* 下がり葉の猫、第4話 * | |
土曜日の遅い昼食は由実子のリクエストどおり、高級アフタヌーンティーセットがメニューに載る喫茶店となった。文乃もよく利用する、繁華街でも比較的年齢層が高いエリアだ。昔から栄えていたところでもあり、和物に関わる店舗がどこよりも揃っている。文乃が贔屓にしている和菓子屋も多い。 由実子の目的地は、さらに道を進んで見える公園の向こう側にあった。駅周辺で買い物を済ませることが多い文乃は、大通りの先まで歩を進めたことがなかった。散策したことのないスポットは、長年親しんでいる区域であっても新鮮味がある。和装で長時間歩くことは慣れない人間に少々辛いものだが、由実子は苦になっていないようだ。おそらく、早く食事にありつきたい気持ちが強かったのだろう。 秋の日差しが少しずつ色づきながら傾いていく。若草色と薄紫それぞれに色をあわせた和服は、季節の中で華やかさを演出していた。文乃は道行を着たかったが、由実子が拒否したから小袖のままだ。洋装よりも、色彩が季節に映えてみえる。しかし映えているのに、洋装に比べて自然にうまく調和していた。日本の街並みは和装に不釣り合いの風情になってしまったが、木々に関連する場所を通ると、そのときだけは和装が風景とかみ合うのだ。 文乃は最寄り駅を降りてから他に、三人の着物姿を見かけていた。欧米化により、和服を目にすることは極端に減ったが、決して失われた文化ではない。特に初夏と秋は日本作法の催し物が集中しやすく、会場に向かえば着物姿は当たり前のものとして見ることができた。また、茶会などの行事だけでなく、大学の学祭といったものでも日本文化関係のサークルが活動するわけだから、卒業生や先生方が着物で移動することもあるだろう。文乃の見たかぎり、道行を着た一人は確実にそのような装いであった。 一方で、文乃と由実子は昼食とショッピングのためだけに小袖を着込んでいる。気分転換を兼ねた遊びの一種としての着物だった。しかし、文乃は日常にとけ込む和服の使い方が一番好ましいと思っている。それゆえに、由実子の「着物を着て、外でお茶したい」という提案は、文乃にとって実はとても嬉しい提案だった。気の知れた友人と日本独特の服装を着ながら街を歩くのは、本当に久方ぶりのことだ。 由実子が選んだくつろぎ処は、カフェというよりも喫茶店という言葉がとてもよく似合う場所だった。よくカフェめぐりの話をする彼女も、この場所を指すときだけは喫茶店と呼んでいた。確かに格式のある雰囲気を玄関前からかもしだしているこの店内で、カフェという単語は似合わない。 間接照明を多数使った店内は、濃いニスで塗られた木製の家具で統一されていた。ところどころ木製のインテリアから光が滑るのはゴールドの金具のせいだ。テーブル席は空間をたっぷりとって配置され、ビロードの深緑が窓の両端を優雅にかたちどる。窓の外は文乃たちのよく知る繁華街の風景だが、レースのカーテンで窓を隠せばどこか欧州の街にある一角のようでもあった。海外に一度も行ったことがない文乃でも、ヨーロッパにいるような気持ちにさせられる喫茶店だった。日頃会社勤めをしている人や既婚の婦人方をよく目にするエリアだが、こうしたクラシックな年季を備えた喫茶店が公園の向こう側にあると、文乃は思いもしていなかった。 一息ついて、彼女が周囲の客足を眺める。明らかにリピーターと思われる客が休日を楽しんでいた。親子連れの席もあるが、子どもはどこも中学生以上に見える。揃ってこうした雰囲気が好きな親子が訪れているのだろう。幼い子どもを連れた家族には、かなり敷居の高い喫茶店ともいえた。 文乃たちは喫茶店に入ってすぐ、店内にいた大半の人から視線を受けた。喫茶店から駅まではそれなりの距離がある。着物姿でここまで歩いてくるのは、よほどこの喫茶店が好きな者か、近くで和風の催し物が行なわれていたのかどちらかだ。