* 10秒プラス *


「これ、どう? 気持ちいい?」
 千博からそう問われるのは三度目だ。眉を寄せた悠世は、圧迫感の増した体内から、むずがゆい気持ちをない交ぜにして答えた。
「……気持ち悪いのと、中間、だな」
「さっきはヨカったのに?」
 内部にある指が動けば、反射的に身体がピクピクとふるえる。言葉にしにくい感覚を、どう伝えればいいのかわからないまま、下肢のほうを見る。悠世の視界の端には故意に立てられた自身の両膝があった。そこから身を乗り出す千博の顔には、気持ち悪いように思えないんだけど、と描かれてある。
 不思議な構図だ。この状況すら、悠世にとってはいまだ慣れない異様なものに見える。最近はなし崩しにこの体勢へ持ち込まれ、毎度悠世は千博の身体を受け入れるのに時間がかかっていた。千博のせいで、なる気もなかった初心者のレベルをとうに逸脱している。それでも、慣れないものは慣れない。
「ちょっと痛いくらい?」
「ッん、痛く、は、ないけど」
 下肢の一部分に突っ込まれている指は三本目だ。快楽を生むためというより、その部分を押し広げるために出し入れを繰り返す指の数だ。悠世はゆっくり息を吸った。
 いつも千博のかたい肉を詰められて少しの間、その圧迫感で悠世は気持ち悪くなってしまう。もともと挿入ではなく排泄に使われる穴だ。悠世が挿入時に気分が優れなくなることを千博はよくわかっていた。だいたい悠世に好き好んで挿入をしはじめたのは、他でもない千博なのだ。
 最初の頃は挿入が本当にキツかったが、定期的に何度もしていれば力の抜き方もわかってくる。ただ、どうしても挿入時に異物感で気持ち悪くなってしまうことは避けられない。
 ただ、セックスのたびに気持ち悪いと訴えるのはいかがなものか。最近は千博のことを想い、悠世は黙って耐えていた。しかし、それもすでに千博にはお見通しだったようだ。挿れている側なのだから、悠世の身体の状況はある程度察しがつくらしい。
 先刻、二人きりになった千博の部屋で、いつもどおりの雑談の端から、千博があっけらかんと色のついた言葉を出した。
『そういや、悠くんって、今もいれるときは痛い?』
 挿入のときは顔が渋いから、と重ねて言われ、悠世は少しうろたえた。でも、きちんと千博には説明しなければいけないと思って口を開いた。
 痛いわけではなく、単に気持ち悪くなるだけだ。それに、気持ちいいと気持ち悪いをいったりきたりして、最終的に気持ちよくなる。負担を一方的に強いられる行為だけど、嫌いなわけじゃない。トータル的には気持ちいいから、千博の誘いを拒否しないのだ。
 しかし、口にしようとして、結局は止めにした。詳しく語るのが妙に恥ずかしくなったのだ。だから、簡潔に答えた。
『ちょっと経てば、気持ち悪いのはなくなるけど』
 その言葉で、千博が目を輝かせて言い出したのだ。
『じゃあ、今日はどうやったら気持ち悪くないふうにできるか、試してみようぜ』
 それで、今に至る。
 よくよく悠世が考えれば、千博の言い分は本当にどうでもいい内容だった。結局理由は後付けで、本人はただヤリたかっただけなのだろう。それに気づいたところで、すでに服はベッドの端に投げられ、股を開かされている。先に一発抜いておいたほうがいい? だとか、後ろだけでいけるとこまでいってみる? だとか、そうしたことを千博はいつも以上に言葉にして、悠世を翻弄した。だから、その言葉たちを制した悠世は、いつものでいい、と、頼んだのだ。
 今夜の彼は、少し言葉が過ぎている。
「悠くんさっきより、なか滑りよくなったよ」
 大量のローションを使ったせいで、指が動けば、ぐちゅぐちゅと水音が立つ。指を三つ入れられても、少し経てばすぐ気持ちよくなれることを悠世は知っていた。その時間がやってくることを待ちながら、シーツをきゅっとつかむ。千博も悠世の感じるところをよく把握している。その部分を重点的に押されると、ぎゅうっと下肢に力がこもるのだ。
 圧をもつ影を感じて、無意識につぶっていた瞳を開けた。なかの指の動きが鈍っている。千博が、上体を悠世の顔あたりまで寄せたのだ。下肢に指が埋められているせいで、キスができる距離には少し遠い。
「いれていい?」
 挿入がなくてもセックスといえるはずだが、彼は前提にそうした概念がないらしい。悠世は首を横に振った。
「やっぱ、先に一回抜いたほうが楽になる?」
 今日の千博は丁寧だ。悠世は彼の出してきた二択から改めて考えた。悠世もまた彼の手順に慣らされていて、いくら気持ち悪くなっても、挿入されないとセックスをした気にはなれない。やるからには全部やってほしい。
