* FULL-COURSE *


 激しい雨風と雷鳴が部屋の中まで響いている。完全な闇は大都会でも珍しく、人の暮らす気配も希薄にさせる。すべては暗闇に貶められた。夜半の停電の仕業だ。
 普段であれば部屋を消灯しても、どこかしらから明かりを拾う。しかし、今は周囲の世帯も公共の外灯なども雷雨の被害に見舞われているはずで、カーテンから一欠片の光もこぼれてこない。夜目がいくら利くとしても、光のまったくない夜は視界をかなり不明瞭にしていた。触らなければ、その存在に確信が持てない。
 だから、触れたのかもしれない。
 そんなことを、慶介は蕩かされた理性で真剣に思っていた。そうでなければ、こんなにスムーズには進まない。普段はここまで行き着くのに、さまざまな紆余曲折があるのだ。
 今も、ライトやテレビなど一式が丸々使えていない。停電が発生した直後から、頼りにできたのは携帯電話くらいだった。慶介は停電の瞬間、ちょうど玄関そばのクローゼットで物を探していた。そして、停電に驚いて思い切り足の指をぶつけて叫んだのだ。じんじん痛む小指に耐えながら、壁を伝って部屋に戻ると一条の明かりが放たれていた。それが携帯電話のディスプレイだったのである。
 その光を照らしていたのは、恋人の美晴だった。心配というよりは、幾分呆れた感じで、手近に代用できる明かりを灯していた。それを頼りに彼の傍へ行き着き、ちいさな液晶画面から豪雨による停電を知ったのだ。
 携帯電話を通して天気予報を見れば、東京の半分に大雨・洪水・雷・暴風・波浪と、とりあえず全部詰め込んでみたとしか思えない警報の羅列で埋め尽くされていた。台風が来ているわけでもないのに、おおげさではないかとも思ったが、事実停電が起きたのだから気象庁の見解は間違っていないのだろう。
 美晴と携帯電話の画面を覗き合って、すぐ復旧するだろうとか、PCで作業しているときに停電だったら最悪だったよなあとか他愛のない話をしていたが、停電は半刻経っても復旧しなかった。そして今も、復旧する兆しがない。
 だが、現状の慶介からすれば、夜が明けるまで停電でもかまわなかった。正直なところ、停電したままでいてくれたほうがありがたいかもしれない。
 雨は先刻より落ち着いてきたが、それでもまだ南国のスコールのような降り方だ。しかし、室内の水音のほうがダイレクトに響いている。野外のように冷えた水滴ではなく熱を生む雫だ。
 慶介が触れているものが、ビクンと跳ねた。ドキドキするような触り心地にうっとりする。そんな慶介の手の動きを、すぐに制する手がある。
「あっ、ま、……て、って」
 耐えるような声が、上から降ってきた。
 確かめるように乳首をさすられ、たまらなくなったのだろう。暗闇では輪郭を完璧に辿れはしないが、乗っている重みの位置で大体わかる。
 恋人の美晴から乗り上げてくれることなど、長い付き合いの中でまだ数えるくらいしかない。いつもはヤリたくないと抵抗するほうが多い彼が、自発的に進んで挿れようと試みてくれるなんてレア中のレアだ。
 停電が躊躇いを取っ払ったのか、その気にさせたのか……どちらにせよ、慶介が停電という普段ならば迷惑なだけのトラブルに深く感謝していた。
 美晴の指が躊躇いなく慶介の性器を掴む。繋ぐ前に奉仕してくれたことも嬉しいし、騎乗位を選んでくれたことも嬉しい。今のところの不満点があるとすれば、まだちゃんと触らせてもらっていないことくらいだ。でもそれも、身体を深く繋いでしまえばどうでもよくなる。
 彼はゆっくり一呼吸をして、ちいさな窄みにあてがった。
 自分の敏感な箇所が包まれていく感覚は至福だ。慶介の手は美晴の腰を支えつつも、欲望に任せて押し付けるようなことはするものかと心に決めていた。今は美晴のやり方に身を委ねてみたい。
「ぅ、っん、……っ」
 美晴は一杯に飲み込みながら、慶介の胴体に両手を置いた。自身の具合と相談するように慎重に埋め込んでいく。慶介の性器をくわえている腰が、びく、びく、と手の内で震えているのがわかる。自分で埋め込んでいくのとは得られる感覚も異なる恍惚の味だ。深いほど味は濃くなる。
 彼の尻が太腿に当たると自主的に脚を広げ、繋がった部分をより奥にこすりつけた。耐えるような吐息を漏らし、薄く腰を持ち上げる。じゅく、と鳴った結合部分が時間をかけてまた沈んでゆく。
