* リクペラ・コン・ブルー 第9話 *


 ……船には、どんな人たちが住んでいるんだろう。
 内部は屋敷のようになっているのだろうか。王族船の構造も生活スタイルも知らないせいで、うまく馴染めるのかますます心配になってくる。
 灯りの少ない港町の先に出ると、アドルフィトがシャルネの肩を抱いて指差した。
「一番奥にある船だ。黒くて見難いかもしれないが」
 言うとおり、奥に一回り大きい船の輪郭が見えていた。近づくと船から光が漏れている。
「大きい船!」
「その分快適だよ。俺の城だからな」
 放浪癖のある王子らしい発言に、シャルネの頬も緩む。乗船口には途中まで一緒だったダイが控えていた。船の乗組員は三五人。夜が深まっている時間帯、すでに眠っている者もいるという。
「手が空いている者たちから挨拶に行こう。明日中には、皆と顔を合わせられるだろう」
 アドルフィトに言われるまま鼓動を鳴らせて中に入った。
 船内は、外から見たよりも家のような安定感があった。部屋が数多くあるようだ。一目で備蓄資源も豊富だと気づく。
 そして、出会う乗組員の男たちが皆アドルフィトを敬愛するように挨拶し、敬語で話すのを見て、やはり彼は王族の人間なのだと実感した。シャルネに対しても、第三王子が連れてきた女性ということで丁重な言葉を使ってくる。少し戸惑った。
 部外者として嫌な顔をされるのは辛いが、逆に恭しくされるのも困る。先程までともにしたユーノスくらいの気安さが良いと思いながら、簡単に案内するアドルフィトの横につく。廊下へ行こうとすると、後ろから声が聞こえた。
「アドルフィト、戻ってきたのか。おかえり」
 振り返れば、栗毛の男が微笑んでいた。今までの乗組員たちより痩せ型で身綺麗だ。敬語がないということは、貴族の一人だろうか。
「リアンか。紹介する、彼女がシャルネだ」
「シャルネです。宜しくお願いします」
「こちらこそ。リアン・ネイガーです。どうぞ宜しく。……それで、ユーノスは?」
「あれなら、荷物を俺の部屋に運んで自身の部屋に戻ったんじゃないか」
「そうか。ありがとう。では、また明日」
 あっさりした挨拶で去った彼に視線を向ける。
「リアンは航海士だ」
 アドルフィトが付け加える。船の中枢部を管理するメンバーは他にもいて、その中で最も早く会わせておきたい人がいるらしい。
「先に女性陣に会わせたほうがいいだろう」
 その一言で、ザワッと心が揺れた。
 ……どういう人たちなのかしら。アドルフィトの親族とか?
 立ち止まったドアの前で身構える。しかし、彼がノックしたドアの向こうには、意外な光景が広がっていた。
 消毒液のにおいが強い白い部屋。どう見ても救護室だ。その中で四人の女性がコチラを見て、目を輝かせた。
「アドルフィト様、おかえりなさい!」
「待ってました!」
「やっと着たわね」
 ペコリと頭を下げたのは一番若そうなお手伝いの女の子だ。あとはシャルネと同じくらいの年齢が二人と、それより明らかに年上の女性。それぞれ動きやすそうなドレスで、アドルフィトの妹や姉でないことは見ればわかる。
 ……もしかして私みたいに、アドルフィトにお願いされてこの船に住むようになった人たち?