第一、このエリアはイートイン可能な和菓子屋も多い。和装ならば、和に関連した店に流れるはずだ。それがこの欧州の喫茶店を選択しているのである。物珍しい表情を浮かべる人の顔を、文乃はいくつもとらえていた。 その間から、落ち着いたワンピースの制服で給仕をこなす女性従業員は、店内の中ほどに位置するテーブルへ和装の二人を案内した。二人の和服姿に店内の人々も慣れれば、また日常のざわめきを取り戻す。計らずとも周囲に雑談の話題を振りまいた文乃と由実子は、念願の昼食にありつくべく、メニュー表を開いたのである。 それから一時間近く、アフタヌーンティーセットは文乃たちの座るテーブルの半分近くを占拠している。由実子が迷わず頼んだ一品である。由実子はアフタヌーンティーセットを頼んでみたいがために、この喫茶店に訪れたといっても過言ではなかった。彼女は、今までに何度もこの喫茶店へ足を運んだことがあると話していた。しかし、この迫力あるティーセットを頼む機会はなかったそうだ。 このセットが訪れる前に周囲の席に同じものを頼んだ席はなく、文乃はどんなものかとメニュー表でその一品を確認した。値段の高さとボリュームのあるセット内容に、彼女は心の中で驚いた。だが実物は、メニュー写真よりももっと大げさだった。メニューを見直せば二人前と書かれている。金額がメニュー表の中で最も高いティーセットだったが、これならば妥当の金額といえるかもしれない。 文乃は二セット頼もうとしていた由実子を制して正解だったと、塔のようにそびえる三層のティースタンドを改めて見て実感していた。皿を支える茎に模した金のスタンドは美しい。中身は先ほどある程度食べ終えてしまい、少しだけ物寂しい風情だが、食器だけでもインテリアになる優美さがある。皿に置かれたナイフやフォークにも重みがあった。磨かれた本物の銀製品だ。 テーブルに広がった皿たちは、どれも小花や葉が周囲を囲んだかわいらしい柄をしていた。派手ではないが明らかに値の張ると思われる、細かい洗練さが表れていた。ティースタンドの中皿にはスコーンがふたつ残されている。他に載せられていたサンドウィッチやフルーツ、ケーキは、ティーセットが届けられてまもなく、あっという間に平らげた。二人とも、本当にお腹が空いていたのだ。 深緑のクロスを敷いた木製テーブルには、そそりたつ三層のティースタンドの他、取り分け用のプレートと紅茶のカップ、ソーサー、ポットが二つずつ置かれている。ティーカップとソーサーは、それぞれ模様が異なる。文乃の茶器は白磁に紺を基調とした重みのある色彩で、由実子の側にあるものは、辛子色の花がちいさく一面に描かれていた。飲み物はアフタヌーンティーセットに一名分がついており、もう一つは別途に頼んだフレーバーティーである。 すでに卓上からなくなっているが、その他に大皿が二つ置かれテーブルは陶器でいっぱいとなっていた。文乃が由実子を制して頼んだものは、オムレットとスモークサーモンのサラダだ。アフタヌーンティーセットは見た目も内容も素敵だが、文乃は野菜ものを食べないと昼食の気がしない性分だった。由実子が、あんと母親みたいなことを言うよね、と、呆れたようにつぶやいていたが、彼女も半分おいしそうに食べていたのだから、正しい選択だったのだ。 優雅なイギリス式アフタヌーンティータイムに、文乃と由実子は満足しながら会話を続けていた。さきほどまで食事を進めながら、美味しいケーキのカフェテリアや和菓子の店舗の話で花を咲かせていた。文乃は職業柄か和菓子のメーカーに詳しいが、洋菓子は自家製に頼ることが多い。由実子は居心地の良いカフェ探しが得意だ。文乃も、この喫茶店はリピートしたくなる居心地の良さだと彼女に伝えた。由実子は、そうでしょう、と、得意げだ。 「でもやっぱ、着物は目立つねえ」 その由実子は話題がとぎれたと同時に、今更のようなことをつぶやいた。