 ただ、今はまだ異物感がある。ここでいきなり挿入されても気持ち悪くなるだけだが、自身の精を先に抜いてもらうのも辛い。快楽を強める行為をされると、気持ちの処理が追いつかなくなるのだ。  だからといって、今回は普段より前戯に時間をかけてくれている。千博の指が、長いこと悠世の体内に潜っている状態だ。いつもならば、悠世もなにかしらの愛撫を施すが、今回に限ってされるがままになっていた。
 マグロの女のような状態も妙に居たたまれなかった。千博もそろそろ自身のものをどうにかしたいだろう。同じ器官を持つ身として、悠世はそう思う。
「んー、じゃあ、もう少しほぐしてから、」
「ち、ひろ、」
 そばにある千博の腕をつかんで、名前を呼ぶ。
 悠世はふと、あることを思いついた。彼の顔を真摯に見る。千博も見つめられて、悠世がなにかをひらめいたとわかったのだろう。
 ……いつも挿入時に為すがままだったのが、悪いのかもしれない。
 動きを止めた千博に、悠世は息を大きく吐いた。
「ちょっと、体勢、変えたいんだけど」
「ああ、いいけど」
 この状態になってから、悠世が頼みごとをするのは珍しい。千博は快く指を抜いて、悠世の身体をふさぐように両手をつく。押し倒す姿勢だが、悠世はそれを望んでいなかった。
「ちひろは、仰向けになってよ」
 悠世の代わりにベッドへ寝っ転がれという指示に、千博はあっさり頷いてそのとおりになった。悠世はすかさずその上に乗る。突然の体勢転換に、千博も少し驚いたようだ。
 悠世が自身の上にまたがってくるとは思いもしていなかったらしい。
「なんだ、この眺め」
「ちひろの、どこ?」
 千博の感想を無視して、悠世は彼の下肢を探る。またがった位置のすぐ近くにあるはずだ。それを自分のタイミングで挿れてみればいい。悠世は、それを妙案だと思ったのだ。
「ちょ、悠くん、」
 またがられた上に勃てたものを握られ、千博は少しうろたえたような声を出した。しかし、手はすっかり悠世の腰にまわっている。彼がやりたいことを、意識ないまま男の摂理で了解したのだろう。驚きのわりに素早い対応の良さに、悠世は千博のナンパな部分を感じたものの、遂行すべき事柄に集中する。もう一度深く息を吐いた。
 ……あてがうものは指で固定している。後はそれにあわせて腰をおろせばいい。
 熱とかたさがあるものを身に当て、悠世は慎重に重心をかける。千博も動向を見守ることにしたようだ。大切なところをつかまれているのだから、無理に動けるはずもない。
 あたった部分が少しはいる。丁寧な呼吸を続けながら身を落とすと、いつも以上にすんなりおさまった。身体を止め、息を薄く吸ってさらに沈める。
「ッ、ん、」
 悠世は目蓋を伏せる。自分の肉が異物に被さる感覚は生々しい。これが気持ち悪くなる原因のひとつだ。しかし、自分のペースで挿入すれば、慣れた違和感として受け止められる。
 騎乗位なら、挿入も気持ち悪くならない。悠世の推測は、事実あたったのだ。固定していた指を離して安堵の吐息をしたのもつかの間、その指を千博がとらえた。悠世が目を開けば、その手をきっちり組んでつながれる。
「悠くん、まだ全部はいってない」
「ん、知ってる、って」
 奥に進むほど、妙に太くなってきている気がするものの、千博の顔を見る余裕はない。気持ち悪くならないことだけを意識しながら、彼を受け入れる。呼吸を整えながら進めた行為は、広げた股に千博の肌があたったことで完遂に近いことを教えていた。
 くい、と、腰を揺らしてみる。
「ぜんぶ、はいった?」
 視線を無意識に挿入部分へ落としていた悠世は、確認を促すように顔を上げた。すると、なぜだか千博の表情が不敵な笑みに変わっている。からめていた指に力が込められた。
「も、バッチリ。気持ち悪くねえ?」
「う、ん。だいじょう、ぶ。この方法、いいな」
 なかにはまったものが、快楽を少しづつ悠世に与えはじめている。もどかしいように身をゆらせば、千博の片手が悠世の腰を制した。
「悠くん、」
 悠世の下にいる彼は妙に笑顔だ。しかし、瞳に映る色に異様な艶がある。悠世は挿入に集中している間に、彼のもうひとつのスイッチを押したようだった。
「覚悟しとけよ」
 その言葉に、押し倒しているはずの悠世がうろたえた声を出した。千博の下肢が、グンと動き出す。
「え、ちょ、あと一〇秒待っ」
「一〇秒しか待てねえ」
 千博の言葉はすぐかたちになり、悠世は彼の宣言を身を持って知る事態となった。長い時間をかけて身体をつなげられた後、すごいよかった、次もこの方法でいこう、と、日常会話の延長のように朗らかに感想を述べた千博を、悠世は枯れた喉を押さえながら恨めしく見つめていた。
 いや、この挿入方法は当分封印したほうがいい。
 彼はこうして、千博を無駄に煽る方法をまたひとつ学んだのである。




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