 ゆっくりゆっくり身体を揺らしはじめた美晴は、内部にある自分の性感帯を探っているようだ。慶介にはじれったく感じる動作だが、スローな刺激も悪くない。ただ、暗闇のせいで、懸命に動く美晴の痴態が見られないのが相当心残りでもある。
「ぁ、ぅん、ふっ……ん、っん、」
 くわえた質量に慣れてきたのか、動きが少しだけ早くなってきた。慶介は美晴の腰から手を離し、両腿を撫で回す。卑猥に揺らす下肢を支えるため、慶介の胴に置かれていた美晴の手が、片方だけ浮いた。
 どこに向かっているのかはすぐにわかった。慶介がその手を追って掴む。そして、探った細い指と指の間に自らの指を差し込んだ。ぎゅっと握ってシーツの波まで引く。美晴の上体が屈み、締め付けがきつくなる。美晴は、慶介の要望を理解したようだ。腰の動きが大きくなる。
 それは、挿入のみで射精するための動きだった。美晴が自分の快感をつくるためだけに収縮する。出したくてたまらないという気持ちが、動きと喘ぎに表れて慶介の質量を大きくさせた。絡めとられた指に力が籠もる。
「あっ、はぁっ、はぁっ、あ、あ、あ……ッッ」
 思うよりも早く、びく、びく、びく、と、数度大きく全身を震わせて美晴は吐き出したようだった。慶介の下部に生温かいものが散らばった感触がある。動きは静止したが、慶介を食む内部は小刻みにうねっている。中の熱が増した。慶介はそんなふうに感じた。
 一度イッたからには、抜くものだと思っていた慶介に、意外な腰の動きが再開された。一転してはじめの頃のような、ゆっくりとした出し入れだ。美晴の乱れた吐息とともに繰り返されている。
 美晴はどうやら、そのままやめないで慶介が果てるまで騎乗位を続けてくれるようだった。健気な腰に感動を覚えたが、慶介は絶対に自分から動くことはしないと腹に決めた。健気な腰の動きだけで今回はイッてみたくなったのだ。
 空いている片手で、汗ばんでいる臀部を撫でる。それだけの動作で、内部は正直に収縮した。円を描くように美晴の腰が艶かしく動く。上手な腰使いだ。どんな表情で、腰をくねらせているのだろう。
 ぐちゅぐちゅと音を立てて、快楽が生産される。息遣いに連動する揺れに追い立てられ、慶介は呼吸を荒げた。闇に埋もれた世界で一点に集中していると、空間の位置感覚も次第に混乱していく。揺れる皮膚に触れ、浮かび上がる部位で把握できているようなものだ。
 いっそのこと、腹筋をフルに使って、キスするくらい顔を近づければ、表情が読み取れるのではないかと思った。よくよく考えれば、騎乗位の醍醐味は、顔と結合部分が良く見られるというところでもある。停電には多少感謝しているが、ちょっとでいいから光が欲しい。
 快楽を追う頭で、最良のイキかたを無意識に模索した。そして美晴の胸に手を這わせる。腰をぎりぎりまで浮かせていた美晴が、息を詰まらせてずっぷり身を沈めた。そのきつい埋め込みがさらなる興奮を呼ぶ。震える鎖骨をなぞり、うなじに指を這わす。お互い無理な体勢だ。
 やはり、いい加減明かりが欲しい。
 切実に慶介が思った瞬間に、パチンと機械音が鳴った。
 何の音かと思うより早く、視界が白一色になる。眩しさを、虹彩が白と認識したのだ。
 そのまばゆさは、蛍光灯の照明だった。
 つまり、停電が直ったのだ。
 上に乗っている肢体が、光を恐れるように戦慄いた。慶介は眩しさに打ち勝ち目を見開く。
 美晴は瞳を閉じていた。眉宇を寄せ、噛んだくちびるは充血している。肌の色に映える紅に、濡れた睫毛。汗に濡れて勃つちいさな乳首。喉仏と同時に腰が上がる。慶介はその質量を肥やした。ずぶずぶと沈む腰が、太さの増した慶介を柔軟に食んでいく。
 視界に入ったそれは、想像していた以上の卑猥さだった。細い脚の筋が慶介の腿に当たる。ぐいぐいと押し付けられる感覚が、射精感を近づける。まだ負けられないと思った。美晴を見ながら腰の動きを目一杯味わいたい。
 汗が滴り落ちた。美晴がそっと目を開ける。薄く開いたくちびるは何かの花弁のようだ。
「はや、く……っ、イ、け……よッ」
 久しぶりに言葉をつむいだ美晴は、息絶え絶えだった。
 しかも、まったく色気がない発言だ。でも、声の震えで感じているのがわかる。美晴が再び身体を起こして、大きく腰を上下させる。結合部分がもろに見える。早急に慶介をイカせたいのだろう。
