* 下がり葉の猫、第13話 *


6.


 炊飯器から、炊き上がりを知らせる音が鳴った。文乃が祖母と家の住み換えをした際に、祖母が自腹を切って新調してくれた唯一の家電機器だ。
「ユミ、ちょっとごはんひっくり返してくれるかしら」
 ガスコンロから手の離せない家主の声に、「はいよ。しゃもじはどこ?」と、由実子が食器棚の引き出しを覗く。
「あ、しゃもじはこっち。これ、」
 流し台とガスコンロの間にある引き出しを、文乃が開けた。両手がふさがっているのだ。彼女は文乃が意図するところに気づいたようだ。
「流し台の洗いものは私がするから」
「ありがと、助かる」
 しゃもじを持って炊飯器に向かう姿は、文乃と同じ割烹着である。以前、文乃の割烹着姿を散々笑っていた由実子も、今日は同じ格好をしている。小袖を着て台所に立ちたいのであれば、割烹着を身につけるのは絶対条件だ。
 とはいえ、由実子の割烹着姿は見るたびに文乃の頬を緩ませる。先刻、由実子へ小袖の着付けをした際に割烹着を試着もさせていたのだが、その場で文乃は笑いをおさえることができなかった。他人に割烹着を着せないとわからないものだ。割烹着は確かに、どこか微笑ましい和やかさをつくるのだ。
 本日は、由実子と約束をしていた着物で和食をつくる会の実行日だった。彼女がそれを言い出したのは初夏のことになるから、半年以上経って果たされたものだ。夏から秋に向けては由実子の都合があわず、来週以降は文乃が忙しくなる。十二月も半ばを過ぎた時期だが、この日曜日はお互いにとって一番都合がよかった。今日を逃せば、実行日がまた春以降になる可能性もあっただろう。
 文乃は、先週の土曜日に依頼された新店舗カフェの企画に携わることに決めていた。佐織と会った後日に行なわれたオーナーとの話し合いで承諾したのだ。オーナーである湯川マスターは、文乃の思っていた以上に几帳面な女性だった。イレギュラーである文乃の扱いは湯川が責任を持つことになり、すでにおおまかな依頼契約内容の書類を揃えた。一昨日の午後には再度赴いて、書類の完成品を受け取っている。明日は、パティシエの紹介にあわせて、新店舗を見に行く予定だ。これから三月まで、カフェに通って準備を進めることとなる。
 それ以降も携わるのかどうかは、新店舗カフェの準備が粗方終わってから決めようということとなった。なんせ、二月中旬の開店まで時間がない。マスターとパティシエはカフェの通常営業の最中で企画を進めなければならず、しかもクリスマスすら終わっていない師走はとりわけて忙しいのである。マスターは、パティシエのせいで毎年こんな忙しくなっちゃったのよと、話し合いの中で嘆いていた。前はもっと悠々自適に経営していたそうだ。
 新店舗準備は、クリスマスを終えてから本格的にはじまるのだろう。文乃は年末前に家を片づける必要があり、明日から本当に忙しくなる。湯川のカフェは年始四日まで休みをとるが、その休み期間を使って新店舗の傾向を決めていくそうだ。早く決めなければ仕入先も決定できないのである。現状のカフェとは、コンセプトが変わる新店舗は、和風に重きを置く。文乃は和風テイストにまつわる助言を引き受けるということで、彼ら以上にある面で責任重大だった。しかし、今のところカフェの企画に参加できる楽しみのほうが勝っている。
 一方、現行の煎茶道と着付けの教室は、来週で今年度の稽古が終了となる。次回は一月の二週目からだ。現時点で教室日程を変更するつもりはない。合間をぬってカフェの企画に参加する予定だ。
「よくできてるわ、この玄米ごはん」
 由実子がしゃもじについた米粒を食べながら、流し台に向いて水を流した。蛇口を加減しているのは、流し台にあたる音と水しぶきを考慮してするからだろう。文乃はコンロの下にあるグリル窓を開けて中身を見る。魚の焼けるにおいが広がった。下味のついたブリがニ切れ音を立てて色をつける。調理をはじめる前にスーパーで購入したものだ。
