* いつもの営み *


 体内から吐き出した熱で多少意識を戻しても、現実は好転しない。理性を利かせれば、完全に劣勢へ突き進んでいるような気分が芽生え、悠世はきつく閉じていた瞼を押し上げた。
「っ、ん、う、」
 引き攣れたような声が漏れた。身体の緊張は取り払えず、頬を押し付けているクッションに縋る。上半身を乗せているソファは、悠世の体温で妙に湿気っていた。精は吐き出たはずなのに、火照った欲はまた次々と生み出される。先刻まで飲んでいた酒のせいか、身体をまさぐる千博のせいかわからない。
「悠ちゃん、足、いい?」
 背中越しに聞こえた声とともに、彼の手で脚の間隔が広げられる。ソファにうつ伏せた悠世を、千博は覆い被さるように挟んでいた。いつもより熱がこもるのは着衣のせいだ、と、悠世は唐突に気づく。今回は千博も服を脱いでいなかったので、悠世も気にせずそのままはじめてしまったのだ。原因に気づくと、猛烈に汗濡れた長袖のシャツを脱ぎ捨てたくなる。
 悠世の肉から離れなかった彼の片手が、満を持したように後ろのすぼまりへ移動する感覚をとらえた。かかさず悠世は願いを言葉にすることにした。
「ち、ひろ、服、あつい」
 それだけで頼みごとを理解してくれたのか、千博は素直に手を離した。快楽を紡ぐ指がなくなったことは少し惜しいが、服を脱いでからでも再開できる。悠世が中途半端に開けられたボタンを全開にしようと動かせば、千博も手伝うように、後ろからシャツをはがしにかかった。
「ボタン開けた?」
「うん、いちお、う」
 千博の問いかけにそう答えれば、らしくもなく早急に彼が手を動かす。しかし、悠世の肩甲骨が露になっても、そこから先が続かなかった。シャツがどうにも脱げないのだ。
「悠ちゃん、全部ボタン開けてる?」
「ぜんぶ取ったよ。たぶん、汗、」
 腕の抜き方を失敗したかもしれないと身じろぎしても、千博が脱がそうと引っ張るせいでままならない。汗で薄手のシャツは皮膚にぴっとり張り付いている。どうにか両腕の中ほどまでシャツは下がってくれたが、それ以上は濡れたシャツ生地に阻まれた。一度体勢を起こして脱ぎ直したほうがいいと判断すれば、すぐ千博の指がシャツから離れる。彼も同じことを考えたのかもしれない。そのように悠世が思ったのもつかの間だった。
 ソファから起こそうとした身は、すぐにまた沈んでしまった。突然、千博が後ろから抱きしめてくる。中途半端に脱いだ服の拘束で、悠世はまったく動けない状態になった。彼は何も言わないが、悠世の下半身に両手が戻っている。
 冷たさを下肢に感じる。千博の指は新たなジェルで濡れていた。頼みを無視して着衣のままセックスの続きをするつもりだと、彼の思惑に気づいて、抵抗するように首を振る。だが、受け入れ方を知っているすぼまりは、彼を指を簡単に飲み込んだ。穴はほぐされはじめる。
「ふ……ッ、ち、ひ、や、」
 ゆるい言葉での抵抗は、口にすれば喘ぎに変わっていた。汗を吸うシャツが腕を縛り、ほとんどの動作を封じている。半分自業自得のなすがままで、後ろと前を愛撫する千博の指に反応してしまうと、彼もそれに気づいたのか前を触りながら耳元にくちびるを寄せた。
「悠ちゃん、けっこうたまってた?」
 そう嬉しそうに訊いて、首筋へキスをする。悠世は目をつむった。
 確かにたまっていたから、今回は千博の誘いに快くOKしたのだ。いつもと違って気軽に答えられたのは、半分酔っていたせいもある。
 また新たにこみ上げる快感に、無防備な下半身が震え出す。しかし、千博に勃ったものを握り込まれた。
「……ッッ!」
「悠ちゃん、次は、一緒にイってみよ」
「え、イキ、た、……ッ、やッ」
 提案ではなく、もはや強要だった。嫌がる素振りでも、千博は手を離さない。
「変に力入れちゃったら、シャツ破れるぜ」
 真っ当なことを言われて、ふと理性が甦った。悠世の両腕を拘束しているのは、脱ぎきれない自分のシャツだ。収縮性はない生地で、今もぎりぎりまで両横に引っ張られている。これ以上力むと、本当に破けてしまう可能性があった。よりによってこの襟のついた黒地のシャツは、悠世のお気に入りだったのだ。
 ……これ、どうにか脱げないだろうか。
 この期に及んで悠世は考える。千博にどうしても脱ぎたいと訴えるべきだ。そう、意識がシャツへ向かっている間に、千博の身体が押し入ってきた。挿入される感覚に、息が詰まる。
「悠ちゃん、息、吐いて」
「ッ、あッ……ッ、く、るし、い、」
 悠世の言葉に、ホールドされていた性器がさすられる。身体は大きく跳ねた。千博がその隙を突く。
「そ、ゆっくり、吐いて、」
 言われたとおりに息を吐いて弛緩させれば、押し拡げられている感覚が如実にあらわれた。慎重に揺すられ完全につなぎとめられると、千博によって慣らされた快楽が支配する。
「はっ、あ、ん、う、ッ、」
 いつもより強引な情交だが、悠世は否応なしに感じていた。千博もそれをわかっているようで、手早く果たそうと悠世の片足を軽く持ち上げて突き進む。馴染んだ行為に嬌声を洩らしながら、わずかな理性が単語をかたどる。
「あ、ん、んッ、あ、な、なか、やめッ」
 前と後ろの刺激から、なけなしの訴えをした。そして押しとどめるように、受け入れ口をキュウと締める。願いとは逆に千博は狼狽した声色で動きながら答えた。一気に感度が増す。
「えっ、ちょっ、むり!」
「ぁ、は、ッッ……ッ! あ、あっ」
 噴出す汗とともに、目尻から涙が転がった。身体を巡る感覚で、一緒にイッたうえに、中へ出されたとわかる。千博の身体が離れると、力を失った肢体はソファからずれ落ち、悠世は床にぺったり座り込んだ。荒く繰り返す呼吸が一瞬詰まる。穴からもれる感覚は、どう考えても千博の体液だ。
 間髪なく注ぎ込んだ本人に、後ろから抱きしめられた。
「あー、なんか敗北感」
 千博が耳元で、悠世の思っていたままのことを言う。
 それはオレの台詞だ、と、言う前に、彼は言葉を続けた。
「悠ちゃん好きだー」
 ギュウギュウと抱きしめる腕に力が込められ、千博が悠世の首元に頭をくっつける。途端に、スッと悠世の身体の緊張がとけた。彼の汗ばんだ肌の温かさにもたれた悠世は、少し恥ずかしくなって俯く。
 オレも千博のことが好きだ、と、思ってしまっていた。




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