* リクペラ・コン・ブルー 第20話 *


 ハイアード王国へ行く前に、『ローランの願い』を叶えたいと話した。
 乗船初日は肩身が狭い表情をしていたローランも、今は少しずつ笑顔を見せるようになっている。船員たちが王室直属らしからぬ大らかさで過ごしているのを感じ取ったのだろう。特に、年齢が近いダイとは話があったようで、気になることがあると彼に質問しにいっているようだ。
 シャルネの言う『ローランの願い』が、例の財宝であることを知った王子は、いたずらっぽい瞳をさせて話に乗ってきてくれた。廃された王家の宝という響きは、男心をくすぐらせるらしい。
「詳しい話は、ローランに聞かなければならないな。少し予定も調整しよう」
「ありがとう」
 寝室で話した翌日、楽士のセリアとニルダ、船医のパルマから久しぶりのティータイムに誘われパルマの部屋に集まった。ローランも呼んだが、彼女はダイの手伝いをするということで丁重に断られた。
「それにしても、大変だったね」
「もう大丈夫? ようやく落ち着いたって感じ?」
 セリアとニルダがビスケットを摘みながら、シャルネを労わる。まだやらなければならないことは残されているが、微笑んで頷いた。身の安全は確保できた。未来も大方決まっている。
「心配させて、ごめんね」
 彼女たちにはふたたび乗船した時点で素性を明かしている。パルマはなんとなく、素性を隠していることに気づいていたようだ。しかし、廃された王家の生き残りだとは思っていなかったようで、前回までの粗相を詫びられた。
「無理はなさらないでくださいね、シリルアーネ王女。これからはもう、貴女一人の身体ではなくなるのですから」
「あの、王女というのはやめてください。あまり意識してこなかったものだから、恥ずかしいです」
 パルマの言葉に、毎度むず痒さを感じてシャルネは口元を窄ませる。
「貴女は本来アドルフィト王子と変わらない地位ですよ。ハイアード王国に行けば、婚礼も控えているわけですしね」
 ウインクして言ってくる様は、からかいも混じっているようだ。ますます照れてしまうが、嘘ではないので大人しく受け止める。
「歌姫様は本物のお姫様で、そこからアドルフィト様のお妃様になるんだよ!」
「ほんと、こんなことってあるんだねえ!」
「すごいよね、セリア!」
「憧れちゃうよね!」
 きゃあきゃあと騒ぎ出す楽士たちに苦笑しつつ、パルマにハイアード王国に着いてからの話を伺う。
 のんびりした時間を過ごしていると、コンコンとノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
 船医の声に顔を覗かせたのはユーノスだ。
「ティータイム中に悪い」
「誰か怪我でもしたの?」
「いや、用があるのはシャルネのほう」
 アドルフィトからの呼び出しだとわかった。パルマに目配せをして立ち上がる。
  「シャルネ、執務室へ来てくれないかって。ローランもすでにダイと向かっているよ」
 ローランの名が出たということは、頼んでいたとおりエラゥル王国の財宝を回収しに動くということだろう。
「はい。ユーノスも一緒に?」
「オレもリアンも呼ばれているからさ。さあ、王女様、」
「もう、やめてください」
 ひょうきんなところがあるユーノスに招かれて移動する。執務室へ入ると、すでにメンバーが揃っていて、リアンが地図を広げていた。
「ローランからも承諾を得た。シャルネ、エラゥル王国の財宝を取り戻しに行く」
「ありがとう! ローランは本当に大丈夫?」
「はい、誰かに奪われる前に一刻も早くお願いいたします」
「ついては、その宝のことを詳しく教えてほしい」
 真剣なアドルフィトの声に、シャルネも同じ表情で口を開いた。
「私は、このブルーステラが亡き国王の意志を開く鍵と聞かされています」
 首飾りを取り外し、アドルフィトに渡した。シャルネが肌身離さずつけていた理由を知った彼は、少し驚いた表情でしげしげとブルーステラを見る。
「ローランは?」
「詳細を存じております」
 硬質な声色での告白に、シャルネは思わず目を向けた。
 ローランも後ろめたさがあったか、見返してくる。
「シャルネ、隠していて申し訳ありません」
「いいの。すべてお任せしていたのは私だから」
 頭を下げないでほしい、と手を振った。
「続けて話して、ローラン」
「はい。亡き国王の意志と呼ばれる宝は、国内の城のひとつに納められていると語られておりますが、実際は違います」
 今まで聞いていた話と異なっていると知り、好奇心が湧いてくる。
「そうなの?」
「その実、どこにあるんだ?」
「現存するシロン修道院の敷地内、海に面した鐘塔の地下です。元々塔は修道院と併せて王家の離城でしたが、八十年ほど前に修道院に改築されています」
