* デザートホリック *


 無意識というか、無自覚は、よくできた作用なのではないか。
 自分よりも一回りほどは小さく軽い、それでも同じような構造をしている身体の重みを胡坐で受け止めながら、由徳は努めた理性で真剣にそう思った。首元には、静止の方法を忘れた頭が小刻みに擦りつけられている。汗に濡れた黒髪が、甘さを孕んで肌に吸いつく。
 密着している友実の背肌は、しなやかに熱い。由徳が身体を少し動かしただけで、凭れた背はビクリと仰け反った。息をするのも辛いだろうに、くちびるを噛んで快楽を一心に受け止めようとしている。
 少し腫れてしまったくちびるにキスをしたいと由徳は叶わないことを思いながら、こね回していたふたつの乳首を摘んで引っ張った。友実の腰が、もどかしいように戦慄く。すでに縫いとめられている内壁は、さらに由徳の欲望を身体の奥に収めていく。
「ぅ……ん……っ」
 正直言えば、辛い。
 挿れているのに動かせないというのは、由徳にとっては本当に辛い。けれど、より辛いのは友実だ。流れ込む快感を、どう受け止めればいいのかわからないのだろう。愛撫する由徳の腕を友実の指がぎりぎりと掴んでいる。ピクピクと感じるたびに埋め込まれた由徳の身を締めつける様は、本人も自覚がないに違いない。自覚がないからこそ、座位を許されているのだ。
 毎度うまい具合に収まってくれる友実の頭に、由徳は頬を寄せて耳を食んだ。もがくように息を吸う音が、濡れた響きをにじませて涙を零す。友実の輪郭をなぞった雫は、乳首を弄り続ける由徳の手に落ちた。堰を切ったように滑り出した涙は少しだけしょっぱくて温かい。呼吸をするたびに、ヒクヒクとしゃくりあげるような疼きが漏れ、何度も彼の限界を教えている。このまま後一〇分くらい現状を維持すれば、友実は完全に自分の身を支えることができなくなるだろう。
 涙腺が決壊し、うつろな眼になってしまった友実を、由徳は過去何度か抱いたことがあった。しかし、そのどれもが劣情を呼び起こすより、ひどく胸が痛んだ。
 意識が中途半端に飛んだまま抵抗もしがみつくこともなく、ただうわごとのように「こわい」と泣く友実は、セックスの最中でありながら、淋しい子どもに見えた。あどけなく泣く友実があまりにも切なくて、由徳もうっかり泣いてしまったことがある。謝りながら、あやしながら、安心させる言葉をかけながら抱くことは嫌いではないが、愛しい人間のそんな表情はあまり見たくないとも思う。
 そして友実も、そういう情交になってしまう後は、多少後悔するらしかった。そして、その反省は妙なかたちで次回のセックスへと繋がっていくのだ。
 こないだと同じような感じでやってほしい。
 今の状況になるはじまりも、そう言った友実が強い眼差しからだった。友実は快楽に負けてしまう自分が許せないらしい。快楽に流されるからヤリたくないという結論に行き着くのではなく、果敢に立ち向かう姿勢が友実らしいような、でも何か明らかにズレているような気が由徳にはしたが、……そんな彼の好きなのだから仕方ない。
「友実」
 そっと耳元で声をかけると、友実がびくっと揺れた。
「もう、いい?」
 ゆっくりと、濡れ続ける目蓋が上がった。微かな振動に身をビクつかせながら、友実は上目遣いに由徳のほうへ添い、もう一度頷いた。そして、結んでいたくちびるが意思をもって緩く開く。言葉を紡ぐためではないことは由徳も知っていて、微かに見える舌の熱を思う。
 惹かれるままキスをすると、友実の口腔も少しだけ涙の味がした。んくっ、んくっ、と赤子がミルクを飲むように喉を鳴らして舌を絡める友実の肌を撫で辿り、片手は下腹部に行き着く。擦るように手を添える。友実が大きく震え、キスの隙間から喘ぐような息が零れる。
 大きな刺激がくるポイントを四箇所も一度に擦られて、彼の目尻からこぼれる雫が一段と増す。友実を支える由徳の腕を握る手にも、汗が滑り落ちた。
「……ぅ、あっ、ん……っ、た……ッ」
 たすけて。そう口走りそうな友実が、キスで溢れた唾液を飲み込んだ。落ちた手は、どうすればいいのかわからないと空を切る。時折痛いくらいの収縮を繰り返す内壁で、由徳も友実がくちびるを噛むほどの感覚に近づく。
