* Amo tua merenda *


 二日前、この街にもとうとう初雪が降った。かじかむ指にホッカイロを当てて高校へ赴いたのが今年最初の登校で、修太郎は少し緊張して教室に入ったものだ。他高校の恋人がピリピリしているせいかもしれない。実際、周囲は受験をする者ばかり、すでに進路が決まっている修太郎は彼らを刺激しないよう応援するしかなかった。昨日は友人たちにこっそりお菓子を持っていって喜ばれ、教習所に通っていることを羨ましがられた。
「っ……、んっ……んッ、あ、」
 冷たい手に、恋人の熱い指が重なる。修太郎の骨格と体臭が好きと言って離れない渉は、低い体温にぬくもりを与えてくれる。ゆっくり出し入れされる感覚にほどけた身体が、電流のようにピクピクとふるえる。
「修、気持ちいい?」
 普段では聞けないような、熱っぽく色をこめた声。敏感になった肌をいさめるようにくちびるをきゅっと結んで頷いた。
 ……二回目のほうが、おかしくなる。
 すでに一度、修太郎の身体は丁寧にほぐされて彼を受け入れている。医学部受験を目前に控えている渉は、医者を志しているだけあってセックスの用意も周到で、毎度傷つけないように準備をしてから挿入してくれる。彼の気遣いは嬉しいが、果てたところで彼の熱はおさまらない。セックスをはじめてしまえば、かならず二回目があった。しかも、間を入れずスキンをはずして繋げてくる。
「あ、っあ、ん、ッン……ぁ、あっ、」
 我慢できず洩れてしまう自分の声。一度目の挿入のほうがきついはずなのに、その後にいれられるほうが渉を強く締め付けてしまう。両方でぷっくりと立つ乳首を指で弄ばれると、ますます下肢が彼を食む。
「マジ、気持ちいいって顔、してる」
 渉の幸せそうな呟きに、修太郎は恥じらいながらも強く感じていた。最近、二度目の快楽にすっかり翻弄されるようになってしまっている。
「っふ、……あっ……っあ!」
 スキンがあるよりも、ないほうが熱を感じると気づいたし、こすりあう内壁と性器の密着度が違うのだ。しかも、渉は修太郎の中に精を撒く。彼のすべてを受け止めたような安堵と恍惚に身体がふるえてしまう。
「っあ、ン! あ、っあ、」
 気持ちよい角度に当たり、そこからぞわぞわと突き抜けていく快感。それは、触れられていない性器にもダイレクトに響いていた。少し前までは触られないと射精しなかったものが、今は触られなくても吐き出せるようになってきている。ペースを速めてきた渉の手が、律動にあわせてゆれる性器をつかまえる。修太郎はそこから生まれる悦びを知っていた。目をきつく閉じると同時に、彼がわざと先端を握って止める。
「っい、あ! っん、あ、」
「一緒に、いこ、修ちゃん」
 ロマンチストというよりは子どもがねだるようにささやく、渉の声を聞く。腰の動かし方は絶妙で、どんどんうまくなってる、なんて本人に言えるはずもない。
 渉から強く愛されて恋人同士になった。だからこそ、渉からセックスを求められることは早い段階からあったし、修太郎も覚悟して受け入れたのだ。最初は、ヤリたいお年頃らしく挿入にハマッてガッつくものだと思っていた。しかし、渉は高校生あるまじき我慢強さで修太郎を愛してくれた。今のように慣れるまで、異物感に眉をひそめる修太郎の気持ちを尊重して、抜きあうことのほうが多かったのだ。
 ガツガツくればいいのに、と言ったこともあるが、自分の大好きな相手に無理させることなんてできるかよ、と、生真面目な顔で言われ、恥ずかしかったがそれ以上に嬉しかった。そんなに自分のことを大切に思ってくれているとは思わず、修太郎も少しずつ慣れる努力をしていた。
 互いの慎重さと努力が実ると、愛しい想いも増す。挿入されて素直に感じるようになれた修太郎を、渉は心から嬉しそうに幸せそうに抱くのだ。慣れることができた修太郎自身も、渉の身体を受け入れる幸せを感じている。
「う、ッあ、ん、あっ、ぁんっ、んっ」
 激しくなる律動に背を仰け反らる。重なってきた体温の高い手。修太郎の冷たい手と重なる。
「修、修、」
 せり上がるものをぶつけるように、甘く強く身体をゆらす彼の手と腕にぎゅっとすがって、快楽から振り落とされないように喉を鳴らした。男の汗が頬に落ちる。彼の熱にとける感覚に溜めていた涙も落ちた。
「イっ、あ、あ、ぁあ!」
 不意に蓋されていた性器が解放され放たれる。身体が出されるものを同時にとらえて、大きくわなないた。脳天を貫くような快感を与えられると動けなくなる。ヒク、ヒク、さざめく中から渉が性器を抜くことなく覆いかぶさるように抱き締めてきた。
「修、好き」