 由実子は、朝から張り切って文乃の家を訪れていた。道中に寄り道して土産の和菓子も買ってきている。開店と同時にデパート地下で見つけたという、練りきりが五点。店にあった全種類を頼んだのだという。季節を表す和菓子には、見る目を魅了する美しさがある。文乃は練りきりが大好物で素直に喜んだ。文乃も前々日につくった小豆羊羹をデザートに出す予定だ。
 昼食の準備はじめる前に、着付けと米とぎを行なっていた。玄米を使用するため、浸け置き時間は通常の倍程度必要だ。お米を水に浸けている間に、着物姿の二人は道行きコートを着てスーパーまで買い物に出かけた。由実子が食べたいリクエストを中心に食材を買って、今に至る。
 昼食のおかずは四種。ブリの照り焼きに、野菜の煮物、豆をあわせたひじき煮に、きんぴらごぼう、かき卵にした味噌汁である。本当は卯の花と酢の物をつくるつもりだったが、由実子が双方嫌いだというので断念した。どれも比較的手間のかからない品々である。由実子は先にきんぴらごぼうを担当し終え、ふたつのガスコンロは文乃がつくる煮物で占領されている。広くない台所は文乃が机などを端に寄せて極力場をつくった。狭い中だが臨機応変に仕事を終えていく。
 由実子が洗った料理器具を拭く布巾はどこかと、訊いてくる。彼女は文乃の指示以上に手際がいい。着物であることは、不便につながっていないようだ。
「布巾は、その棚の一番左の引き出しよ」
「あと文乃ちゃん、大根おろしつくっていい?」
「いいわよ。そこにある大根使っていいから。頭のほうからね」
「了解。からくないといいね、これ」
「どうかしら」
 からい大根といえば、過去に茅世が食べてものすごく嫌な顔をしたことを思い出す。からい大根おろしは、彼女の嫌いなもののひとつだ。文乃も好きではない。
 茅世は今、二階の寝室で眠っているはずである。いつも昼食前は一寝入りをしている彼女だ。今日は茅世の存在を知られては困る相手、由実子が遊びに来ている。おそらく夕食時まで滞在する可能性が高い。茅世には申し訳ないが、二階に籠もってもらうようお願いした。
 こうしたことは、なにもはじめてではない。過去にも共通の友人である麻紀乃が欧州留学へ向かうということで、由実子と三人この家で座談会を開いたことがある。そのときも昼食、夕食をこの家で食べた。それから久しく、この家に友人が長々と居着いたことはなかった。文乃が呼ばれて外出することが多かったのだ。
 茅世がいる関係で、文乃は表向き一人暮らしでありながら人を泊めさせたことはほとんどない。客間もあるが、茅世がこの家に住みだしてからというもの、使うに使えなくなってしまったのだ。ただ一度だけ、友人を泊めたことがある。隣県で実家暮らしをしていた麻紀乃が、終電を逃したと電話をしてきたときだ。午前一時近くにやってきた彼女は風呂場を借りた後、四畳の客間で眠り、翌朝は文乃の朝ご飯を食べて出勤していった。ちょうどこの時期だった記憶がある。そのときすでに社会人生活から距離を置いていた文乃は、その慌ただしさを懐かしく感じたものである。
 昼夜双方の食事時に、友人がこの家に在することは珍しい。茅世の食事を主にどうするべきか文乃は考えてあぐねていたが、昼食は由実子と食べ終えた後、彼女の目を盗んで弁当をつくることにした。昼食の品は多めにつくってある。玄米ごはんと一緒に詰めて、二階へ持っていけばいい。魚はブリではないが、彼女の好きな鮭の焼きほぐしが冷蔵庫の中に残っている。
 煮物の片方は出来上がりの色つやを見せていたので、文乃はすぐに鍋をガスコンロからを避けた。狭いテーブルにどうにか置いて、次は味噌汁をつくる準備だ。出汁から取る余裕はない。壁時計を見れば、午後一時を越えようとしている。グリルの火も消した。
