* リクペラ・コン・ブルー 第21話 *


 日の出を待たず、共和国の最南端に位置する修道院へ向かった。ローランが話していたとおり、元々船で出入りできる離城だったこともあり、アドルフィトの王族船がどうにか着岸できるかたちになっていた。そばには潮風と雨で色落ちした鐘塔がひっそりそびえている。
 ……五階建てくらい? 灯台みたいな塔なのね。
 昔は住居として使われたこともあったというが、改築しているせいもあって当時の面影はない。
 アドルフィトは家臣と船員たちとともに、船外で待機していた修道女たちの歓迎を受けていた。シャルネは船の甲板からこっそり声だけを聞き、修道院の世界を想像した。
 時間を経ず、荷車を従えて彼らが修道院へ移動していく。寄付と称して、事前に購入していた品物を渡すのだ。
「亡き王妃様が、この修道院を手厚く保護されていたのですよ」
 静かになった船外を覗きに来たローランが、シャルネの横に着く。
「私のお母様が?」
「ええ、ここは孤児院の要素も兼ね備えておりましたから……今は存じませんけれど。王妃様は長く御子に恵まれなかったこともあって、孤児の救済には本当に熱心でおりました」
「そうなの……私は、ようやく生まれた子どもだったのね」
 ローランが柔らかく微笑む。その幸せそうな表情にシャルネも笑顔を見せた。
「ありがとう、ローラン」
「こちらこそ、貴女から多くのものをいただきました。後は、この鐘塔にあるものを貴女に託すだけ」
 彼女の言葉に気を引き締めてコクリと肯く。
 塔に侵入するタイミングは、航海士のリアンが受け持っている。修道女たちがハイアード王国の王子に気を向けている今、リアンはユーノスを伴って鐘塔の海面部分を確認しに行っているのだろう。
 日没前にアドルフィトたちが戻ってきて、最終会議が行なわれた。
「大丈夫なの?」
「ああ、修道院では朝と正午に鐘を鳴らしに行く程度で、後は倉庫代わりだと聞いた。上階以外は施錠もされていないようだ」
 先に戻ってきたリアンとユーノスが肯定する。
「アドルフィトのいうとおりだったよ」
「けっこう簡単に入れるぜ」
「ローラン、財宝はかなりの量がありそうか?」
「そこまでは存じませんが、……六人もいれば問題ないはずです」
 執務室に集まった全員をローランが見回す。リアンが示す深夜の時刻、引き潮になった鐘塔へ侵入することとなった。
 シャルネも皆と同様、髪をまとめ、麻の長パンツにブラウスという身軽な男装で王子の後ろについた。塔の縁をぐるりと巡り、海に面して開いた空洞へ脚を踏み入れる。見ただけでは何の意図でつくられたかわからない入り口だ。
 潮の引いた真っ暗な窪みに沿う段を、そろそろと降りていく。すぐ前にいるアドルフィトが時々手を貸してくれる。最後の段に足をつけると、ユーノスとリアンがランプに灯りを点した。
「扉は、ここですね」
 ローランが数歩進んでしゃがみ込む。
「鍵を埋め込む箇所があります。この盛り上がった蓋のような丸い金具の部分をこじ開けなければなりませんが」
「錆びているな。ダイ、やれるか?」
 アドルフィトの言葉に、一番力のあるダイがやってくる。腰脇に差していた刃物のようなものを抜いてローランのそばについた。
「盛り上がった部分は壊してもいいのか?」
「はい、鍵穴を守るだけのものですから」
 承諾を得たダイは、柄の部分で金具の横を打ちつけはじめた。程なくパックリと錆びた金具が開き、中に丸い穴があらわれる。
 見るかぎり誰も鍵穴だとは思わないつくりだ。しかし、シャルネがブルーステラを埋め込めば、ガタンッと音が鳴った。
「本当に鍵だったのね」
 長年御伽噺のごとく感じていた話に現実味が増してくる。
 石櫃のように均一に嵌っていた扉の片面は、大きく外れて凹凸をつくっていた。その内の一枚石を二人がかりで取り除く。内部は細長い通路だ。階段が下へ伸びている。
「この下に、あるんだな」
「はい、間違いなく」
 一列になって降りると、六人がなんとか集まれるところに着いた。
 ひんやりとした空間。三面は石の壁になっていて、残りの一面だけ真ん中に割れ筋が通っている。
「これが扉らしい」
「下部に先程と同じ鍵穴が……ダイ、お願いします」
 ローランに招かれたダイが再度こじ開ける。同じ手順でブルーステラを埋め込むと、片方の石扉が大きな音を立てて真下の溝に嵌った。扉を横にずらすと、重そうな見てくれと裏腹に、すんなり壁の間へ滑って消えていく。
 スライド式の石扉から、先を覗く。同じような狭い部屋があらわれたが、もう行き止まりだ。
