* 女子的座談会 *


 口内交接を倍速で飛ばしたテレビ画面へ、ポテトチップスをつまんでいた千佳がつぶやいた。
「あ、これ偽パイだ」
 途端に、手前で食い入るように見ていた朋子が振り返る。
「え、マジで、やっぱこのデカさは嘘モン?」
 そう訊ねる瞳は、妙に輝いていた。液晶テレビの音声口からは、猫のさかる鳴き声に似たような喘ぎと、肉から染み出す水音が元気よく流れている。千佳は、至極冷静にその乳房を指さした。
「体型のわりに大きいとは思ったけど、仰向けになったときにあんだけ崩れないのはおかしいでしょ。ほら、今ちょうど、」
「待って、ちょっと、リモコンどこ!」
 朋子が見直そうと、あわててリモコンを探す。そのすぐ横で、春希が眉をしかめて千佳を見ていた。
「ちぃちゃん、」
「ん、呼んだ」
「偽パイってなに?」
「うそ、ハルキ知らんのか」
「待って春希、今ちょっと巻き戻すから」
 その声と同時に、肌色だらけの画面が巻き戻っていく。千佳がつぶやいた少し前まで、朋子は見直すようだ。
 三人が春希の部屋で鑑賞しているのは、アダルトビデオと呼ばれる代物である。部屋遊びのネタが尽きてきた冬の最中、春希が突然話題に取り上げたことで鑑賞会が実現したのだ。彼女によれば、冬期講義終了後の学内カフェテリアで、集まった同ゼミの女友達が、AVをはじめて見た話を披露したらしい。女ばかりが集まる大学の園で、AVの話は大いに盛り上がったそうだ。その会話の大半が、AVという物自体に対する批判であったのだという。
 春希の提案に賛同した千佳と朋子は、学部こそ違うが同じ大学に通っている。互いに住む家が同駅周辺ということもあって、大学外ではよく三人でつるんでいた。遊ぶ場所はもっぱら一人暮らしの春希の部屋だ。先日まで、それぞれ月末提出のレポートに追われていたのだから、この鑑賞会は刺激あるストレス発散となっていた。
 この度上映されているDVDは、朋子が兄の部屋から秘密裏で一本抜きとってきたものだ。千佳いわく、一番平和そうな単体モノと呼ばれるジャンルである。AV女優の名前は、大半がそうであるように、どこかの芸能人をもじっている。明らかに偽名である。
 朋子が巻き戻しすぎた画面を待って、一時停止のスイッチを押した。それは、つい先ほど千佳が指をさしたところになる。
「偽パイはね、豊胸したニセモノのオッパイってことなんだけど……確かにこの乳、お椀すぎる気はするなあ」
 春希に偽パイの意味を説明しているが、朋子の視点は常に疑惑の胸へと集中している。近づいてみても、所詮テレビ画面は二次元なのだから、確証を持てないようだ。
「なるほど、だから偽パイって言うんだあ。なんか豊胸したムネって堅そうね」
 聞き慣れない言葉でも、春希はすぐ理解したようだ。ついでの感想に、千佳が同意しながら補足した。
「そうそう。だからトモ、静止画じゃわかりにくいよ。揺れ方の質で見分けるんだから」
「なるほど。じゃ、ポチッと」
 しかし映像は、すぐ女優の下半身のほうへと切り替わってしまった。言葉責めのつもりなのか、AV男優の撫で声に女が恥じらうような素振りで答える。初モノとパッケージに描いていないのだから、明らかに演技であろう。
「わかんないなあ。微妙に揺れてたけど」
「むしろ、乳をもむシーンがほぼないのがアヤしいな。つか、下攻めるの早くない?」
 千佳がそのまま独自の仮説を貫き、付け加えた。しかし、画面に釘付けの朋子は易々と切り返す。
「でも、男ってこんなもんじゃない?」
「え、そんなもんなの? ハルキ的には?」
下世話な話に春希は一度顎を引くが、二人の会話に追いつこうと瞬きをした。
「うーん。たぶん、ちぃは、胸大きいからじゃない? 胸好きの人が集まっちゃうとか」
 春希は応えながら、口元に寄せていたハーブティのカップをミニテーブルに置く。その目線は若干泳いでいた。
「うわーなにソレ、すっごくうれしくないー」
 嘆く千佳の前で、朋子が「千佳っぺ、オッパイ星人ホイホイじゃん」と、ひとしきり笑った。三人の目の前では、男がディルドを持ち出していた。
「にしても、今のモザイク技術すごくない?」