「居間のほう、用意してくるよ」
 小皿と布巾を持った由実子が、文乃に断りをいれる。軽く返事した文乃は、食卓に必要と思われるグッズを先に取り出す。由実子にいちいちなにがどこにあると問われるより、先にだしておいたほうが賢明だ。ついで冷蔵庫から卵を二つ取り出した。他に野菜をいれることも考えたが、他のおかずで栄養は取れているはずだ。使いきれなかった野菜は、夕食に使う予定である。由実子に夕食の献立までは話していないが、文乃は豚汁にすると決めていた。手間がかからないし、どんぶり二杯食べれば嫌でも満足できる。
 着物になった由実子は、ひとつひとつの動作が楽しそうだ。海外に行ってしまった麻紀乃といれば、支度を文乃と麻紀乃に任せる由実子だが、今日は何もかもにやる気を見せている。着物ひとつで面倒なことも楽しく感じられるなら良いことだ。
 由実子はつまらないことを、楽しく感じさせるものに変える工夫をよく知っている。予定調和な日々にエッセンスを常に取り入れるのだ。多用しすぎて、逆に彼女はアクティブに動き回っている節があるが、本人が楽しんでいるのだからそれでかまわないのだろう。根が楽観主義なのだ。
 その由実子が、居間から戻ってこない。布巾を拭いて小皿を置くことくらい時間は要しない。他に必要な食器や調味料、つくったおかずを取りに来るべきなのに台所に来る気配がなかった。
 なにか手間まどっていることがあるのだろうか。菜箸を手にしながら、文乃は振り返った。由実子は居間である六畳間を何度も使ったことがある。勝手はわかっているはずだ。テレビをつけて、見入ってしまったのだろうか。
 魚をグリルから取り出して、様子を見に行くか。そう考えていた文乃は、戻って来た由実子に気づいて彼女を見た。とても、神妙な表情をしていた。
「文乃さん、つかぬことをお聞きしますが、」
 なにか忘れていたことでもあったのか、という顔で文乃が頷く。ひじき煮のコンロを消した。
「この家って、文乃さん以外の方が住んでいらっしゃることってあるんでしょうか。文乃さん、」
 由実子の問いかたは、文乃の様子を伺っている。菜箸が床に落ちて転がった。文乃が手を離したのだ。
 彼女は、この家に住む文乃以外の存在に気づいている。
「ど、どういうこと?」
 平静を装ったが、文乃の表情からは明らかに血の気が引いていた。茅世だ。どう考えても茅世のことだ。由実子が床から菜箸を拾う。
「これがまた、コタツの中に、どう考えても人のかたちをしたものがいらっしゃって、」
 間違いなく茅世のことだった。二階にいると思っていたのに、あの子は冬の習慣でコタツの中に潜ってしまっていたのだ。
 ここ数日の茅世は、少し様子がおかしかった。どこか、夢うつつで抜けているところがある。いつもならば几帳面に約束ごとを守る彼女が、どうも最近空回りしているようだった。彼女が、外で誰かから春紫苑をもらってきてからだ。
「そ、そう」
「あ、文乃がわかってるならいいんだけど、あの子はなんなの? この家に住む座敷わらし? ちょっと、まさかリアルな隠し子?」
 文乃はパニック寸前の心情を理性で必死で抑える身から、少し気を抜いた。
「ていうか、あの子にも昼食つくってあげなくていいの?」
 由実子の尋ねる方向性が、少しずつずれている。コタツの中の茅世を確認しに行きたいが、まず説明が先だろう。由実子は茅世を人間だと信じて疑わない。それならば、まだ状況は悪くないのだ。
「あ、あの子ね、そう、茅世っていうの。先に言ってなくてゴメンね、ユミ。し、親戚から預かっている子で、先月からうちにいるの。最近、風邪引いてたものだから、二階でずっと寝てたのよ」
「あ、ああ、なるほど。びっくりした。早く先に言ってよ、それ。私コタツの裾見て人の足がでてたもんだから、本気で時止めちゃったじゃない。文乃が殺人事件でも犯して、子どもをコタツにつっこんだのかと思ったわよ」
