* Mi sento soave *


 机の脇にある引き出しの一番下から、修太郎が黒い巾着袋のようなものを取り出した。
「これ、こないだバレそうになったんだぞ」
 そう言いながら渉に渡してきたものは、前回まで袋にいれておらず隠していた場所も各々で別だった。
「袋買ったの?」
 開けながら彼に問う。中には、ハンドクリームに似たかたちの潤滑剤とスキンがおさまっている。前者は渉が金額度外視で購入したものだ。修太郎から親の小遣いで買う代物かよ! と言われたが、相手を傷つけないように挿入する側が労力を惜しまないのは当然だ。躊躇いなく店を探して、成人のふりして買いに行った。
「うん。一〇〇均で。それ、もう持って帰れよ」
 同様に修太郎も、セックスのアイテムを自室に隠すのに四苦八苦しているようだ。
「えー、俺の部屋でする気はねーもん」
「なんだよそれ」
 修太郎が、しょうがないな、という表情でベッドに腰かける。隣にいる渉は、取り出したものを脇に置いて、ぎゅっと彼を抱き締めた。
「あー、やばい。好き」
 彼の匂いがする部屋。そして、腕の中にいる彼。気持ちを受け入れるように、修太郎も手をまわしてくれる。
 恋愛感情として好きだと気づいたのは、中学校を卒業してからだ。別々の高校になって数ヶ月疎遠になっていたが、修太郎のお菓子づくりがきっかけでまた週に一度会うようになった。会うようになってから勉強のモチベーションも上がって成績が伸びた。
 はじめは、会える楽しみと彼の自室の匂いで満足していたけれど、我慢できずスキンシップを求めるようになった。はじめて修太郎を抱き締めた日、まだ友達同士の枠を越えていなかった渉は慌てて家に帰った。自分の欲望があからさまに勃ったのを悟られたくなったからだ。
 そんな想いに気づかれて、正直に告白してOKが出た。それから一年半。去年よりも今年、春のときよりも、夏のときよりも、今のほうが愛しくて恋しい。
「修、」
 耳元で囁いてくちづける。想いのままがっつくよりも、じっくりするほうが好きだ。頬にくちびるを何度もあて彼の口元に寄っていく。少し顎を引いた修太郎が照れているのがわかって、渉はようやくくちびるを重ねた。従順な口が薄く開いて舌を受け入れる。
「ん、……っ、ん」
 息継ぎをするように洩らす修太郎の声に、渉の熱と鼓動が上がった。普段の友人然とした状態ではでてこない甘い響きに誘われて、パーカーのチャックに手をかける。ジィーッと音が鳴り途切れる。
 くちびるを離した渉にあわせて、修太郎が慣れたように服を脱ぎはじめた。
「修の反応してる」
「それ、おまえに、言われたくないんだけど」
 口をとがらせる彼の頬は薄く紅潮している。付き合いはじめの頃から夏休み前くらいまでは、むき出しにされた性器に触れ、互いの熱を抜きあうことのほうが多かった。でも今は、渉がそれだけで我慢できない。無理をさせるのは承知で、修太郎と繋がりたくて仕方がない。
 彼もそれをわかってくれている。体調がよくない日でないかぎりは、渉の熱を体内に受け入れ愛してくれる。その想いだけでも、渉にはかけがえなく嬉しさと欲がこぼれる。
 裸になった修太郎の脇に両手を差し込む。乞うように視線を向けると、彼のほうからくちづけてくれた。角度を変えながらキスをして、背中の肩甲骨をなぞる。修太郎のにおいだけじゃなくて、骨格も好きだ。それは素肌を抱くようになって、好きだと気づいたことだ。
 ゆっくり押し倒して、首筋から鎖骨に舌を這わせる。細い腰骨や腿の付け根あたりのきわどい部分を触りながら乳首を舐めはじめると、修太郎の皮膚がビクッとふるえるようになった。