 同級生の幼なじみだが、渉は日を追うごとに子どもっぽいところを見せてくる。昔から決めた目標にまい進したり、妙に大人ぶったり、格好をつけるところがあるが、最近は修太郎にそういう面を見せない。
 呼吸をなんとか落ち着かせて、そっと腕を動かす。そして、渉の背中を撫でる。
 渉がストレスを溜めているのは、わかっている。心配や不安を、修太郎の愛情で補おうとしていることにも気づいている。
 理由は、すぐはじまる大学入試だ。高校の勉強はそっちのけで昼夜問わず勉強している彼だが、第一志望校は合格圏内に至っていないらしい。全国トップクラスの国立大学を狙っているのだから、あと少しで合格圏という時点で修太郎からすればものすごいことなのだが、上には上がいて、しかも塾に合格確実と言われてる受験者がいるらしく余計焦るのだそうだ。
 焦っても不安になっても、未来を心配してもどうしようもない。渉もわかっているようだが、気持ちが追いつかないらしい。そして、わずかな時間を割き、家族がいない時を見計らって修太郎を抱きに来る。愛情を求めて、安心感を求めて、幸せな気持ちを求めて。渉が来たときは、SOSを出しているときなのだ。
 とはいえ、修太郎も両親と姉と同居だ。渉は自室でしたがらない。勉強の軟禁部屋と化している場で、修太郎とヤりたくないという。そのせいで、口を押さえて静かにセックスをしたり、どこか良い場所を探したり、と、けっこう危ない橋も渡っている。
 ……今日みたいに誰もいなくて、渉だけのこと考えられる日はいいなあ。
 求められることは嬉しい。セックスもどんどん気持ちよくなっている。一緒にいられることは楽しい。修太郎は製菓が学べる調理専門学校の推薦が決まっているし、アルバイトもはじめた。あとは彼が医学部に受かるのみなのだ。勉強のアドバイスなどはできないから、せめて献身的に支えたいと思う。
「渉、寝た?」
 下肢を繋げて抱き締めたまま動かない恋人に呼びかける。頭がすぐ動いた。
「起きてる」
 そのままでは修太郎の身体に負担が出ると気づいたのだろう。理性のよく利く渉はごねることなく、ゆっくり身を引き上げた。名残惜しそうな様子だが、ウェットティッシュやタオルを用意して後始末をはじめる。これもはじめは拒否していたのだが、彼がやりたいと言って憚らず、すっかり渉の奉仕の一環になっている。
 空いている隙間に渉の心細さが透けて見えた気がして、修太郎は処理が終わると手を伸ばした。すぐに察した渉が嬉しそうにくっついてくる。目元にはクマがあり、心労を抱えるオーラが離れない。大変そうなのが顔に出ているのは、修太郎だけでなく幼い頃から彼を知る両親も姉も気づいている。
 労わりたくて頬に触れると、渉が、えへへと笑った。その笑みは好きで、修太郎も微笑む。
「あと少しだからな」
 がんばれ、とは気安く言えないけれど、想いを瞳に宿す。彼はわかってくれているようで頷いた。
「おう」
「で、第一志望、受かれよ」
 ここまで折れずにがんばってきたのだ。修太郎にはこうして抱き締めることと好きなものをつくってあげることと、祈ることしかできない。渉の目尻が緩まった。
「受かったら、お祝いのケーキつくって。ホールで」
 口にしてきた約束は案の定、甘い甘い洋菓子。
「ほんと、甘いもん好きだよな」
 少し呆れながらも、渉が甘党でなければこうした仲まで行かなかっただろうと思う。逆を言えば、この関係にならなかった渉は、どんな思いをして受験に立ち向かうつもりだったのだろう。それを思うと、自分がいてよかったと修太郎は心から想えるのだ。
「あとクッキーも」
 恋人同士になるきっかけになった、お菓子作りのメインレシピも彼は忘れない。
「とびっきりのやつ、つくってやるから。だから、約束な」
 修太郎の言葉に、渉は首を縦に振って目を閉じる。一時間だけこのまま寝かせて、と、ささやいた彼をやさしく抱いて、修太郎は先のことを思う。
 本当に二人でいろんな想いを抱いてる。今は受験のことが一番だけれど、今年はそれで終わりじゃない。医学部合格はゴールではないのだ。
 彼が合格することは、疎遠になることを意味する。修太郎も自分の希望する世界に向けて動き出す。互い専門職を目指すことで、忙しさもすれ違いも増すだろう。
  ……それでも、渉のことは失いたくない。おれも、好きなんだ。
 せめて今は、二人のためのひとときを大切にしたい。彼の温かい肌を撫で、愛しいなひとの眠る顔にそっとくちづける。そして、時間になるまで渉を見つめていた。




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