 由実子の発想は人知を越えている。文乃は呆れた。
「中の子は生きてたでしょ?」
「ん、熟睡してた」
 居間も茅世は状況に気づかず眠っているのだ。でなければ、鉢合わせした瞬間に二階へ駆け上がるか、文乃の後ろ背を探して隠れるかしているはずである。茅世が文乃より前にパニックとならずに済んだだけでも十分ましだ。
「ユミ、ちょっと茅世起こしてくるね。お味噌汁に使う鍋、お水ちょっと足しておいて」
「はいよ。したらちょっと、その子よろしく」
 文乃が起こしに行く。由実子は台所で様子を伺うのだろう。彼女が幼子の扱いを知っているかどうかまでは知らない。動物はそこまで好きではないと聞いたことがある。
 手を拭きながら、文乃は良いように考えた。由実子は状況を察することに長けている。茅世がバレてしまったことは、仕方がない。耳と尻尾さえ気づかれなければ、別にかまわないのだ。
 問題はその後だ。なぜならば、茅世の身体は成長を止めている。身長が伸びる様子を微塵も感じさせないのだ。通常ならば子どもの成長は著しく早い。長いスパンで仲良くしている由実子が、毎度茅世と会うことになれば気づくはずなのだ。彼女が、身体の成長が止まっている少女に違和感を覚えることは間違いないのである。
 由実子にならば、茅世がどういった存在なのかを教えてもおもしろがる程度で、混乱したり吹聴したりすることはないだろう。信頼のおける相手であることは、文乃もよくわかっている。暴かれてしまった次は、どの段階で由実子に真実を話すべきか。すでに「親戚の子」と、口にしてしまった手前、文乃に事実を告げ直す勇気はない。
 居間を開けて、文乃はすぐ腰を下ろしてコタツ布団をめくった。案の定、茅世がいつも通りの装いで丸まっている。甚平に毛糸の帽子を身につけているが、半天は着付けていない。起こしても寒さでコタツから離れないだろう。
「茅世、茅世、起きて」
 声をかけながら手で茅世を押す。茅世の身体は温かい。一方の彼女は文乃の手の冷たさで、すぐ目を開けた。
「文乃、来た?」
 少し驚いた表情で、コタツの中から文乃を覗く。友人が家へ遊びに来るという話は覚えているようだ。しかし、友人の由実子がすでに来ていることも、彼女が茅世を見つけてしまったことも気づいていない。
「いいかな、茅世。驚かないでね、」
 茅世の反応は予想できる。だからこそ、文乃はゆっくり言葉を区切った。
「茅世のこと、友達が気づいちゃったの」
 彼女の表情が強ばった。文乃に近しい人間には暴かれてはいけないと文乃自身が伝えていたし、茅世もその理由をよくわかっている。一年半以上そうしてきたのだ。だが、これにも限界があることを文乃はわかっていた。この家は人の出入りが激しい。茅世を隠し続けるのは容易ではなかったのだ。
 今回は、とうとう友人の由実子に知られてしまった。茅世の落ち度であったことは確かだ。しかしそれを先に伝えてしまうと、彼女はショックを受けて、由実子に紹介するどころではなくなってしまう。暴かれることは、起こる可能性が常にあったことだ。茅世は悪くない。しかし茅世はきっとそうは考えない。
「気づいたの、なんで、」
 独り言に似た茅世のつぶやきは、途中で止まった。茅世が二階にいなかったがために起きてしまったことなのだと、彼女自身が気づいたのだ。
「とりあえず、友達……ユミコっていうんだけどね、彼女と一緒に食事しましょう。帽子だけはお願いだから守ってね。茅世はおなかすいた? エアコンの暖房つけたけど、半天持ってきたほうがいいよね」
 文乃がことさら明るく茅世に話しかけたが、彼女はコタツの中で丸くなったまま黙っている。顔はコタツの熱で赤いが、おそらく実際は蒼白になっているはずだ。