 それでも、友実が堕ちないギリギリのラインまではもっていかなければならないのだ。友実は、そうしてほしいと回を追うごとに彼はそう願う。そして、由徳自身もそれがどれだけの充実感を生むのかを知っていた。
 張り詰めた友実の根元を強く指で締めつける。可愛そうなくらい戦慄く友実を抱え直すと、挿入していた部分を一度引いて体勢を変えるよう促した。
 しかし、快楽に震える友実に、そこまでの器量はないことも由徳は知っている。友実は体位を変えることには気づいているようで、できるかぎり由徳の望む体勢に動いてくれた。そんな友実を、子どもを抱きこめるように左腕で支える。友実の両腕が由徳の首元に回る。
 根元を押さえたまま、正面に向いた友実をゆっくり倒し片脚を広げ、また深く張り詰めた自身の欲望を再度あてがった。友実はぶらさがるようにきつく、由徳の肩に頭をすりつける。
「な、とも、息、吐いて」
 これから与えられる快楽に怯えているのか、少しの間に入り口は硬く閉ざされ、あてがわれた雄を啄ばんでいる。由徳は安心させるために、抱えていた片脚を腕に引っ掛け、空いた手で腿や腰を撫でた。
 友実がヒクつきながらも、ゆっくりと息を吐く。その弛緩を見計らって、一気にねじ込んだ。由徳の背首に痛みが走る。友実の指が衝撃を全身で受け止めようと爪を立てたのだ。
 深く埋め込んだ後は、快楽に臆していたことが嘘のようにきゅうきゅうと一所懸命に収縮していた。自分もさすがに限界だと、由徳も友実の重みを労わりながら、ゆっくりと自身を突き動かしていく。それと同時に根元へ指を添え、友実の好きな強さでしごく。
「やっ……ぁ、っあ、んっ、んっ、ひ…ぁ…ッッ!」
 ただ快楽をやり過ごすように、最早その方法しか知らないように友実が喘ぐ。声はやがて完全な泣き声になって、しゃくりあげながら一足先に絶頂を迎えた。
 ゆっくりと出し挿れを繰り返していた由徳は動きを止め、激しい収縮をこらえつつ崩れた友実の身体を手で支え横たえた。最後の一滴まで促しながら、ぷくぷく浮く濁った体液を指で絞り上げる。友実はしゃくりあげたまま、掻きこむように深く呼吸を繰り返す。肺が広がるたびに小さな突起は勃ちっぱなしであることを主張していた。皮膚の感度を教えているようだ。
 体液にまみれた肢体は、大きい波を越えたというのにびくびくと快楽に震えたままだ。友実の身体は、快楽の海に浸かったまま還ってきていないのだろう。それでも、呼吸は深いのだから、意識はしっかりしているはずだ。
 由徳は、自分のやりやすいように体勢を少しだけ変えた。太股を掴んで引き寄せると、友実はゆっくりと由徳を見据えて少し困ったように眉を寄せた。ひりつく喉をそのままにして、潤んだ大きな瞳を向ける顔は幼さが露呈している。
 ただひたすら、かわいいと想う。友実が正気を保つ限り、「かわいい」と口にしてしまうと、険悪な眉の寄せ方と暴言を吐くので、そう想うことは胸に留めたまま、由徳は友実の張りついた髪をかきあげて頬にキスを施した。友実の手がシーツを掴む。意思が利かない身体に、友実は緊張感を縫いつけた。
 『精を吐いた後の身体はひどく感じるんだよ。』
 友実ははじめて意識を飛ばしたセックスの後に、そんなことをいっていた。それも、回数に応じてそれが顕著になるらしい。
 腰を打つ力を上げるために、由徳は身を起こして深く穿つ。友実は泣きながらも慣れたように由徳の肉を食み腰を揺り動かした。友実が望むように、そして自分も重い快感を得るように動かしていくと、すすり泣く友実は、やがて涙で瞳を潤しながら甘い微笑みを由徳に見せだした。
 この表情を目にすると、いつも由徳は友実が高校生だということを一瞬忘れてしまう。艶やかな表情をするようになったのは、つい最近のことだ。本人の無意識なのだろうが、由徳は友実からこの表情を引き出すたびに、何か誇らしい気持ちになるとともに、友実には本当に勝てないと想う。
 絶頂を導くためのスピードに、友実の肢体が信じられないくらい上手にフィットする。交ざり合いながら、おもむろに友実が片手を動かした。その先を視界に入れると、振動に揺れる自身の胸に辿り着く。