そして彼女は、辺りを見回す。他席の視線をまた受けたようだ。 行きの徒歩と電車から、文乃と由実子は絶えず注目を受けていた。文乃はこうした状況に慣れている。着物は浴衣以上に珍しい衣服なのだ。人々が目を留めてしまうのも仕方ない。道中は気にせず煎茶道談義と由実子の近況報告で会話が盛り上がっていたが、各所でたくさんの視線を受けていたのは知っていた。それだけ日本の文化だった衣服が着られていない証拠である。由実子もそれには気づいていたようだ。 「そりゃそうよ。しかも、下手すればヒラヒラのワンピースに皮の紐ブーツが似合うような喫茶店で、こんな目立つアフタヌーンティーセットなんか頼んでんだもの」 さらに目立ちたいといわんばかりのシチュエーションを、由実子が仕立てあげているのだ。無理はない。妙齢女性の和装姿は、とりわけ良く目立つのだ。化粧はともかく、髪は軽くまとめているだけで飾りものもつけず、祝い事の装いはない。しかし、そのほうがかえって目立った。特に文乃は和服に馴染んでいる。その様が、視線を集める結果となっていた。 「でもさ、やってみたかったんだもん。いっそ着物にブーツでも履いて、ハイカラにしてみればよかった?」 由実子はおもしろがりつつ、ポットから紅茶を注いだ。柑橘系の香りがテーブルに伝う。彼女が裾に気をつかって食事をしてくれるところはありがたかった。紅茶がこぼれてシミができれば、大事になる。文乃は、由実子の小袖を見ながら応答した。 「それは袴のほうが様になるわよ。でもさすがに、袴を着て街を歩くのはキツイかな。大学卒業のイメージつきすぎちゃってるから」 「確かに、そりゃいえる。袴の格好好きなんだけどね」 文乃の言葉に、残念そうな声色で彼女はティースタンドからプレーンスコーンを取り分ける。全部食べきれば、腹八分目を少し越すくらいだ。文乃は取り分けてもらったスコーンを、ナイフで割いた。由実子からついで、ブルーベリーのジャム容器を受け取る。反対側にはクロデットクリームの器があった。スコーンを一口運んで文乃は思う。茅世のことだ。 今度スコーンをつくるのもありかもしれない。自家製のジャムをつくってあわせれば、果物が好きな茅世は喜ぶだろう。むしろ、この塔のようなアフタヌーンティーセットを見たら大はしゃぎするはずだ。 「ここのスコーン、本当にサクサクしてておいしいんだよなあ。テイクアウトで売ってくれないかな。そうだ、文乃んちで今度紅茶のお茶会もしようよ。和風一色のおうちで、イギリスのアフタヌーンを楽しむ、みたいな」 「あんた、人の家使ってまたなに考えてんの。先に着物でなんかするんじゃなかったの」 「昼食づくりね! 文乃覚えてたんだ、さすが」 「忘れるわけないじゃない。そのときはユミも割烹着着るのよ」 以前文乃の家に遊びに来た由実子は、家主のキッチンに立つ姿を「昭和すぎる」と称して爆笑した人間だった。携帯写真まで撮っていたことを、文乃は忘れていない。次回機会をつくって由実子にも同じ格好をさせるつもりだった。着物で料理をしてみたいという彼女のリクエストは、逃すわけにいかない機会だ。由実子は思いだし笑いをしている。 「あれやっちゃうのか、私も」 「着物を貸すんだから、してもらうに決まってるじゃない」 「だよねえ。あ、そういえばこのスコーンで思い出したんだけど、」 由実子がクリームを銀スプーンですくいながら、新たな話題を持ちだした。 「麻紀乃はあっちで元気みたいよ。昨夜ネットでしゃべったのよ」 共通の友人の名が出てきた。麻紀乃は大学からとても親しくしている文乃の元ゼミ仲間だ。大学ではノノコンビと言われていた。由実子はその麻紀乃から通じて知り合った友人だった。社会にでてから仲良くなったわけだが、文乃は一目会ったときから、由実子の性格を気に入っていた。 「麻紀乃、元気なんだ。