 じんわり刺激される愛撫を、最初の頃の修太郎はくすぐったいと散々言っていた。
「……ぅ、ん……ぁ、……んっ」
 今ははじめから快感を得ているようで、眉が下がっている。それが、愛しくて興奮を呼ぶ。
 確かめるように薄い皮膚を何度も舐め、全身を手で撫でる。片膝を折り曲げさせて足の裏をさすれば、甘い笑いがもれた。ここだけはまだくすぐったいようだ。
 両乳首を舌で立たせて脚を広げる。何度経験しても彼は恥らうように顔を背ける。セックスのときだけにしか見せない表情は渉の気持ちに拍車をかける。
 ……やべえ。修の、イクとこ見たい。
 我慢できず彼の性器に触れる。先端を掴み、クリクリと人差し指で刺激を与えると、あからさまに彼の欲はふくらんだ。渉の身体を求めている痴態を隠すように、修太郎がそばの枕を引き寄せぎゅっと掴む。ヒクつく下肢を渉は大胆に引き寄せて、大きく広がるように跨がせる。
「も、準備しろって」
 なぞられた肢体は敏感になっているようで、渉もようやく言われるまま避けていた袋から潤滑剤を取り出した。勉強の合間にしつこく調べて見つけたクリームタイプのものは肌の馴染みもすべりもよくて、修太郎を傷つけない。はじめて挿入を試みたときに、渉の用意周到さを彼は唖然としていたが、万が一血が出たり傷つけたりすることがあってはならないのだ。挿入箇所は元々受け入れる器官ではなく、けっこうデリケートだ。医学部志望の延長で、直腸の仕組みまで渉はしっかり調べている。
 手の中で出した液体が冷たく感じないように温めて、修太郎の下肢に塗りつける。これからはじまることに緊張している柔肌を宥めながら、奥へ指を這わせ受け入れるスポットに挨拶をした。中指を入れようと押す。反射的に彼の脚に力がはいる。
「修、呼吸、」
 声をかければ、自身が息を止めていることに気づいたようだ。
「ん、うん」
 ゆっくり一呼吸すると、かたくなっていた蕾がほころぶように指が飲みこまれた。
 ……修の中、あったかい。好き。
 慎重に、でも早急に。繋がりたい気持ちを心の中でぐるぐるとまぜながら、渉は出し入れをはじめた。潤滑剤は値段が高いだけあって、乾くことなく渉と修太郎を手伝う。グチュグチュと濡れる音。少しずつ本数を増やす。彼の性器が媚びるようにふるえて、腰が浮く。
「ん、あ……っ、ん、ぅん!」
 くちびるを噛む修太郎を見て、さすっていた内部をさらにしつこく触った。ウェブ上で学んだ、前立腺を刺激の位置。彼の身体に汗がにじむ。たまらず上半身をかがめて腹をくちづけ、へそに舌を差し込む。指を出し入れをしながら修太郎を舐めていれば、そそり立つ彼の性器が渉の肌に強く当たり、粗相をさせないように握って、先端をクッと押した。
「あ、っ、わた、っあ、……も、」
 我慢できないような色のついた喘ぎがもれて、指を入れた部分が締まる。性器を手を離すと安心したように弛緩した。異物が入ってくる不安感がない内部を確認して、渉は静かに指を引き抜いた。
 修太郎に、おまえは我慢強いと言われている。確かに高校生のわりには恋人と繋がるのに時間をかけていると思う。でも本当は、大好きなひとのぬくもりと感じる声だけですぐにでもイキそうになる。本当に好きだから、無理強いはしたくないから、自分を抑えてでも準備だけは丁寧にしたいのだ。
 内部と彼の状態を確認して、渉は挿入する体勢になった。最も時間をかける場面だが、今回は今まで以上にスムーズで、満たされる感覚と同時に、あれ? と思った。彼の脚を抱えなおす。
「う、ん、っん……あ、」
