん。ただいま、」
 むくりと身体を起こした三池に、引き寄せられてベッドに座る。彼も当たり前のように合澤の腰へ腕を回して抱き寄せてきた。
「なんでいたの?」
「んー、晴巳のにおいするじゃん、この部屋」
 触れる手が、合澤のかたちを確認する。
「前は、オレがいないなら来ても意味ないって」
「そりゃ前の話だろ。今はにおいでもいいの。でも、やっぱほんもんがいいわ」
 ホッと息をついて、目があう。
「電話してたらおまえに触りたくなった。やっと、触れる」
 今は言葉に同意できて頷く。三池本人とこんなふうに二人だけの時間がつくれることは幸せだ。愛しい男にくちびるを寄せられて、合澤は瞳を閉じ手を回した。ついばむようなキスは、すぐ舌を絡めあうほどの濃さになる。
 我慢していた想いが、むくりと顔を出す。
「疲れてる? バイト何時から?」
 舌先を離した三池が色を孕ませて訊ねる。返事に迷うことはなかった。
「大丈夫、十四時からだから、」
 何かがするりと股間を這った。三池の男らしい手だ。デニムパンツから生々しい刺激を感じて、胸がときめく。
「おまえのここ、かわいくしたい。いい?」
 訊きながらも彼は体勢を変えて、両手で勝手に合澤のデニムをくつろげている。拒否はしないが、小さな気がかりをこぼす。
「でも、きたないよ」
 下肢の衣服を全部脱がした三池は、ぴくぴくと期待にゆれる性器を撫でた。
「どこがだよ。こんなかわいいのに。汚かったら、俺が綺麗にしてやるよ」
 躊躇いなく合澤の性器にくちづけ、舌を這わせる。ゾクゾクと電流が背筋を駆け上がり、すぐ吐き出さないよう踏ん張った。
「ふっ……ん、ぁん、ん、ぅん、」
 三池は合澤の性感帯をよく知っている。舐めてほしいところを重点的に舐め、完全に硬くなると精を促すように口でしごきはじめた。
「あっ、ぅん、あ、あっ」
 丁寧な口淫に理性も崩壊する。
「で、でちゃ、あっ、あっっあああ!」
 手で押し離そうにも、男の両手と口の吸い付きが激しく、三池の口の中で吐き出した。気持ちよさに満たされ、肩で息をする。顔を上げる三池と目があった。彼が口を開く。自分の精液を見せられる。
 恥ずかしさに包まれたのもつかの間、三池は口を閉じて喉を鳴らした。
「あ、ミイ、」
「おまえの味がする」
 言葉だけの愛撫にぞくっと反応した。
 ……ミイが、オレの、飲んでくれた。
 何度されても歓喜を呼ぶ行為に、合澤も手を伸ばす。
「オレも、ミイの、」
 同じことをしようとする手の動きに気づいたのか、三池も服を脱いで体勢を変えた。合澤は床に膝をついて、ベッドに座る男の熱を掴む。ちゅっと口づける。愛撫をはじめたのは自分なのに、身体中にぞわぞわと感覚が巡る。
 ……ミイの、飲みたい。口の中で、いっぱい受け止めたい。
 快楽に忠実な自分。三池の色に染まって、どろどろになりたい自分。
 一心になって口と手を使って三池の太い肉棒を奉仕する。口内に射精するのを制した三池に、舌を使いながら飲みたいと懇願して、たっぷり飲ませてもらった。白濁した彼の熱は独特だけれど、愛おしい。
「ミイ、すき」
 吐き出した後の性器を丹念に舌で綺麗にしながら、愛がもれる。
「もっと聞きたい」
 頭を撫でてくれる三池に、じんじんと自らの下肢もまた熱くなる。奉仕を続けつつ彼に応えた。
「すき、すき、ミイ、すきだよ、ミイ、」
 彼の雄が、ふたたび大きくなる。自分の口と手で育ってくれる嬉しさに、何度も鈴口へくちづけた。
「いっぱい、して、ミイのものに、なりたい」
「晴巳、充分おまえは……、そんなに、俺のもんになりたいの?」