 実際に、こうしたことははじめてだった。客人がこの家に来るときは、常に用心して二階に避難している茅世だ。文乃が急かさなくても気をつけていた。文乃よりも慎重な性格である。こうした事態をつくる時点で彼女らしくない。
 それは、茅世自身も感じたところだろう。庭で泥まみれになった彼女を見つけてから、様子がおかしいのだ。文乃はあの夜、誰から春紫苑をもらったのかさりげなく訊いていた。茅世は嬉しそうに笑顔を見せただけだ。本人は答えたつもりかもしれないが、言葉になっていなかった。茅世の目は、完全に花をもらったときの記憶に戻って、文乃を映していなかったのだ。
 文乃は深く追求することをやめた。そもそも茅世がどこから来たのかすら、明確な答えをもらっていない文乃だ。逆に文乃は、茅世が言いたくないことは訊くべきではないのだろうと思っている。無理に訊いてしまえば、茅世がいなくなってしまうのかもしれないと恐れているからだ。
「茅世、お願いだから気にしないで。万が一すべてバレてしまっても、ユミコはちゃんと理解してくれるはずだから」
 文乃の展望もこめられているが、由実子は信頼できる相手であることは間違いない。茅世が不安な瞳をしながら頷く。ひとまず六畳間からは出ないだろう。文乃は一度コタツ布団を戻して、居間を離れた。戸を締める音がなくなると同時に、台所から由実子の声が聞こえてきた。
「文乃、お味噌汁つくっちゃうよ」
「あ、お願い。ごめん用意も、」
 まかせて、という由実子の了解を得て二階に上がる。茅世は今の会話を聞いていたはずだ。コタツの中で由実子に紹介される心の準備をしているはずだった。寝室に入り、半天を探す。ベッドの布団の中に丸まっていた。
 それを取ってすぐ階段を降りれば、由実子と鉢合わせした。お盆を持っているということは、おかずの品を居間に運んだ帰りだろう。
「茅世、コタツから出てた?」
「出てないみたい。あとご飯と味噌汁運ぶだけだから」
「ありがと、よろしく」
「はいよ。あとお箸、彼女は使える?」
「お箸使うのうまいわよ」
「あらステキ」
 互い立ち話をしている間はなく、由実子が台所へ戻る。文乃は六畳間の戸を開けた。ぬるいエアコンの空気が肩の後ろへ逃げる。茅世はコタツから出ていた。由実子が食べ物を置いて去った直後に出てきたのだろう。テーブルにある三セットの食器と焼き魚、大皿に乗せたおかず二種、大根おろしを見入ることなくうなだれている。帽子を被っているためわからないが、おそらく彼女の大きなケモノ耳は垂れ下がっているに違いなかった。
「茅世、半天よ」
 傍に寄って、文乃は正座した。顔をうつむかせた茅世の背中をなでる。だいじょうぶ、だいじょうぶだから。そう小声で語りかければ、茅世は文乃の膝に置かれた半天を手にした。
「ごめんなさい、文乃。これからは二階にずっといるから」
 茅世の声は暗い。二階にずっといるということは、寝室から出ないということだろうか。
「別に引きこもんなくてもいいのよ。この家はおばあちゃんのだけど、私と茅世のものでもあるんだから」
 なだめるように明るく言うと、戸が開く。由実子がお盆を持って、座る二人を見た。
「お、お嬢さんがついに登場したね。はじめまして。さて、まずご飯食べよう。おなかすいちゃった」
 由実子は茅世の登場に、嫌な顔をひとつせず配膳する。
「はじめまして、茅世です」
 いつもならはっきり人の目を見て話すのに、今の茅世はまるで人見知りの激しい子どものようだ。ショックから立ち直れないのだろうと文乃は思ったが、由実子は気にしていない。
「茅世ちゃんか。かわいい名前だね。私は由実子っていうの、よろしくね」
 警戒感を無くさせる笑みを彼女が送れば、茅世は顔を上げる気になったようだ。子ども慣れしている仕草から、文乃は由実子の人柄をつい賞賛したくなってしまった。



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