* カサの城 *


 下校前から影をつくりだした雨雲を、避けるように家路へと急いでいたときだった。
 最後の路地を曲がって、自宅に面するアスファルトの、ど真ん中。我がもの顔で鎮座する傘たちの鮮やかさが目に刺さって、私はひととき足を止めた。
 モノクロの景色に咲く花は、よくよく見れば、何かを保護するようにドームのかたちを模している。いよいよ降り出した雫をかきわけて進む程に、カラフルなドームから誰かの声が漏れた。
 ははん。私は、それが何を意味しているのか、ようやく気がついた。昔、私もよくつくったではないか。雨天に咲く、傘の城だ。
 私はぐるりとドームをまわり、出入り口らしきところで軽くひざを折った。
 すると、中にいた小人も気づいて顔をだす。
「あ、おねえちゃん、おかえり」
 いつもは素っ気ない妹が、はにかむように私を見上げた。狭苦しい室内に身を縮め、彼女のちいさな手は、頼りない柱を支えている。
 傘が崩れないよう、常に補強を必要とするお粗末なドームだった。ぱらぱらと音を立て、雨が傘に当たる。
 妹から傘をひとつ奪えば、これ以上濡れずに済む。そのせいでドームが壊されたところで、所詮、子どもの城だ。
 ……それは、とうに私が入ることのできなくなった、夢の城だ。
 容易く破壊されるであろうそれを、必死に守る彼女を見つめた。黙ったままの私に、叱られるかもしれないと、妹が不安気に見つめ返す。
 いつかは失っていく場所だ、と、諦めてしまうのは、あまりに哀しすぎる気がした。本格的に濡れだした制服は、また乾かせばいい。けれど、この城だけはおそらく、失った分、もう二度と取り戻せはしないのだ。
「ここにお菓子、もってきてあげようか?」
 意識なく、共犯となる言葉を問いかけていた。彼女はその一言だけで、パッと華やかな表情を見せる。
「ほんと! いいの?」
「いいよ。だから、ちょっと待ってて」
 瞳をきらめかせた妹につられ、無性に嬉しくなった私は目を細めた。



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