安心した、しゃべったのなら確実に元気なわけね」 大学時代、麻紀乃は由実子と同じ日文科を専攻していた。しかし、ある日を境に日本語から他言語と文化に興味が傾いたようで、大学時代はバイトに精をだして海外旅行にでかけていたものだ。彼女の卒論では皆とスタイルの違ったテーマを選んでいた記憶が文乃にある。それから、彼女はずっと海外で生きた文化を学ぶことを夢見ていたのだ。そして、今年の夏がはじまる前に旅立った。 「こっちの言語が難しいって嘆いてたけどね。もっと英語勉強しておけばよかったって言ってたよ。でもまあ、現地で良い人たちと知り合うことができたらしいし、そこそこうまくいってるみたい」 「あれ、麻紀乃って、英語圏に行ったんじゃないわよね。どこの国に行ったんだっけ?」 「イギリスではないよ。英語は世界共通だから、もっとやっとけば役立ったのにって言ってたんだもん。でも、どこだっけ。ヨーロッパのどこか……イタリアだっけ?」 麻紀乃と昨夜話した身でありながら、由実子は彼女の行った国を覚えていないようだ。文乃も麻紀乃が旅立つ前に聞いていたが、横文字なのですぐ忘れてしまった。海外はほぼ未知の世界で見当がつかない。 「麻紀乃って行く前なんて言ってた? 国の名前覚えられないのよね……フランスも違そうだし。イタリアっぽいかも。そういえば、パエリアってどこの料理? 麻紀乃好きだったよね」 「そうだっけ。イタリアじゃないの、忘れた。今度またしゃべるときに訊くよ」 海外にまったく興味がない者からすれば、欧州はどこも似たような印象しか抱けないものだ。それこそ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、その他で終わってしまう。二人は完全にイタリアとスペインを混同させていた。 「麻紀乃と次回話すときに、こんな話してたって言ったら怒りそうね」 「絶対怒るね。でも何度聞いても忘れるんだよなあ。あいつ国の名前じゃなくて、都市の名前先に言うんだもん」 「でも、会社辞めて海外に出る勇気はすごいわよ、本当に。麻紀乃は有言実行してるし、心から尊敬するわ」 文乃は感嘆しながら紅茶を飲む。頼んだダージリンという茶葉は、玉露の二煎目とはまた違った苦みをもっている。紅茶の味も文乃は嫌いではない。しかし、由実子の頼んだようなフレーバーティーは苦手だった。文乃のつぶやきに、由実子が呆れている。 「文乃も同じじゃん」 「どこよ? 私は海外に出てないじゃない。日本以外住むつもりもないし」 「そんなの、和服を普段着にしてるくらいなんだからわかってるよ」 旅行で海外に出る機会があっても、文乃はまったく興味が持てず、パスポートはいまだにつくったことがない。海外に出るくらいなら沖縄に行ったのほうがいいと言い切っていたくらいだ。長時間飛行機に乗るのは考えるだけでも嫌だし、石の文化に興味が持てない。文乃が好むのはあくまで日本の木造建築であり、そうした町並みだ。そのとおり日本史は彼女の得意科目で、中でも一番好きなのは日本文化史だった。学生時代、国語と日本史で点数稼ぎをしていたほどだ。一方で、世界史は苦手だった。カタカナの名前が覚えられなかったのだ。同じように、英語もいまだに苦手意識が強い。 それもあって、文乃は麻紀乃のような決断ができる人間を羨ましいとも思っていた。海外生活に憧れたとしても、実際に会社を辞めて実行する人は少ない。麻紀乃はそれを当たり前のように行なったのだ。言語も違うし、一切知り合いがいない土地に住もうと思えるパワーはどこから来るのか。文乃にそこまでのパワーはない。 文乃は、麻紀乃と身の上と比較する。仕事を辞めたのは同じ身だ。麻紀乃は海外に出るために辞めた。文乃は自分の精神の安定を重視して、社会から一度離れることにしたのだ。それは、祖母の家や稽古事など恵まれた環境があることを知った上で、仕事を辞めている節があった。