「なるほど。シロン修道院の場所は?」
 アンティークテーブルに広げられた地図を皆で囲う。
「これがラエル共和国の領土だよ」
 リアンが丸く弧を描く。ローランはその海岸線の一箇所に指を差した。
「ここです」
「随分南の位置だな。修道院の者たちは知らないのか」
「おそらく。鐘塔に地下が存在していることも知らないでしょう。引き潮のときにしか、扉は姿をあらわしませんから」
 しかも、石畳のようになっているため扉の見分けもつかないという。
 黙って話を聞いていると、ローランから新たに白状された。
「シャルネには嘘をついてしまったのですが、この石の裏、」
 アドルフィトが言われたように持っているブルーステラを裏返す。
「ローラン、もしかして知ってたの?」
 マルグレッタ王妃に言われ、一度ローランにも尋ねた金字のことだ。ふたたび彼女に頭を下げられる。
「申し訳ありません。この金字の部分は、エラゥル王国の旧字体で『海底に眠る』です。国王様から教わりました」
 エラゥル王家のことを話したがらないローランから、久しく父のことを聞く。
「お父様が、」
「はい。シリルアーネ王女のための宝を残した、と」
 古傷が痛むような表情で語る。シャルネを逃がし養育する係に抜擢された者しか知らないこと。それだけ、ローランはエラゥル王家と密接に関わる人物だったのだと改めて気づく。
 ……私がゴドールの日々をもう思い出したくないように、ローランもエラゥル王家の思い出をたくさん一人抱えているのね。
 そう思えば、ローランがついた嘘も隠し事も許せた。
「ならば行こう。シロン修道院へ」
 アドルフィトの一声で決定する。
 とはいえ、この船はハイアード王国を背負う王族船だ。他国の領土で下手な動きはできない。
「忍んで回収するか、共和国に連絡を取って公式訪問するか」
 ダイ、ユーノス、リアンとの会議がはじまった。余計な公務を増やしたことを申し訳なく思いつつ、ローランと二人で見守る。すぐに公式訪問でカモフラージュする方法が選ばれた。リアンが早速現在地からの航路をざっくり示していく。
「修道院へは慰安と寄付を兼ねよう」
 ハイアード王国の外交の一環という大掛かりな計画が練り上げられる。シャルネとローランは彼らの計らいに感謝し、深々と礼を伝えた。
 数日かけて手筈を整え、一行はラエル共和国へ向かった。ロッカ王国の南側に国境をもつ共和国は、秋の訪れがまだ希薄だ。ショールで肌を覆わなくても甲板を歩き回れる。
 国からの許可を得て首都から一番近い港街に停泊し、外交へ出向くアドルフィトたちを見送った。
 南国の潮騒。午後の空と海鳥。
 下船することはできないが、甲板からラエル共和国を眺めることはできる。十七年ぶりの故郷。
「ローラン、懐かしい?」
 隣で同じように街の風景を見つめるローランに尋ねる。
「はい。見たかぎり、思っていたよりも変わっていないのですね」
 応えた彼女は、昔何度もこの港街に来たことを話してくれた。ローランが語る昔話は新鮮で、アドルフィトたちの帰還を待つ間、聞き逃さないよう熱心に耳を傾けた。
 王室が正常だった頃。穏やかで人の良かったシャルネの両親のこと。王家の傍系にあたる貴族出身だったという自身の生い立ち。
 懐かしい瞳をさせるローランの記憶は鮮やかだ。
 ……せめて物心がつくまで、エラゥル王国が存在して住めていたらよかったのに。
 叶わぬことを胸に馳せて、毎日ラエル共和国の街を見つめた。
 九日が過ぎ、ようやく無事に公務を済ませてきた彼らは帰還した。
「共和国になってからはじめての公式訪問だったせいか、思った以上に時間を要した」
 外交を得意とする第三王子でも、他国とのやり取りに骨を折ることがあるようだ。寝室に戻ってきたアドルフィトは大きく息を吐いた。
 疲れた様子で長椅子に座った彼の頭を、立ったまま抱き締める。腰に腕を巻きつけ、癒しを求めるように王子がシャルネのお腹に頬をくっつける。
 ……私たちのためにがんばってくれるアドルフィト。私の前で素の表情を出してくれるアドルフィト。
 愛しさとすまない気持ちが入り交じった。
「負担をかけさせてしまってごめんなさい」
「いいんだ。我が父にも良い機会だと言われている。シャルネの存在も、いずれ公になることだ。先駆けてうまく根回しもできたよ。それで帰還も遅くなったわけだが」
 もう一度ついた吐息は、安堵だ。物事の先を見据えて行動していた英明なアドルフィトの手腕に、尊敬と感謝が溢れた。
「貴方は本当に、素晴らしい人だわ」
 見上げてきた紫青の瞳は嬉しそうだ。その様子にシャルネも笑みを浮かべ額へ愛を込めてくちづけた。




... back