 いつも枕をきつく握り締めている修太郎も、手の甲を見せてゆっくり息を吐いていた。一度も眉を寄せることなく、下肢と下肢が密着する。繋がりきった瞬間に修太郎が口元を開いた。
「渉、今日の、ぜんぜん痛くない」
「マジ?」
 前までは違和感に渋い顔をしていた修太郎が、余裕をもってくわえている。セックスが上達したと褒められた気分になって舞い上がった。
「ん。動いて、いいよ」
 目尻を下げて息の浅い彼が言ったのにあわせ、少しスライドする。ヒクッと食むようにふるえた内部に感動して、我慢できずに大きく律動した。
「やべえ、修の中、マジ、好き」
「っ、あ、まっ……あ、っん」
 情動のまま打つと修太郎が一心に快感を受け止めてのけぞる。早々良いポイントにあたったらしい。喘ぐ声を抑えられなくなった彼がかわいくて、ペースを少し落として薄く開いたくちびるにくちづける。修太郎が渉の身体を欲しがるように、腕と肩に手を這わせてきた。
「あ、……ッ、ん、ン……ッあ、ン!」
 互いの体温とにじんで滑る汗。回数を追う後に、感度がよくなる艶やかな姿態を貪り尽くしたくなって、渉は彼の性器をしごきはじめる。舌が離れ、ダイレクトに感じる二箇所を攻め立てられた修太郎は渉の肩に爪を立てた。
「あ、イッ、あ、アッッ!」
 突かれながらイッた修太郎を眺め、渉は幸せになった。汗に張り付いた髪。うつろな瞳。皮膚を汚す精子。
 ……えろい。修、えろい。最高。
 少し動くと快感にきゅっと目を瞑る。そのかわいい仕草が渉に火をつけた。自分の下で、健気に自分の欲をおさめている恋人。
「修ちゃん」
 下肢を動かして名を呼ぶ。すると、目蓋を開けて渉を見る。修太郎の感じる表情にくちづけて、空いている左手に自分の左手を繋げ、ぎゅっと握って腰を引いた。強く埋めるように押し込むと、グジュッと音がもれる。生々しい結合音を何度も繰り返すたびに締め付けてくる感覚。彼の中で果てることしか考えられなくなった。
「修、修、」
「っあ、ん、んっ、あっ」
 強く大きく打ち付けているところに速度がつく。はじめの頃は渉の律動に耐えるような表情ばかりだった修太郎も、熱に溺れたように気持ち良さそうな顔をしている。
「修、もっと、」
 奥の奥まで貫いて下肢を固定する。腰を揺り動かされたぶんだけ絞られる温かい修太郎の中。
「いっ、あっ、ぅ、ッン!」
 ゾクゾクッと強い衝動がおりて精を放てば、修太郎の身体も受け止めるようにふるえた。
 スキンをつけているから抜いたほうがいいけれど、渉はいつも抜きたくなかった。熱はスッと抜けても、またすぐに復活するのだ。
 くちびるを寄せて軽くキスをする。息継ぎをする彼が視線を向けた。
「も、すぐ、やる?」
 修太郎も自分の中にいる渉が復活しはじめているのを感じ取っているだろう。ふくれあがるものは修太郎の中で出したい。
「次、生でいい?」
 一度目はネットで学んだセックスの教義にあわせる。でも、二度目は願望に素直になる。いつものパターンだ。
「うん。律儀だな、っ、ん、」
「だって、好きだもん。たいせつにしたい」
 スキンを取るために一度抜き、硬度をつけて挿入しなおす。体液にまみれた胸を撫でて、乳首をしゃぶる。
「オレ、渉の、そ、いうとこ、好き」
 愛撫されながら渉の性器を下でくわえる彼が、快楽に浸りながら言葉をもらす。
「どれ? これ? ココ?」
 渉が舌を這わせて訊く。手は結合部分を触ると、修太郎は小さく笑った。
「あっ、も、バカ、ぜんぶ、だよ」




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