 体力の消耗の著しさも、慶介には理解できる。しかし、終わらせたい気を露骨に知ると、ムキにもなりたくなった。快感を浮かされた脳で無理やり制御する。何度も射精感を気合で押し留めて、長い時間をかけさせた。
 「お願い、早く」と、一言でも可愛げのある懇願をしてくれれば終わるのに、勝気な美晴は絶対に言わない。結局あれ以上の発言はなく、彼は意地で腰を動かして続けた。
 射精に導く決定的なツボを探すような動きは、視覚的にも淫乱としかいいようがない。イッてくれなければ身が持たないとでも訴えるように、美晴の内腿が慶介の腰にこすりつけられる。ぐちゅぐちゅ鳴る奥に連動して、またゆるく勃ちあがった美晴の性器から、体液がこぼれ白濁の皮膚をさらに汚していく。
 喘ぎを止めようと、美晴がきつく下唇を噛んだ。目尻から、生理的に生まれた涙が頬を滑る。ぎゅうぎゅう収縮する窄みが、早く慶介の精を飲みたいと絞っている。美晴はにじむ視界を取り払おうと指で目をこすった。おなかの中に慶介の性器をくわえながら、それはとても子どもじみた仕草だった。
 それが、不意打ちのように慶介を突き動かした。
 我慢はすでに限界にも来ていて、吐き出す勢いも唐突だった。美晴は声を発する余裕もなく身を固めた。中に吐き出される衝撃を受け止めきれず、内部が怯えるようにきつく締め上げる。
「ッあ……あ、あ、あ、ッンッッ!!」
 スキンをつけていない状態の射精で、奥に注ぐ感覚が生々しい。慶介はようやく自身で腰を強く押し付けた。強張っている身体なのに、奥を突かれることは拒まない。
 動けない美晴の下肢を抱くようにして、慶介は身体を起こした。まだ結合している箇所が疼いたのは、座位になったことによって当たるポイントが変わったせいだ。
 美晴が詰めていた息を吐いた。この度はかなりの運動量があったはずだ。細い首が緩慢に上がる。
 薄く紅いくちびるを目で捉えると、吸い寄せられるようにくちづけた。慶介を見ていた美晴の目が閉じられる。舌を絡め、美晴が慶介の肩口を掴んだ。上下する半身は、息がまだ整っていない中でのキスだと教えている。
 今度は自分の身体で突き動かしたい。そんなふうに、慶介は強く思ってしまっていた。絡んでくれる美晴の舌も、その思惑にNOは言わなそうだ。
 少しずつ整えていく息と身体に、自由を与える。くちびるを離した慶介は、ゆっくりと身を抜いた。美晴は為すがままスライドされ、慶介の脚の上に股を開いた状態でへたったように座り込んだ。さすがにかなりの時間、最後は意地になってまで腰を動かしていたのだから、回復にも時間がかかるのだろう。足腰の疲労ですぐに動けないのかもしれない。
 それにしても、あられもなく広げられた股は淫猥だ。ひっぺ返して舐めてみたくなる。
 その衝動を実行したくなって、再び俯いた美晴の片膝裏に手を差し入れ持ち上げた。途端に、俯いていた美晴の身体がビクッと震える。慶介の肩を掴んでいた指に力が入った。それ以上に、力が籠もった箇所を見やる。
 半端に浮いていた尻から、粘りの孕んだ液体が落ちていた。どう考えても、慶介が目一杯中に出したものだ。吸収できない体液が、とろりとシーツを汚す。
 つい、指が伸びた。割れ目をなぞり、濡れている窄まりに指を押し進めた。
「も、まっ……っん、っふ、」
 美晴は、ゆっくり内部を掻きだしていく二本の指を抜くべく腰を動かそうとした。それを残った片手でホールドして、隙間を埋める。慶介の行動に美晴はすぐ抵抗を止め、耐えるようにぎゅっとしがみついた。中に出されたものは、どちらにせよ掻きださなければいけないものなのだ。
 股を開いたまま密着され、ゆるく勃った性器が当たる。精液の排出を促すために突っ込んだ指を、愛撫と認識している美晴の内部があった。慶介はたまらず、自身のモノと一緒に性器を握りこんだ。滑りのよい内壁が、驚いたようにくわえた指を締め付ける。
 二本ですり合わせながら、使ったばかりの後ろを拡げ指の出し入れをはじめると、抱きつく美晴が爪を立てた。
「あっ、ッ、いっ……や、め、」
 慶介の首筋に額を押し当て、かぶりを振る。まだ復活できていない身体だ。追いつけない快楽を恐れ、自然と拒否する言葉がでてしまったのだろう。もう一度この状態ではじまってしまうと、快楽が制御できなくなるのを知っているからだ。だが、止めるつもりは微塵も持ち合わせていない。