 振動音が音声に加わった最中で、朋子が千佳を見やる。局部が画面いっぱいに映っている。春希の部屋にあるテレビは、映画好きの彼女の嗜好から安物ではない液晶テレビだ。サイズも、独り暮らしにはしては少し大きく、色の濃淡もはっきり反映していた。それは映像が重要視されるAVにとって好ましい条件だった。
 ある意味で、三人の受ける刺激をプラスアルファさせている。鮮明すぎるのだ。今もこの通り、女の声とともに臀部はひくつき、モザイクの中心部に張り型が突っ込まれる様がくっきりと映されている。
「確かに。でも、毛の処理跡がちょっと痛々しいな」
 あからさまな映像にも動揺を見せず、千佳は感想を述べた。がさがさとポテトチップスの袋に手を突っ込んでいる。最早グロいともいえる状況より、AV女優の毛の処理跡のほうが気になるようだ。
「確かに生え際がポツポツ赤いねえ。これ、絶対かゆいよ。でもさ、本当に細かいところもよく見えるね、この液晶」
「女優泣かせの液晶画面だよなコレ。パイパン系のとかコレで見たらどうなんだろ。むしろ処理どうなってんの。まさか永久脱毛してるとかないよね」
「アソコを永久脱毛って、まさか、いくらなんでもそれはないでしょ。生えなくなっちゃうんだよ。おばあちゃんになったときどうすんの!」
「おばあちゃんになっても、生えなくてオッケーなんじゃん? それよりトモ、パイパンものもありそう?」
「うん、兄貴のコレクションにあるかも。今度またこっそり探すか」
「そんときはまた、よろしく! つか、男もうちょっと黙ってくんないかね。男の声マジ邪魔なんだけど」
 どうよ春希。
 千佳が黙ったままの部屋主に声をかける。グジュグジュとうなるテレビに目が向いていた春希は驚いたように千佳を見て、一度ちいさく咳をした。
「あれ、ええと、白人のひととかって、夏は水着を着る前に下の毛全部処理するんだって。ちぃ知ってた?」
「ええ、マジで! 無理無理無理かゆいかゆい」
 先に反応したのは朋子だ。全処理後、また生えてくる毛と柔肌の攻防を想像して顔をひきつらせている。実際に、肌が毛に負ける部位でもあるから、簡単に腫れてしまうのだ。その事実をよく知っている千佳も、「知らないソレ。私もさすがに無理だ、これは頼まれてもキツい」と、返答した。
「私も絶対無理。アリエナイ。水着の裏地ないのかな」
「なさそう。海外の雑誌で、乳首のかたちくっきりのビキニとか平気で着てんじゃん。上下裏地ないんでしょ。うわあ全体的にムリムリアリエナイ!」
 朋子が、春希の説を強く支持している。顔をひきつらせる彼女に、千佳も頷いた。
「海外のビーチに行くときは、水着の用意必須だな。の前に、もう長いこと水着着てないってところからはじまるんだけど」
「夏、みんなで一緒にプールでも行こうよ」
「ええっ、見せるカラダなんて持ってないよ。行くなら、明日からジョギングしないと」
「なら、運動しようか、トモちゃん」
 笑いながら春希が言えば、「元陸上部とはヤダ」と、朋子は地団太を踏むような仕草をした。そして、テーブルに置かれているマグカップへ手を伸ばす。
 普段と変わらない雑談の中、BGMは変わらず一八歳以上お断りの内容だ。しかも、時が経過するほどテレビの中の事態は濃厚になっていく。適度な手技で内部はほぐされしまったのか、男が女の白い片脚をつかんでいた。彼女はなすがまま身を預け、カメラのアングルが変わった。女優の目線に近い位置だ。素直に正常位から挿入するらしい。マグカップの中身を飲み干した朋子が、本格的に喘ぎだした女優を見ながらつぶやいた。
「はじめてまともに見たけど、けっこう女優のひともしんどそう。コレって、撮影をさらに編集してるわけでしょ。実際もっと長い間、こんなんヤッてるってことだよね」
 その響きには、かすかな哀れみも含まれていた。好奇心からとうとう少しの同情心も生まれたようだ。
「ヤッてんじゃん? さすが女のドカタといわれるだけあるわな」
 一方の千佳は、空になった菓子の袋を手元に残したまま、テレビ画面に真剣な目線を送っていた。その表情は、待っていました肉のぶつかり合い、といわんばかりだ。彼女が一番楽しみにしていた場面だったようである。交接ポイントが大きく映れば、マイクもより水っぽい音を拾う。