 アドルフィトに寵愛されている女性たちかもしれない、と思った瞬間、血の気が引いた。
 逃げ出したい気持ちと裏腹に、アドルフィトは「遅くなった」と軽く答える。そして、シャルネの肩を抱いた。抵抗できるわけもなく室内へ押し入れられる。
「前に話していた、シャルネだ」
 彼の言葉に年上女性が微笑みながら近づいてきた。細身で栗毛を束ねた美しい容姿。打ちのめされた気分となったが、なぜか彼女に既視感も覚えた。
 ……この方、どこかで見たような気がする。
「私はパルマ・ネイガー、船医よ。どうぞ宜しく」
 紹介されて、ハッとアドルフィトを見た。ショックが瞬く間に溶解していく。
「彼女はリアンの姉だ。ここは救護室。何かあったときはパルマに相談するのが一番だろう。そこの二人は楽士だ。あとはパルマの補佐」
「あら、先にリアンと会えたのね。引き籠もりの子なのに珍しい」
「はい。あの、シャルネと言います。宜しくお願いします」
「わたしたちも自己紹介いいかな。わたしはセリア、笛を扱っているの。隣のニルダはリュートよ」
「シャルネは歌い手さんだって聞いてて、すごく楽しみにしていたの。想像していたとおりすごく綺麗! ねえ、セリア。歌声も楽しみよね」
「うん。宴の演奏はわたしたちがするの。明日から、一緒に音合わせしない?」
 矢継ぎ早に誘われて、シャルネは困ったようにまた隣へ視線を投げかけた。
「シャルネのしたいようにすればいい」
 アドルフィトの言葉に、顔を戻して頷く。
「お願いします」
 唄の披露をしに来たのだから、楽士の協力があると助かる。
「そうしたら、明日から!」
「よろしくね!」
 嵐のように約束を取りつけて、楽士の二人はお休みの挨拶をすると、部屋を離れていった。
「この船で一番元気な二人なのよ」
「ああ。シャルネが静かな会話を好むなら、はっきり言ってくれ。彼女たちにもそう伝えておく」
「ううん、大丈夫。とても好意的にしてくださって、……ありがとうございます」
「いいのよ。今夜は旅疲れもあるでしょうから、お休みになって。こちらから寝具を用意しておくわね」
「そうだな。今日はここまでにして、寝室へ行こう」
 彼の声に合わせてパルマの救護室を出る。目まぐるしく船内で新しい人たちと出会ったが、嫌な感じの人は一人もいなかった。新参者のシャルネにとっては嬉しい。
 ……そういえば、私の部屋はどうなるのかしら?
 ホッと安心感に包まれると、今度は滞在先が気にかかる。アドルフィトが用意してくれているのは違いないだろう。
 彼に手を引かれて間もなく、ひとつのドアの前で立ち止まった。開錠されてドアが開く。途端、強い香りが鼻腔をくすぐる。
 室内を見て、鼓動は自然と早くなった。
 ランプがついているこの部屋は明らかに特別室だ。
 ……ここが、私の部屋になるの?
 大きなベッドと長椅子。調度品も海上とは思えないほど美しく揃っている。さらに他の部屋に繋がるドアもある。
 ……お城の一室みたい。
「今日からここが君の部屋だ」
「こんな素敵なところ……いいの?」
「ああ。この内ドアのひとつが、俺の部屋と繋がっている。これから毎日一緒だよ」
 ドキドキするような言葉。
 ……毎日一緒だなんて。
「執務を残しているから今日はここまで。長い一日だったろう、ゆっくり休んでほしい」
 アドルフィトの微笑みにシャルネは頷いた。ついで、部屋の使い方を簡単に聞く。
 ……早く船の生活に慣れていかなきゃ。
「あとはパルマに任せているから聞いてほしい。そろそろやってくるはずだ」
「何から何まで、本当にありがとう」
「シャルネのためならかまわないよ」
 そして、アドルフィトは寝室を出て行った。限られた者しか入れない彼のプライベートルームのひとつ。天井の低さ以外、海上であることを忘れさせる空間でシャルネは目を閉じた。
 甘美な予感に胸が疼く。浮かれている自分に、シャルネはペチペチと顔を叩いて深呼吸した。
 ……セリアとニルダの力を借りて、アドルフィトの船に貢献しなきゃ。私ができることは、唄を歌って皆さんを楽しませることよ。
 この船に来た大義を心で唱えていると、ノック音が外側から響いた。慌てて立ち上がってドアを開ける。船医のパルマだ。蓋付の籠を持っている。
「お取り込み中ではないわよね?」
「はい。彼は執務に行きました」
 平静を装って答える。パルマは同情するような表情を見せた。
「だいぶ船を離れていたせいで仕事が溜まっているから仕方ないわね。シャルネはあまり気にしないで。朝になる前に戻ってくるはずよ」
 そして、用意された籠の中身を聞く。ネグリジェとガウン、櫛や香油などの美容品。女性らしい気遣いに感謝する。船内の女性用備品の在庫はパルマが管理しているという。
「湯浴みもするわよね」
「はい。いいですか?」
 彼女のさらなる申し出に甘えて、お願いすることにした。浴室の使い方を教わる。
「必要なものがあったら、私に言ってね」
 パルマのやさしさに礼を言い、久しぶりのお湯で身体を洗う。大きな開放感に包まれ、浴室を出るときにはすっかり睡魔にやられていた。
 目をこすりながらベッドに横になれば、シャルネはあっという間に眠りに落ちた。



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