 大体、あの騎乗位だけで終わらせるつもりはなかったのだ。美晴の律動だけでイくと決めた時点で、二回目の挿入を視野に入れている。
 もっと反応が見たくて挿れる指の本数を増やした。前と後ろを指で縫いとめられた美晴は、喘ぐようにもう一度「いや」と口にしたものの腰は揺れる。慶介はその細い脚を割った。片肩をシーツに押し付け、膝の裏を持つ。美晴の身体が、慶介の求める行為に気づいて固まる。そして、神妙に深呼吸をした。
 挿れられること自体を、拒んではいない。それだけで充分だ。慶介は望むまま、押し進めた。
「っ、く……ぅ、あ、ぁ、んっッ」
 二回目の挿入にも関わらず、美晴は少し痛がるように喘ぐ。だが、嬌声は挿入のときだけだった。柔軟な脚を目いっぱい拡げ深々と刺して動かせば、すすり泣くような声しかしなくなる。シーツを掴む指の力が抜けた。奥まで突っ込まれた瞬間に、理性をぶっ飛ばしたのだろう。
「ふ、……ぁ、っ、ん、っ、んっ」
 くいくいと締め付けてくる中は、どう考えても嫌がってはいない。しかし、中出しもそんなに慣れていない身体だ。負担の具合がいまさら気になって、一応聞いてみることにした。
「大丈夫か」
 髪を撫でながら問えば、羽のような肩甲骨がか細く浮いた。肩で泣いているようにひりつく呼吸をしながら、美晴がこくんと頷く。あわせて受け入れている内部が、慶介を締め付けた。動きが拙いと感じたのは、その締め付けが意識的に行なわれている証拠でもあった。
 ……欲しがっている。
 その事実に駆り立てられ、慶介は思う様に律動を開始した。肌の当たる音が飽きもせず繰り返される。おざなりになっていた性器を握り込むと、過剰なまでに締め付けてきた。一旦、前後運動を緩めて、相手を先にイカせる。慶介をひとつの穴いっぱいに頬張った美晴は、素直に応えた。
 その射精を慰める間髪は入れず、慶介が腰の動きを早めた。美晴がかろうじて張っていた筋が、力を失う。泣く声と同じように、ひく、ひく、と震える腰を持ち上げ、奥へ何度も引いては強く押し付けた。
 自分で動いたほうがイくのは早い。歓喜に吐き出す種を、できる限り奥へ押し込む。実らない土壌だからこそ、蒔いた痕跡を何度もつくる。
 ゆっくり抜いていけば、穴から白い体液がたくさん漏れてきた。美晴の肢体は、時折電流が走るようにビクッと揺れる一方、身に力が入らないようだった。あれだけ騎乗位で腰を使った後に、人一倍以上のパワーを受け入れたのだ。無理強いに近い状況ともいえるし、動けないのも当然だ。
 うつ伏せのまま呼吸を繰り返す美晴の表情が気になった。慶介は彼の身体に手を差し入れて抱き締めた。触られたことに戦慄く痩身を、ぐいと自分のほうに向けさせ首下に腕を通す。そして、為すがままの仰向けにされた美晴を覗いてみた。また「大丈夫か」などと、呼びかけてみようと思ったが、大丈夫でないことは明白なので黙って見る。
 美晴は瞳を開いていた。涙のかすかな跡が間近にあった。泣かせた跡だ。蘇生するように、ゆっくりと息をしている。まばたきを数度して黒目が慶介を映した。
 普段より美晴への負担は大きい。現にこの状態だ。いつもセックスの後、美晴はすぐに風呂場へ直行する。起き上がる気力がないときは慶介を叩いて介助させるくらいだ。
 でも、今は頼まれてもこのままでいたかった。慶介は偶然の体勢に笑みをこぼしていた。
 滅多にないこと、腕枕になっているからだ。
 美晴が声を発しようとしたのか、息を吸い、小さくむせて慶介側に身体を向けた。しかし、力が入らないのか動きが緩慢だ。慶介はその動きを片手で補佐して、背中をさする。肌の触り心地に隙間なく抱き寄せたい衝動に駆られた。
 美晴の吐く息が、枕にしている腕にかかる。
「……つれてけよ」
 掠れてはいるものの色気のある声だ。
「今?」
「まだ。……あとで」
 慶介が希望していた回答がきた。珍しく、眠りに落ちそうな美晴の様子だ。つまり、満足できるまで腕枕ができるようである。
 薄い赤みの目尻を撫でると、喉を鳴らして美晴が目蓋を伏せた。容貌に安心感を添えている。その柔らかな表情、動作は妙に可愛らしいものだった。慶介は愛を込めて、そうっとくちびるを寄せる。
 雨の音は、やさしいものに変わっていた。




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