 友実の指が焦れるように、乳首を引っかいた。
 今までにない展開に、さすがの由徳も腰を動かすのを忘れて見入ってしまった。
 たまたまだろうと思っていたが、由徳が愛撫したように人差し指と中指ではさんで潰し擦り上げるよう引っ張る。そのしぐさを見せつけられて、頭が真っ白になった。
「……あ、……くっ、ッんぅ、……ぁんっ」
 友実は、自分のしていることの凄さに気づいていないのか、ヒクヒクと甘い表情で泣きながら、指でずっと自分の乳首をいじり、そして動きを止めた由徳に焦れて腰を揺らめかした。
 由徳の頭に、信じられないくらいの血が昇った。何よりも友実が自分の乳首をこねる様が、由徳の愛撫をなぞっていることに、理性がぶっ飛んだ。
 じれったく揺れる友実の腰を掴んで、自分の気が済むまで突き動かした。労わりや丁寧という、いつも気にしようとする語彙は完全にどこかにいってしまっていた。友実は由徳に引き起こされた大きな波に翻弄され、泣きながらしがみつく。汗と体液にまみれた友実の身体が、まるで甘い砂糖菓子のようにできているような錯覚さえ引き起こして、歯型を立てることも厭わず吸いつき、自分が愛しいと思うすべてを貪った。
 果てに、熔けるという感覚が、どこまでも純粋でただ美しいもののように見えた。


          *   *   *

 事が済んだ後、意味がわからないくらい心身を消耗して意識を飛ばしたらしい。眠るという意識のないまま寝ていた由徳は、寝ぼけ眼で座り込んでいる友実を見つけると瞬時に覚醒した。そして覚醒してまたぶっ飛びそうになった。友実が乳首をいまだに引っ張っているのである。
「え? あ、うわ! 友実っ」
 由徳が慌てて正座をして向き合うと、友実は緩慢に顔をあげた。それでも乳首から指が離れていない。
「なんだよ」
 からからになってしまった声。涙の跡と紅く濡れた瞳に比べれば、正気であることは確かだ。それでも、もぞもぞと指で潰したり擦ったりしている腫れぼったい乳首に視点が固定されてしまう。友実もすぐ由徳の動揺が伝わったように、瞬きをした。
「ここ、すっげーかゆい」
 うずうずして触らずにはいられないらしい。
「………」
 由徳は返す言葉が浮かばなかった。友実は複雑な表情で乳首から一度指を離し、しかし触らないと気が済まないらしくもう一度もぞもぞと触りだす。本人もかなり困っているらしい。
 何をどういえばいいのかわからないまま、由徳は友実の肢体を眺め、やがて友実の肢体に浮く歯型と鬱血の数に青ざめた。通常、あったとしても一回につきひとつだ。しかし今回は五個以上あるのではないだろうか。そのうえ、乾きはじめた体液が目を疑うほど友実に纏わりついている。理性をぶっ飛ばしてからの記憶はおぼろげだ。
 そして、友実は今猛烈に眠いはずだ。しかし、ハイになってしまった身体に困り果てて座り込んでいるのだろう。おそらく……明日は、部活で身体を鍛えているとはいえ、全身ガタガタになっているに違いない。
 どんなレベルのセックスだろうと翌日に響かせない配慮を由徳は努めてしているし、部活の休みに合わせたりなどという判断はしっかり見計らってセックスに持ち込んでいる。とはいえ、自分がぶっ飛んだらどうしようもないということを、まざまざと学ばせてくれたこのたびのセックスだった。
「だりぃし、かゆいし」
 黙ったままの由徳に、友実はうつらうつらと呟きながら乳首をかく。由徳はいろんな意味で居た堪れなくなり、かける言葉も探せないまま、友実の指を引き離してぎゅっと我が身に抱き寄せた。
 途中まではよかったのだ。理性が飛んで記憶がないのは、突っ込まれたまま友実が自らの乳首をさすりだしてから後だ。……自分も修行が足らないかもしれない。
「どーせ、また後悔でもしてんだろ」
 友実は少し呆れたように腕を由徳の背に回して擦り寄る。愛しい体温に、「ともみー」とへたれた声で名を呼べば、「バーカ」と応えて、乳首がかゆくなくなったと耳元でささやいた。




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