「にしても、けっこういいケツしてんなこのひと」
 先刻前の朋子と同じような輝きを、瞳に宿して千佳がつぶやいた。
 ひとときを経て、画面が出だしの正常位から騎乗位に姿を変える。そして、跳ねるようなピストン運動がはじまった。意味もなく三人の腰に力が入る。
 その数分後、春希は我に返ったように朋子の名を呼んだ。
「と、トモちゃんは今まで見たことないの、お兄さんからくすねたりして」
「え、ないよ。うちの兄貴が使ってると思うと、キモくて見る気もしないって。今回はじめてだよ、こっそり持ってきたの。たぶんバレてないと思うけど」
「あんた、なにげにコレいい機会だと思ってんじゃないの?」
 会話に耳を貸さないと思われていた千佳が、ニヤリと朋子を見た。
「よくご存じで。一人で見る気にはなれないっしょ。つか、まだイれてんのかよ! ながっ!」
 その声に反応したのか、裸で活動中の二人がタイミング良く動きを制止させた。体力を使う体位から、今一度正常位に戻る。また動きだした。
「ここまでくると見てるほうが疲れてくる……腰痛くなるよコレ」
 春希がちいさなため息をこめると、前にのめって画面を見ていた千佳が姿勢を戻す。目がDVDデッキのリモコンを探していた。
「飛ばす? 私この体位飽きたわ。偽パイであんま乳揺れないし」
 千佳はそう言いながら、朋子から手渡されたリモコンのスイッチを押していた。セックスの状況が早送りされると、まるでエロティックというよりブラックユーモアの番組が放映されているようである。
「お、バックだ、いいねえ」
 その鶴の一声で、DVDは通常速度に戻った。千佳は楽しそうだが、肌色だけの世界に、朋子は液晶画面を視界に入れるのも面倒になってきたようだ。中身のティーポットをすべて自分のマグカップに流し込んだり、DVDパッケージを読み直したりと、暇を持て余している。一方の春希は、千佳とは別の意味で固唾を飲みつつ、画面に視線を向けていた。
 動物の交尾と大きく変わらない体位は、動きも真剣味があった。そろそろフィニッシュを迎えるようなスピードである。女の元気な喘ぎ声が、沈黙を助長する。まもなくピストン運動が終了した。
 男が身体を抜いて、女優の顔に近づける。白濁としたものが彼女の顔を汚してすぐ、画面が黒くなった。
「あ、終わった」
 朋子の一言で、少しばかり張りつめていた雰囲気が一気に軟化した。手をあわせて「お疲れさまでした」と、千佳がスタート画面に戻ったDVDに軽くお辞儀をする。春希は一仕事を終えたかのように、大きなため息をついた。
「それにしても、よくこんなの出てやるよね」
 家主が呆れたように一発目の感想を述べれば、「でも、ソープで毎日不特定多数と相手するよりマシなんじゃん。さすがに撮影前に、男優の性病有無は調べるだろうし」と、片づけをする朋子が返す。千佳は納得したように、「確かに、ビョーキの心配はなさそうだね。でも、AVってある意味最高のサービス業かもしれないな。金払いいいし」と、独り言のような言葉をこぼした。
「まあよくやるよ。でも、おもしろかった。女優の顔はやっぱかわいいほうが見ごたえあるわ」
「ちぃ、その発言オトコだよ」
 春希が呆れた顔を戻さず返す。DVDをバッグの中にしまった朋子は、それを鼻で笑いながら立ち上がった。千佳も、それにあわせて腰をあげる。
「いいもん、別にオトコでも。さて、すてきな二枚貝を見たところで、おいしい貝でも食べにいきますか」
 軽く伸びをしながらニヤニヤと口にした千佳の言葉に、春希の動きが止まった。途端に顔色を変えた彼女に、朋子が気づく。
「ちょっと、春希だいじょうぶ?」
 膝立ちになったまま不自然に固まっている春希にあわせて、朋子は腰を屈めた。千佳の一言で、耐えていた何かが砕けたようだ。朋子の気遣う声と、春希のひきつった表情を眺めた千佳が苦笑する。
「本当に、ハルキはオンナだよねえ」
 そして、最終的な結論を下していた。



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