そのせいで彼女は常に、どこか一人立ちできていないような気持ちを抱いている。 「そうじゃなくて、さ。教室、順調みたいでよかったじゃん」 由実子は会話の道筋を変える。順調、という言葉に文乃は曖昧な表情で笑った。 他人から見れば一見うまくいっているようにも見えるが、実際収入は微々たるものだ。会社員時代に貯めていたものと、祖母の家に住んでいるということでお金が湯水のように出ていくことはないが、教室だけで生活するのは苦しい。今はうまく生活できていても、数年経てば後悔が増大するかもしれなかった。しかも中途半端に生徒もついているため、なかなか教室をすぐ閉じるわけにも行かなくなってきている。 本当に開いた教室が初期段階で頓挫していれば、今頃すでに社会復帰していただろう。まだ、年齢的にも再就職が難しくない年齢だ。しかし数年後は保証できない。 それを考えると、テンションが一気に下がる。そして新たな選択肢を探してでてくる、結婚の二文字。実際に見合い話が先日来た。文乃は昨日、電話で母親に断ってくれと懇願したばかりだ。それを思い出すと、ますます憂鬱になってくる。 文乃の表情を読んだのか、由実子が少し小声になった。 「ごめん、なんか気に障ること言っちゃった?」 「いや、そうじゃないの」 不機嫌になったわけではないと、文乃はすぐ答える。 「昨日、母親から見合いの話が来たのを思い出してね」 「え、ちょっと、それマジな話? 文乃、それ受けんの?」 由実子の反応は早かった。 「受けないわよ。いまは考えられない、お願いだから断ってって言ったわよ」 「そうだよね。お見合いか……きついなあ、親からそれをとうとう持ち出されんのは」 「恐ろしいことに、そういう歳なのよ」 「いや、文乃んちはちょっと早すぎだって」 「でも、一回この話題が来たということは、これからも来る可能性が高いって話かもしれない」 うなだれた文乃に、由実子が一段明るい声を発する。 「わかった、ちょっと男を揃えて飲み会かなんか考えとくから。ね、ほら元気出して。むりやり結婚させるつもりで親御さんも見合い話持ち出したわけじゃないだろうし、さ」 「……そうね、そういってくれると助かる」 「絶対気にしちゃだめだよ、見合いだけじゃなくてさ。文乃は真面目なところがあるからなあ、会社勤めしてたときもそうだけど、ちょっと心配になっちゃうのよ」 「心配してくれてありがと」 事情を語らなくてもある程度察してくれる彼女に、感謝を述べれば「考えすぎちゃダメだかんね」と、由実子は念を押して立ち上がった。 「先にお手洗い行ってくるけど、文乃はどうする?」 「私も後で行くけど、どうしたの。もう出るの?」 食事は、ほぼ終わっている。紅茶ポットの湯も冷めてきた。時刻はすでに五時近い。 「出るよ。次は、文乃の好きな和菓子屋さんのあんみつ食べにいくよ」 しとやかな着物姿で由実子が断言する。由実子の顔立ちは女性的で、黙っていれば可憐にも見える容姿だ。しかし性格はさばさばしており、時おり我が道へ突き進む。麻紀乃とその点がよく似ていた。麻紀乃のほうが、下手をすれば思慮深く計画的だ。 「あんみつって、……いいわね、それ」 また食べるのか、と、訊き返したいところだったが、下がったテンションを持ち上げるならば好物にありつくのが一番だ。この喫茶店にある洋菓子も甘すぎず好みだったが、贔屓にしている和菓子屋のあんみつには勝てない。文乃自身デザートは別腹の気質ではないが、このあんみつだけは常に別腹だった。 「それも奢るから。ちょっと待ってて」 文乃に有無を言わない台詞を吐いて、由実子がトイレに向かっていく。やさしさなのか、打算なのかよくわからない彼女の発言に、文乃は呆れながら少しまぶしく感じていた。
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