 地面には大人の男性が一人で運べるくらいの木箱が三つ、無造作に置かれてあった。
 全員に促されてシャルネが一番に入った。
「どうぞ、貴女様が開けてください」
 ローランに言われるまま最初の箱のそばへ行く。施錠はされていないようだ。腰を落として蓋を開けてみる。
「本当に、財宝だわ」
 王冠と宝石が詰まっていた。暗がりでもわずかな光を拾ってキラキラと輝いている。
「すごいぜ、これ」
 シャルネの驚きにユーノスも言葉を漏らす。
「よくここまで気づかれずに運べたな」
「これでもほんの一部です。どうにか、隠し通せた品々だったと思われます」
 アドルフィトが感心すると、内情を唯一知るローランが静かに応える。
 しかし、シャルネはすでに他の二つの箱のほうに興味が注がれていた。それらの中には、たくさんの絵画や書物、細々とした小物たちが収められていたからだ。
「人物画だわ。王家のかしら」
 無作為に取り出した肖像画を膝に乗せると、ローランが教えてくれた。
「それは貴女のお母様です。そちらは前国王様。ご祖父様にあたります」
 まじまじと見つめる。暗がりでは、ちゃんと輪郭がわからない。
 ……マルグレッタ王妃様は、私がお母様によく似ていると仰っていた。
 記憶になくても、目の前にある思い出の品々は、シャルネがエラゥル王国第一王女として城での過ごした日々の確かな証だ。これまで親の存在を意識したことがなかったシャルネの胸を揺り動かす。
「船へ戻ってからにしましょう」
「ええ、そうする」
 ……私の両親、そして城、王国。もし存続していたならば、どのような日々になっていたんだろう。私の父と母は、今の私を見て、どう思うのだろう。
 とうに失われた人たちに問いかけても、返ってくる答えはない。
 ……お父様とお母様に、会ってみたい。無理だとわかっているけれど。
 切なる肉親への想い。この財宝は、間違いなくシャルネのために遺してくれたものだ。父である国王が、王家の滅亡を悟って極秘に設えたのだろう。当時の父親のやるせなさを思うと心が痛む。
「シャルネ、こちらへ」
 名を呼ばれ視線を向けると、ローランが色あせた布を剥いでいた。
「これが亡き国王の意志、エラゥル王家の最後の宝です」
 一回り小さな白い箱。
 シャルネは鼓動を鳴らしてそばに寄った。
 木箱は白色で塗り固められており、金色の綺麗な装飾が施されている。『亡き国王の意志』と呼ばれるにふさわしいつくりだ。
 後ろに控える男性陣が静かに見つめている。
  「この箱の中身が、そうなのね」
「はい。私が、国王様から唯一聞かされていたものです」
 緊張した。ローランが願っていたものを前で、一呼吸する。
 そして、ゆっくり箱を開けた。
 中はガーゼのようなものに覆われていて、慎重に取り除く。
 あらわれたのは、純白のドレス。
 そばに来たリアンがランプを灯してくれる。金糸と銀糸の清らかな刺繍が施されているのがよくわかった。エラゥル王家の婚礼用のドレスだ。
 ……これが、お父様の意志。
 想像を超えた品に、言葉もなくローランを見上げる。彼女はすべてやり遂げたように晴れやかな表情をしていた。
「ご無事でよかった。ご病気でいくばくもなかった王妃様から、どうしてもこれだけは成長したシリルアーネ王女に渡してほしいと、」
 ローランの言葉を聞きながら、仮縫いのドレスを手にする。
 抱き寄せると、両親のぬくもりを感じられた気がした。
「国王様と王妃様はただただ、貴女が幸せになることだけを願っておられました。王家として以上に、親御様として……本当に、本当に、辿り着けて、よかった」
 気丈なローランの声が震えた。
 シャルネを守り続けながら、ずっと夢見ていたのだろう。エラゥル王国の第一王女が、この婚礼衣装を手にすることを。
 シャルネの瞳からも水晶のような涙が滑り落ちた。
「……お父様、お母様、」
 託されたものから溢れていく切ない愛情。両親が絶望の中、祈る想いでたったひとつの希望を未来に託したのだ。
 シャルネははじめて親のことを想って泣いた。
 純白の衣装に顔を埋めて肩を震わせる王女を、後ろからアドルフィトが抱き締める。
「俺が幸せにする」
 すべてを包むように、失われた者たちを安心させるように。
「シャルネとして、エラゥル王国の王女として、俺の妻として」
 彼の強い決意は、シャルネの胸に太陽のごとく降り注いだ。




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