 小さな呟きが、一転していじわるな声の問い掛けになった。三池にある何かのスイッチを押したことに、合澤も性器をくわえながら気づき、「うん」とくぐもった返答をする。
「じゃあ、自分で挿れてみろよ」
 三池の瞳がきらりと光った。支配的な言葉に心がふるえる。
「うん」
 本能のまま口と手を動かす。完全に硬くなった三池の性器を手でやさしくしごき、彼に仰向けで寝てもらった。そそり立つものを見ながら、ローションを使って自身の窄まりをほぐす。
「晴巳、すげえ、えろい」
 膝立ちで股を開き、ぐちゅぐちゅと指を出し入れする様に、三池も手を伸ばした。乳首を引っ張られて、快感は増幅する。
「は、あっ、あっ、だめ、だめ、」
「乳首がピンピンしてるぜ、ほら、早く、」
「いれ、る、も、ぅん、ん!」
 指を抜いて、乳首を弄ばれたまま窄まりに雄を埋めた。ずくずくと圧迫感と熱が腸壁を貫く。言葉にならない情動に、腰がゆらいだ。
「あ、あ、あ、おく、あ、おくま、で、」
 ぴっちりおさまると、三池が褒めるように腰を撫でる。
「ほら晴巳、おまえ、俺のもんになったよ」
 言った途端、彼の腰がぐいっと突き上げる。強い快楽が全身に巡った。
「ミイ、あっ、あっ、あっあっ」
 もう自分がわからないくらい、身体が勝手に動いた。両膝を何度も何度も上下に揺らす。
「あっ、あん、ミイ、あっ、ミイっ、あっ、んっ、あっ」
「ハルの、なか、やば、きもち、いい」
「イッ……ぁあああ!」
 ビクッビクッと腰が跳ね、三池の身体に白い体液を撒く。
「ミイ、ミイ、」
 快感でふるえる身体は、イッている感覚がとまらない。
「ハル、すげえ、かわいい」
 三池の眼は獣のように鋭く合澤を突き刺した。正常位で激しく打ち込まれ、シーツをきつく握り締める。
「あっ、あっ、あっ、あん! ぁん! ぁん、あん!」
 満たされる感覚。愛されている感覚。自分を守ってくれる感覚。
「あ、だ、して、あっ、んっ、な、かに、」
「出すぜ、おまえんなかに、いっぱい」
「っあ、っあ、ミイっ、あっ、いい、いッ、ぁあああっっ!」
 最奥に激しい熱が吐き出される。静まりに力を入れて、上手に絞った。大きく息をかき込み、彼の種を留めるお腹を無意識に撫でる。
 全部、愛しい。
 名残惜しいものが抜かれ、抱き締められる。
「晴巳、好きだよ。俺もすげえ好きだよ」
 額にキスされる。心の底から湧き上がってくるのは、安心感だ。
 ……オレの、心の中でほしがってること、ミイは全部わかってくれる。
 この強烈な肯定感は、三池以外からは得られない。
 頭撫でられ、幸せに満ちてすうっと意識が遠のく。合澤は穏やかに眠りに落ちた。
 昼になり、眠りから覚めた合澤が待っていたものは、三池のつくってくれたそうめんだった。珍しく彼がつくってくれたご飯は美味しくて、自分のためにしてくれることが嬉しくてちょっと泣いた。
「そんな寂しかったのかよ」
 対面から横に移動してきた三池が、また頭を撫でて慰めてくれる。
 合澤は素直に頷いた。
「寂しかった」
 自分でも、おかしいとわかっている。
 三池と心と身体がつながっている感覚がないと、生きている実感が乏しくなるのだ。
「俺も実は寂しかった」
 彼から笑い飛ばされるかと思っていたが、逆にそんなことを言われて驚いた。三池は照れくさそうに続けた。
「おまえと同じだよ」
「ミイ、」
 たまらずそのくちびるにキスをする。「めんつゆの味がする」と、また彼らしい感想に、合澤は目尻に涙をためたままプッと笑った。




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